日常編-1
第8話 これは危機ですね。
「はぁ、……だるい」
冬夜の愛する休日も終わり、再びだるい日々がやってきた。平日というものはなぜこれほど人間を悲しくさせるのか。
平日と休日が入れ替わらないかな、などと馬鹿なことを考えつつ学校に登校する冬夜の背後から接近する影が一つ。
「とーうや!、おっはよ~」
「現れたな、この電波少女め」
後ろからポン、と冬夜の肩をたたいたのは、日夜この世の不思議を探す少女、春野桜だ。桜は電波少女と呼ばれたことには気にせずいつものように、
「冬夜、冬夜、何か不思議を持っているね。それを私にちょうだい」
「だから、そんなもの持ってないって言っているだろ? それになんだ? 不思議ってあげられるものなのか」
「持ってるしあげられるもん。冬夜は絶対何か面白そうなことを隠してる。そうだね、……例えばそれは異世界が関係していたり」
「……だから異世界なんてないって言っているだろ?」
「あるもん! 異世界の一つや二つなくちゃだめだよ?」
「なんだそれ」
「この世には不思議が溢れてるんだよ。それを見つけるのが私の仕事なのだ」
「そうか、頑張れよ」
「うん! 頑張る!」
思わず冬夜はため息を吐く。桜は悪い奴ではないのだが、その言動が少々気になるのだ。そのためか、学校でも腫物を触るように、周りの人から避けられている。
だが、冬夜や、和人はそういうのを気にしないため、避けたりはしない。それもあって、桜はよくその二人と話をすることが多いのだ。
「よお、お二人さん。偶然だな」
「ああ、和人か。どこぞの毬栗かとおもったぞ」
「毬栗とはなんだ! 失礼な! ウニと言え!」
「ウニならいいんだ……やっぱり和人は変だね」
「ああ変だな」
「お前らには言われたかねーよ! 年中ジャージの変態に、不思議大好きっ子が!」
「まあまあ、落ち着けって毬栗」
「大丈夫、その頭、全然似合ってないよ、毬栗」
「だから、毬栗じゃねえ! ウニだっつってんだろ!」
三人でワイワイと話しながら登校する。こんなことは高校一年の時にはなかったことだ。同じクラスではあったものの、それぞれにやることがあったりと、時間が合わなかった。だが、最近になって、三人でいる時間が増えたと冬夜は感じるのだった。
「それで、二人は何を話してたんだ?」
「そう! 聞いてよ和人! 冬夜がね、不思議を知っているはずなのに教えてくれないの!」
「マジか、冬夜ってば意地悪だな。不思議の一つや二つ減るもんじゃないのに」
「おい、だから不思議なんて……ああ、不思議だな。いいぞ、教えてやる」
「ホントに? やった!」
「おい、マジか? 冬夜」
異世界の存在は隠さなければならない。たとえ、桜が信じて誰かに話したとしても、実際に行かなければ誰も信じないとはいえ、徒に広めることを良しとしない。
「それはだな、い」
「「い?」」
「毬栗みたいな和人の頭だ」
「それはもういいっつってんだろ!!」
「確かに不思議かもしれないかもしれないけど面白くないからいいや」
「それはそれでなんか悲しい!」
そうして三人はゆっくりと登校するのだった。
「じゃあ、朝の連絡な。明日は授業参観だ。こないだのプリントは確実に保護者に渡しておけよ」
朝から大して特徴のない顔の教師を見つつ、冬夜はどうしてこの教師はこれほどまで印象に残りにくいのだろうかと、馬鹿みたいなことを考えていた。
「なあ、冬夜」
そこに、隣に座る和人が、一限目の教科書をカバンから出しながら冬夜に尋ねる。
「なんだ」
「授業参観だけどさ、雪菜さんが来るのか? 去年みたいに」
「授業参観っていつあるんだ?」
「おい、たった今先生から授業参観の再通知があったところだろうが」
「俺はなぜ先生がこれほど印象に残らないのか真剣に考えていたから、そんな余裕なかったな」
