第21話 さあ!始まったあああ!

『さあ、神ヶ原高校第98回体育祭! みんな、体力の限界を越えて、全力を尽くしやがれにゃ〜!』


 マイクを片手にやけにテンションの高い女子の声に、場は盛り上がる。

 この神ヶ原高校は全校93人という少人数だ。だが、少人数ながらやる気は十分。地域全体に聞こえんばかりの大声を上げた。

 対して冬夜はなんともやる気のなさそうな声を上げ、周りの人の声にかき消されていた。和人は精一杯声を張り上げ、桜はいつものように笑みを浮かべている。ティリアは少し恥ずかしそうにしながらも自分の出せる限りの声を出していた。

 去年は惜しくも冬夜たちのいる学年は敗れ、2位という結果となった。わずかな僅差だったのだが、その頃の3年生が優勝をもぎ取っていった。

 種目は開会式と閉会式を除いて10種目。そのうち、冬夜は4種目、和人は3種目。ティリアは2種目。そして、ダンスを禁止された桜が1種目だ。そして今、選手宣誓が始まるようで、二人の生徒が前へと出てくる。

 選手宣誓を担当するのは新1年生だと決まっている。慣れない二人は直前まで緊張しながら必死に自分のセリフを確認していたようだ。

 冬夜たちは全員学年ごとの列に並び、選手宣誓に選ばれた生徒たちが宣誓を行うのを眺めていた。

 今まさに宣誓が行われる。


『え~、私たち選手一同は、日頃の訓練の成果を発揮し、全力を尽くすことを誓い――』

『あー! 長ったらしいにゃ〜! ”頑張ります”の一言で充分だにゃ〜! というわけで体育祭開幕にゃ〜!』


 司会者の突然の横やりに1年生が言葉を失ったが、体育祭は今、幕を開けた。普通なら教師が止めるところなのだが、この学校の教師は普通ではないようだ。2年前からの恒例になっているため誰も止めようとはしなかった。新一年生以外は、いつものことだと声を張り上げるのに夢中になっている。


『司会はボク、鈴本愛音がお送りするにゃ! みんな、退場にゃ!』


 生徒たちがグラウンドから退場すると、次は早速第一種目へと突入する。第一種目は短距離走だ。


「さっそく俺か。面倒くさい」

「まあ、そう言うなって。お互いに頑張ろうぜ」

「和人、お前も短距離走だったな」

「ああ、他にも綱引きと棒倒しに参加するぜ。俺の活躍を見てろよ?」

「いや、俺は寝るから」

「嘘だろ? 俺の華麗なる活躍を見ないとでも言うのか?」

「ティリアたちはともかくなぜ毬栗を見なければならないんだ?」

「差別だ! これは差別だぞ!」

「分かった。影ながら応援してやるよ。影ながら」


 そう言いつつ冬夜はどこからともなく枕を取り出した。いつものお気に入りのふわふわ枕だ。


「何故2回言った? お前本当に寝るなよ? って、どこから枕を取り出した! 司会者さん! こいつ枕持ってるんですけど! 短距離走に出場するのに枕持ってるんですけど!」  

『にゃ~? ……短距離走に枕にゃ。面白いからおっけーにゃ! むしろ他の短距離走出場者! 何も持ってないのは面白くないからなんか持って来るにゃ! 何も持たずに走ったら失格にゃ!』

「おいっ! そんな短距離走があるか!」


 だが和人の話は聞き入れられず、全員が何かを持って走ることとなった。持っている者は人それぞれ。ぬいぐるみを持っている者や、カラーコーンを持っている者。果てはどこから連れてきたのか年老いたおばあさんを担いでくる者までいた。


