第20話 呪い≒デート

「それじゃあ、帰るか」

「悪い、俺は今日から部活が再開するから一緒には帰れねえわ」


 そう言って、和人は3人に部活の道着袋を見せる。


「そういえば体育館の床がようやく直ったんだったな」

「ああ、どうやら壊れたところ以外にも直さなければならないところがたくさんあったみたいだぜ」

「相当この学校にもガタがきているな。廃校になるのも時間の問題かもな」

「そうだな。せめて俺たちの卒業までは待ってほしい所だ」


 そう言い残すと、和人は教室から出て行った。


「さて、俺らは帰るか」

「ごめんね、冬夜。私も一緒には帰れないかな」


 桜は申し訳なさそうに両手を合わせて言った。


「桜もか、どうしたんだ?」

「ちょっと不思議を探しに遠出しようと思ってね。これからしばらくは一緒に帰れないかな」

「おい、危険なことにはあまり首を突っ込むなよ?」

「分かっているよ。……でも危険なことに巻き込まれても冬夜が助けてくれるんでしょ?」


 桜は両手を合わせ、口元を隠すとニコリとほほ笑んだ。その様子を見て冬夜は大きなため息を吐くと、しかたがなさそうに言う。


「ああ、だけど気をつけろよ」

「分かっているよ。じゃあ、またね」


 そして、桜はティリアに近づくと、ティリアの耳元で何かを呟いた。それに対してティリアは顔を赤く染めるとキッ、と桜を睨み付けたが、桜は笑いながら教室を出て行った。


「じゃあ、帰るか。ティリア」

「はい、お兄様」


 ティリアはうれしそうに返事をする。そして冬夜の隣にぴったりと張り付くのだった。






 二人は家に着き1時間ほど経った頃、冬夜はティリアの部屋の前にいた。

 この家には洋室はない。そのためティリアも和室の一室に住んでいる。部屋の大きさは12畳と一人部屋にしては少し広い。

 ティリアは始めの頃、靴を脱ぐ習慣に戸惑っていたようだが、最近では畳の部屋が気に入ったのか、よく畳の上で寝転がっているようだ。


「ティリア、ちょっといいか?」

「は、はい!」


 冬夜が襖の前で呼びかけると、ティリアは慌てたように返事した。


「ど、どうぞ。お兄様」


 数分待つとティリアから部屋に入る許可が出た。

 冬夜はすー、と廊下側の襖を開けて入る。

 部屋を見れば、女の子らしく所々にぬいぐるみが置かれていた。恐らくルースからのお土産だろう。ルースにしてはいいチョイスだと冬夜は思った。

 冬夜は正座をしてティリアと向き合う。


「ティリア、済まないな。ゆっくり休憩しているところに」

「いいえ、全然大丈夫です」


 そう言ってティリアは手を振った。


「それで、ティリア。ここの生活には慣れたか?」

「はい、最初はちょっと戸惑うこともありましたが、今ではとても気に入っています」


 にこやかに笑うティリアに、冬夜はほっとする。というのも、急激に環境が変わりすぎたせいで何か困っていないか、常々心配していたのだ。ティリアの笑顔を見てそれが嘘でないことが分かった。

 安心した冬夜は、ティリアの目を見つめながら本題を切り出した。


「ティリア、お前がここにきてもう一ヶ月になる。この一ヶ月、簡単な神力の扱い方しか教えていなかったが、今日から本気でティリアに神力の使い方を教えようと思っている。どうだ、やれそうか?」


 この一ヶ月でティリアはずいぶんと神力の扱いがうまくなっていた。最初とは見違えるほど進歩していたのだ。とはいってもまだ神力を操ることしか練習していない。

 ようやくスタート地点に立ったという所だろう。

 ティリアは目を瞑り数瞬考えた後、ニコリと笑いながら言った。


「はい、よろしくお願いします。お兄様」


 その目からは十分なやる気が伝わってきた。冬夜は頷くと、さっそく訓練に移る。

 ティリアに着替えていつもの場所に来るように言うと、冬夜は部屋を出た。

 冬夜が向かった場所は冬夜がいつも訓練していた道場だ。家の裏側にあるこの道場は、冬夜が小さいころによく雪菜と修行するために使われていた。

 だが今では、冬夜も使うことがなくなり、清掃はしているものの、3年程使われていなかった。

 今はティリアの修練のために再び開放している。ティリアは毎日のように通い、時には夜遅くまで一人で訓練しているようだ。

 冬夜が先に道場で待っていると、5分ほどでティリアがやってくる。服装はもちろんジャージだ。それも、上下ピンクのかわいらしいジャージだ。冬夜はこれ以外の服装を許さなかった。