「……馬鹿なのか、お前。まあいい、それが冬夜だったな。そんなことよりもだ。授業参観は明日だぞ? 1週間くらい前にも先生が言っていただろうが」
「悪いが記憶にないな。それでさっきの質問だが、たぶんそうなるだろうな。まあ、今日雪菜さんに言ったとして来られるかは分からんが」
「あたりまえだ。本当ならもっと早くプリントを渡すべきだろ」
「プリント? そんなものあったかな?」
「なくすなよ!」
ごそごそと鞄をあさってみると、見たこともないプリントが一枚教科書とノートの間に挟まっていた。挟まっていたおかげか、プリント自体はどこも折れておらず綺麗だ。
「おお、あった」
「おお、あった……じゃねーよ! ちゃんと雪菜さんに見せろよ。怒られても知らないからな」
分かったと一言返事をすると、冬夜は再度プリントをカバンの中に仕舞い、今度はカバンの中からご自慢の柔らか枕を取り出す。
「じゃ、おやすみ」
「普通なら起こすところだが、言っても聞かないからな。おやすみ」
そして冬夜の意識は夢の中へと旅立っていった。その数分後、教師が冬夜を叱りに来るのだが、全く気にすることなく眠り続ける冬夜だった。
「マジかよ……」
冬夜は過去にない危機にさらされていた。このままでは、最悪な未来が現実となってしまうことは間違いない。
現在、冬夜の顔は絶望で塗り固められていた。それはまるで、明日世界が滅亡しますと言われた一般人のように。
呆然とたたずむ冬夜に話しかける声が一つ。
「いいわね? 冬夜さん」
その有無を言わさぬ物言いに、冬夜は反射的に頷くと、目の前の女性は満足そうに微笑んだ。
……事の始まりは数十分前に遡る。
学校も終わり、冬夜と和人は二人帰路についていた。
和人の部活はどうなっているのかと言えば、どうやらしばらく休みになるらしい。老朽化が特に目立つ体育館は、暫く工事のため使用不可となったのだ。そのため体育の授業は校庭で行われている。本来であれば、体育は卓球の予定なのだが、それも変更になり校庭でサッカーをすることになっている。
そういうわけで、冬夜と和人は一緒に帰っている。桜はどうしているのかと言うと、何やら、やらなければならないことがあるらしく、さっさと一人で帰ってしまった。
二人でくだらない話をしていると、冬夜は、目の前に見知った人の後ろ姿を見つける。
背中の中程まで伸ばしたエメラルドのような長い髪と瞳を持つその女性は、男女関係なく目にしたものを魅了するほどの美しさであった。現に、街中ですれ違う人たちは皆、見惚れてしまい、その場に固まる者が続出している。
冬夜はその女性に駆け足で近づくと、声をかけた。
「レスティーヤさん。どうしてこんなところに?」
「あら? 冬夜さん! お久しぶりね。学校の帰りかしら?」
「ああ、そうなんだけど。めずらしいな、レスティーヤさんがこっちの世界に来るなんて」
「ちょっと、雪菜様に呼ばれたのよ。なんでも直接話したいことがあるからって」
「へえ、なんだろうな。仕事関係なら俺は何も聞いてないんだが。まあ、直接聞くのが一番か」
「そうね。でも冬夜さんに会えて私はうれしいわ。ずっと会っていなかったから」
そう言ってレスティーヤは冬夜に近づくと、愛おしそうに冬夜の頭をなでる。冬夜はされるがまま避けることはしない。以前、レスティーヤの撫でる手を避けてしまった際、ものすごく悲しそうにしていたためだ。それ以来、冬夜はレスティーヤが頭をなでるのを不本意ながらも了承している。
からかうような親友の目を鬱陶しく思いながらも、冬夜は和人にレスティーヤを紹介する。
「和人、この人はレスティーヤさん。仕事仲間だ」
「仕事仲間なんてさみしいこと言わないでほしいわ。初めまして、レスティーヤよ。よろしくね」
「初めまして、レスティーヤさん。俺は冬夜の親友の和人です。よろしくお願いします」