「こんなの短距離走じゃないだろ!」

『チッチッチ。和人くん、ここではボクがルールにゃ。というわけでキミも何か持ってくるにゃ。じゃないと失格にするにゃ』


 愛音の脅しは冗談などではない。実際に去年愛音に反抗した生徒は失格となった。

 何故そんなことが可能なのかといえば、答えは単純。校長の孫だからだ。

 そのため、愛音に逆らう者はほとんどいない。だが、愛音を恐れる理由はもう一つある。

 その理由を知っている和人は、渋々近くに置いてあったサッカーボールを持ってきた。

 だが、新1年生は愛音の怖さが分かっていない。


「おい、ちびっこ! そんなの短距離走じゃないだろ!」

『……ちびっこ? それはボクのことを言っているのかにゃ』


 愛音の笑みが固まる。そしてその笑顔からは異様な恐ろしさが滲み出ていた。

 多くの生徒たちが戦慄する中、ちびっこ呼ばわりをした1年の男子は気づいていないようで、言葉を続けた。


「お前以外にいないだろ、ちびっこ。そもそもあんたみたいなやつが高校にいる時点でおかしいんだ。変な語尾付けやがって。さっさと家に帰ってママにでも構ってもらえ!」


 1年の男子の言葉に、2、3年生は驚きに目を見開く。おそらく、愛音に向かって暴言を吐くなんて、と思っているのだろう。

 2、3年生は1年の男子高校生に黙祷を捧げた。


『そっか、そっか。たしか君は1年の滝沢陽人くんだったにゃ。君ってさ、確か3股をかけているのがバレてぶん殴られたんだったにゃ』

「なっ!」


 陽人は驚きで両目を見開く。

 だが、愛音の攻撃は終わらない。


『しかも、懲りずに次は4股かけたんだけど、全員から貢がされて金欠になった挙句、ボロ雑巾のように捨てられちゃったんだにゃ。思わずボク笑っちゃったにゃ』

「なんでそれを……誰にも言ってないのに」


 陽人は恐怖で青ざめる。

 愛音の恐ろしいところは権力による支配ではない。その情報収集能力の高さだ。これが皆が愛音を恐れる2つめの理由だ。

 だが、普通に接していれば面白いただの可愛い女の子なので、愛音の人気はそこそこ高い。


『そして昨日――』

「待て、待て、待ってくれ! いや、待ってください! お願いします」


 陽人はその場で土下座をした。

 その後、陽人は失格となった。それからというもの、陽人は愛音を見かけると怯えるようになったとか。


『それにゃあ、始める前に一つ言い忘れていたことがあったから言うにゃ。今年の1位の賞品は……』


 そう、この学校では毎年賞品がクラスに送られる。それは何かのチケットであったり、はたまた何か物であったりとさまざまだ。

そして、送られたその何かをめぐってまたクラスで強奪戦が行われるのだ。だが、たいていはくじで決められる。そうでもしないと争いが収まらないためだ。

 そして今年の賞品は……


『今年はにゃんと! 去年、ここ神ヶ原地区に新たにオープンした遊園地”神の国”のペアチケットにゃ! 男女とデートに行くために使うもよし。デートに誘うのもよし。または、これを渡しながら付き合ってほしいと告白するのもありにゃ! どう使うかは君次第にゃ! さあ、一位を目指して頑張るにゃ!』


ここ一番の歓声が響き渡る。人数の少なさは一人一人の声の大きさで補っているようだ。


「なんだ、遊園地のチケットか。いらないな」

「何言ってるんだ、冬夜! 遊園地だぞ? 行きたいだろ?」

「いや? 別に行きたいとは思わないな。正直何が楽しいのか分からん」

「ジェットコースターだって、観覧車だってあるんだぞ? 何が不満なんだ?」

「やろうと思えばそれに似たことができるからな」

「……そうだった。お前はリアルチートなんだった」


 そう言って和人は不憫そうな目を冬夜に向ける。

冬夜にとって遊園地は行ったら疲れる場所なのだ。よって、わざわざ疲れるところには行きたくないという考えを持っている。

 


『えー、今追加情報が入ったにゃ! 校長先生によると、今年の体育祭の特別賞はこの夏にオープンする、神ヶ原植物園のペアチケットだそうにゃ。ここもまたデートスポットには最適にゃ! 頑張ってアピールするにゃ!」