 ちなみに冬夜の、ティリアへの最初の贈り物がこのジャージだった。ティリアが受け取ったときに表情は想像にお任せしよう。


「よし、じゃあ始めるか」

「はい、お兄様」


 二人は正座で向き合う。初めはうまく正座ができず、ティリアは足を痺れさせていたが、今ではそのようなこともない。ぴしっと背筋の伸びた綺麗な正座だ。


「まずは神力はどういうものか復習しよう。神力とはどういうものだ? どのようなことに使える?」

「自分の内に存在する熱のようなものです。神力は自分の身体能力を強化したり、特有の能力を使用したり、歪みを修復するのに使います。他にも、人払いや転移、記憶の改ざん、消去にも使えます」

「その通りだ。それらが主な使い方だ。だが、記憶の改ざんや消去は極力避けろ。記憶というものは大切なものだ。簡単に消して良い物じゃない」

「はい、分かりました。お兄様」


 冬夜の真剣な表情にティリアは少し緊張した表情で返事をする。


「神力というのは自分の願いを叶える力に近い。想像するだけで先ほど言ったような、いろいろなことができてしまうんだ。それがどれだけ危険なのかわかるな」

「はい」

「……雪菜さんから聞いた話だが、昔、二人の天使が大きな喧嘩をしたそうだ。一方は火を操る力を持った者。もう一方は水を操る力を持った者だった。

 些細なことから大喧嘩になった二人は、徐々にエスカレートしていき、能力まで使う喧嘩へと変わった」

「どうなってしまったんですか」


 ティリアは拳を握りしめながら尋ねると、冬夜は一息つき再び話し始めた。


「二人がいた小さな村は壊滅状態になったそうだ。もちろん村にいた人は巻き込まれて多くの人が死に、生き残った者も一人を除き心が壊れてしまったらしい。いや、正確には全員か。……とにかく、自分勝手に能力を使用したために起きた事件だ」


 ティリアは俯き恐怖を感じているようだった。確かに強大な力は恐ろしい。誰だって恐怖を感じるはずだ。いっそ持たなければよかったと考える者もいる。

 だが、冬夜はこう話を続けた。


「だが、ティリア。自分に力があるからこそ助かることだってある。だから、自分が正しいと思った時には迷わずに使え。俺らの決まりごとなど無視しろ。……俺には力がなかったからな」