挨拶を済ませた三人はゆっくりと話をしながら家へと向かう。途中、和人が家への分かれ道で別れたが、冬夜とレスティーヤは久しぶりの会話を楽しみながら家へと帰った。
家に着くと、缶コーヒーを片手に新聞を読む雪菜の姿が目に映る。
「おかえり、ん? ああ、レスティーヤも来ていたのか」
「はい。ちょうど冬夜さんに会いまして」
冬夜は、雪菜とレスティーヤが話をしているのを見て、ふと、今朝の学校での話を思い出した。
「そういえば、雪菜さん。こないだこんなプリントをもらったんだった」
そういって、冬夜はカバンから一枚の紙を取り出すと、雪菜にそれを渡す。
「……授業参観のお知らせか。悪いな、今回は行けそうにない」
「何か用事か?」
「ああ、ちょっと実家の方に帰っておこうと思ってな。今日から3日ほど家を空ける」
「そうなのか、ならしかたないな。まあ、他にも欠席する保護者がいるだろうし構わないだろ」
「すまないな。なるべく出てやりたいとは思うんだが……。ああ、それと、今回レスティーヤを呼んだのは、私の代わりにこの家にいてもらうためだ」
その瞬間、レスティーヤの目が輝き、満面の笑みを浮かべ喜びを表現する。
「本当ですか! 雪菜様! でしたら、私が冬夜さんの授業参観に出席してもよろしいでしょうか」
レスティーヤの提案に、冬夜はぎょっと目を見開く。別にレスティーヤのことが嫌いなわけではない。嫌いなわけではないのだが、レスティーヤの母親のようなところに少々苦手意識を持つ冬夜にとって、普段の授業態度を見られることは、絶望を意味する。
要するに、普段のサボっている姿を見られ、レスティーヤに怒られるのが嫌だということだ。
それを一瞬で理解した冬夜は、どうにかそれだけはやめさせるように雪菜さんに視線で伝えるが、結果として、それは失敗に終わった。なぜなら、冬夜が願いを込めて視線を送ると、雪菜はにやりと意地の悪そうな笑みを浮かべ、こう言ったからだ。
「それはいい案だ。冬夜の授業参観に出てやってくれ」
冬夜は絶望する。だがこんなことであきらめるわけにはいかない。たとえ雪菜がそう決めたからと言って、すべてがその通りになるわけではないはずだ。
そう信じて、今度は自分の力でこの窮地から脱却することにする。
「レスティーヤさん。ちょっと待ってくれ。授業参観なんだが、別に今回は来なくても……」
「冬夜さん。私は行きたいのだけれど、冬夜さんは来てほしくないのかしら?」
内心では来てほしくないと思いつつ、冬夜は言葉を続ける。
「いや、別に来てほしくないわけじゃないんだ。そう! 授業参観は明日だし、急すぎるからレスティーヤさんに負担がかかってしまうな~、なんて」
「そんなの別に平気よ。冬夜さんが気にすることではないわ。それよりも、冬夜さんの普段の姿が見られるなんて滅多にないじゃない。負担なんかじゃないわ」
見事に論破され、うぐぐ、と唸る冬夜。敵は強大だ。簡単には倒すことはできないだろう。だが、冬夜はあきらめずに攻撃に出る。このままでは最悪の事態になりかねない。しかし、単純な話だ。最悪にさえならなければいいのだ。
「そうだ、レスティーヤさん。明日は一緒に外出しよう。どこでもいい、遊園地でも、この街の観光でも」
冬夜の提案にどうやらレスティーヤは心が傾きかけたようだ。
だが、レスティーヤはふと思い出したかのように、
「駄目よ、冬夜さん。平日なのに学校をサボったら。とにかく、私は冬夜さんの学校生活を見てみたいのよ。明日は授業参観に行く。それでいいわね?」
冬夜は勝てなかった。あれが唯一の勝ち目だったのだ。それを制したのは果たして、レスティーヤだった。
「えっと、明日は、その」
「いいわね? 冬夜さん」
そして話は冒頭へと戻る。
こうして、冬夜としては最悪の結果、レスティーヤとしては最高の結果となったのだった。
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