 特別賞とは順位ではなく、どれほど目立ったか、どれほど活躍したかで決まる。

 これは校長が決めるため、どれだけ校長にアピールできるかが鍵となっているのだが、

 校長は愛音の隣で何を考えているのかわからない表情をしつつ、口をパクパクと動かしている。

 生徒たちは皆デートという言葉につられてやる気が十分入っている中、和人は植物園という言葉を聞き、頬をひくつかせた。


「植物園? おいおい、まさか」


 和人が隣に視線を向ければ、冬夜が今までに見たこともないような顔つきで立っていた。その顔はまさに戦場に向かう兵士の顔だ。

 冬夜は前で抱え込んでいた枕を横抱きにすると言った。


「手加減はいらないよな。……いっそみんな消してしまえば」

「いや、お前は手加減しろよ! 消そうとするなよ! お前なら本当にやりかねん」

「だが、和人。獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くすという言葉があるじゃないか」

「だからって俺たちウサギを刈り尽くそうとするな! そもそも普段怠惰なお前にそのことわざはおかしいだろ」

「だが、植物園だぞ? 楽園だぞ? 俺だってあのチケットを手に入れようとあの手この手で手に入れようとしたんだが雪菜さんに止めれられてな」

「いったい何しようとしたんだよ、お前」

「ちょっと記憶の操作でもしようかと」

「記憶をいじるのはいい気分じゃないっていうのは嘘だったのかよ! おまえ酷い奴だな」

「仕方がないだろう? チケットのためだ。多少の犠牲は仕方がない」

「お前時々マジで人が変わるな。かなり怖いぞ?」


 和人が冬夜の一面に怖がっていると、短距離走出場者の入場が行われ、冬夜たちは開始の位置へと移動した。


『さあ、第一種目、男子短距離走にゃ。いよいよ開始にゃ。解説の田中くん、どのクラスが勝ちそうにゃ?』


 愛音は隣に座る田中へと話を振る。すると田中は眼鏡をくいっ、と人差し指で持ち上げながら言った。


『そうですね。やはり運動部の方々が有利なのは間違いないでしょう。見てくださいよ、あの鍛え抜かれた筋肉たちを! 特にあの方、そしてあの方の筋肉も捨てがたい!』


 一人一人指をさしながら興奮する田中の様子に、愛音は笑顔で問いかけた。


『田中くんって、確か筋肉が好きなんだにゃ?』

『その通りです! 誤解する人も多いのですが、私は筋肉が好きなんですよ。 見てください! あの筋肉達! 涎ものですよ!』

『……そうかにゃ』


 さらに興奮する田中に愛音は笑顔でスルーすると、司会に集中した。


 スターターピストルの音を開始の合図に、選手たちは走る。何故か短距離走なのに選手達は何かを持っているが、愛音がそれがいいと言ったのだから仕方がないのだろう。

 軽い物を持っている選手は速く走れているが、重い物を持った選手たちはなかなか苦戦している。特におばあさんをお姫様抱っこしている選手はほかの選手に比べて遅かった。なぜおばあさんを持とうと思ったのかわからないが、腕の中でほんのり頬を赤らめながら喜んでいるおばあさんの姿があったので、それでよかったのだろう。


 そしてあっという間に冬夜の番になった。共に走るのは運動部という不運だ。

 スタート地点に着くと、いきなり隣の生徒がどや顔を浮かべながら冬夜に話しかけた。


「冬夜、去年は俺の負けだったが、今日はそうはいかない。俺はあの日から毎日修練に修練を重ね、時には砂浜を駆け回り、時には滝に打たれ、時には日本一周まで成し遂げ、ようやくこの肉体を手に入れることができたんだ。こいつならお前だって超えることができる。そして一位になるんだ。そのために俺はこの一年にすべてをかけてきた。今ここでお前を越える!」


 そう言って隣にいる冬夜を指さしたが、隣にはすでに冬夜は居なかった。


「あれ?」

『はい、そこの生徒~、もう終わったにゃ~。キミはビリにゃ。次の生徒が走るからさっさと退場するにゃ~』


 愛音がそう言うと、一年を棒に振った生徒はがくりと崩れ落ち、担架で保健室へと運ばれていった。

 ちなみに冬夜は余裕の一位だった。不運だったのは運動部員たちの方だったようだ。


 その後、最後に和人達が走って男子短距離は終了となった。和人の順位はまさかの1着。和人自身も驚いていた。別に和人が一着だったからではない。和人以外の生徒が全員走りにくい物ばかり持っていたためだ。

冬夜も見ていて、あれほど馬鹿な連中がいるとは思ってもいなかった。


 その後、女子の短距離走が行われて第一種目は終了となった。

 順位は得点制で、現時点での得点は、1年生が30点。2年生が50点。3年生が20点という結果になった。

 冬夜と和人が一着を取ったのが大きかったようだ。


『にゃ~て、トップは今のところ2年生となっているにゃ。解説の田中くん、これをどう見るにゃ?』


 田中は再び眼鏡を人差し指で押し上げながら言う。


『そうですね、一番美しかった筋肉の持ち主がビリという結果になってしまって、僕はとても悲しいです』

『いや、だから、この点数を見てどう思うにゃ?』

『やっぱり、あの美しい筋肉が動くところが見てみたかったですね』

『だから……』

『あの筋肉――』

『いい加減にしろよ、この糞野郎』


 愛音のドスの効いた声と、般若の影が見える笑顔に田中は恐れおののいた。


『はい、申し訳ございませんでした』


 田中ががくぶると震えながら声を絞り出すと、愛音は普段のようににこにこと笑った。


『はい、それでは二種目目に行くにゃ!』



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