 そう言って冬夜はとても悔しそうな顔をした。ギリッと歯を食いしばる音が静かな道場の中に響き渡る。

 ティリアは心配そうに冬夜を見つめていた。


「悪い、話を戻すが、ティリア。神力の確認はできた。後は実際に使ってみるだけだ」

「はい、頑張ります」

「じゃあ、立って神力を体中にめぐらせて身体能力の強化をしてみてくれ」

「はい」


 身体能力の強化は基礎ではあるが、特有の能力よりも難度が高い。

 特有の能力は自然と使い方がわかる。だが、身体能力の強化は一から覚えなくてはならないのだ。

 身体能力の強化が基礎と言われているのは、まずこれが出来きなければ怪我を防ぐことができないためである。

 ティリアに身体能力の強化ができていれば、以前狼もどきに襲われた時に容易く対処できたはずだ。

 そういう意味で、身体能力の強化は基礎なのだ。


 二人は立ち上がる。

 ティリアは目を閉じると、自分の内にある神力を全身へと廻らせるように動かし始めた。

 だが、うまく神力を纏うことはできない。


「もっと引っ張るように、全身を満たすイメージで!」

「はい、お兄様!」


 数十分後、神力を纏うティリアの姿がそこにあった。力も安定している。まだ無駄は多いが、十分合格と言っていいだろう。


「お、お兄様! できました! 私、使えてます!」


 ティリアの嬉しそうにはしゃぐ姿を見て、冬夜は自分が初めて神力をつかえたときのことを思い出していた。雪菜にうれしそうに見せびらかしては雪菜を呆れさせていた。

 だが、冬夜の今の気持ちは喜びだ。もしかしたら、あの時の雪菜もこのような気持ちだったのかもしれない。


「よし、よくやったな。ティリア。他の神力の使い方は後々に覚えるとして、まずは身体能力の強化を完璧にできるようにしよう」

「はい、ありがとうございます! お兄様!」


 そう言って喜ぶティリアの目には涙がたまっていた。それほどまでにティリアはうれしかったようだ。


「一度神力を解いて、もう一度めぐらせてみろ」

「えっ、で、でもやっと……」

「大丈夫だ。俺を信じろ」


 ティリアはもう一度神力を纏えるのか不安そうにしていたが、一度神力を解いた。

 そして、もう一度神力を体にめぐらせると、先ほどとは比べ物にならないほど簡単に神力を纏うことができて驚いているようだ。


「お兄様! 簡単にできました!」

「ああ、一度纏うことを覚えてしまえばあとは簡単なんだ。後は無駄をなくしていくだけだな」

「無駄といえばお兄様。お兄様は神力を全くと言っていいほど無駄がないのですが」

「そうだな。これも雪菜さんの指導のおかげだ」


 冬夜は少し照れながら言った。


「雪菜さんもすごいのですか?」

「神力を扱う技術は俺が上だと思うが、あの人はすごいっていうものじゃないぞ。未だに俺は一度も雪菜さんに勝ったことはないからな」


 そう言って冬夜は笑うが、ティリアは驚きを隠せていなかった。

 冬夜は雪菜に一度も勝ったことがない。それは真実だ。何度戦っても雪菜に勝つ未来が見えないのだ。



「まあ、雪菜さんのことは置いておいて、ティリア。ちょっとだけ俺と組み手をするか。もちろん神力を使ってだ」

「えっ、お兄様と組み手ですか?」


 ティリアの話を聞くと、ティリアはルースに戦闘に関することを教えてもらっていたらしい。もちろん組手もしたが、ルースとしかしたことがないようだ。

 


「それなら、なおさら俺とした方がいいな。そうすればいい経験になる。俺だって雪菜さんだけと訓練をしたわけじゃないしな」


 ということで、二人は組手をすることになった。

 ルールとしてはティリアが一本入れられればティリアの勝ち。冬夜は一切攻撃はしない。というのも、まだティリアは神力にブレが生じるため打ち込むと危険だと判断したからだ。


「そうだな、ただ勝負をするだけじゃやる気も出ないだろう。俺に一本入れられれば、何か一つ言うことを聞いてやるっていうのでどうだ? もちろん常識の範囲内だが」


 それを聞いた途端にティリアの様子が変わる。先ほどまでいつもの冬夜を尊敬する目だったのだが、今では目が据わり、ぼつぼつと何か喋っている。


「お兄様とデートお兄様とデートお兄様とデートお兄様とデートお兄様とデート……」


 聞こえてきた言葉に冬夜は若干体をひいてしまった。どうやらデートを要求されるらしい。

 冬夜は苦笑いするが、すぐに真剣な表情へと変える。勝負に関しては真剣なのだ。







 二人はそれぞれ構える。冬夜は右足を引き、半身を下げた状態で、両手を下している。対してティリアは左足をひき、右手を90度に折り曲げて拳を冬夜に向け、左手を軽く腰に添えている。

 二人の距離は5メートルほど離れているが、神力で身体を強化した二人にとっては一瞬でたどり着いてしまう距離だ。


 見合ってから十数秒後、冬夜がかすかに動いたのを合図に、ティリアが高速で冬夜との距離を詰めた。


「せいっ!」


 ティリアの小さな握りこぶしが冬夜の丸腰の腹部へ迫る。

 だが、冬夜はそれを右手で掴み、右側へと流した。

 ティリアはバランスを崩し、前のめりになるも、床に手をつきそのまま側転すると、再び冬夜へ挑みかかった。


「やあっ!」


 しかしそれを冬夜は簡単に避け、ティリアはそれを追うように風を切る音がするほどの蹴りを入れるが、冬夜はその足を掴んで止めた。

 すぐに冬夜がティリアの足を放すと、ティリアは一度距離を取った。


「そんな単純な攻撃じゃ当たらないぞ」

「分かって、ます!」


 ティリアはもう一度冬夜に近づき、先ほどのように拳を突き出した。同じ手の繰り返しに冬夜は嘆息しつつ、その鋭い拳をいなそうとするが、突然ティリアの拳がぴたりと止まる。


(フェイントか)


 冬夜はそう判断すると、次の攻撃に備えた。

 ティリアは拳を引きつつ、右足で冬夜の下段を狙う。

 だが、冬夜はそれを上へと飛んで避けた。

 しかし、それを待っていたと言わんばかりにティリアは右足を地面へとしっかりとつけて、くるりと回転しつつ、左足で宙に浮かぶ冬夜を回し蹴りする。

木を蹴り倒してしまいそうなどに勢いの乗った鋭い蹴りだ。当たれば冬夜は簡単に吹き飛んでしまうだろう。だが当たればの話だ。

 それを見た冬夜はティリアと目を合わせて、にやりと笑った。その顔が当たらないと物語っている。


「えっ!」


 ティリアの叫び声が道場に広がる。

 冬夜はティリアの高速で動く左足に手を置き、それを軸に腕の力だけでさらに上へと跳びあがったのだ。そしてくるりと回転して綺麗に着地した。

冬夜は一度ティリアから距離をとるが、ティリアに動く気配はなかった。どうやら、先ほどの避け方は想定外だったようで驚いているらしい。


「もう終わりか? 光の神ルースの娘はその程度なのか?」

「っ! まだです! まだやれます!」


 その後もフェイントを入れつつ攻めるティリアだったが、冬夜には一撃も当たらなかった。避けるか、簡単にいなしてしまうのだ。

 ティリアはもう一度冬夜に向かって行こうとしたが、神力がうまく纏えていない。息も整わず、汗も溢れ出ている。


「残念だったな。今日はここまでだ」


 冬夜が終わりにしたのは、ティリアの神力が尽きかけていたからだ。まだうまく扱い切れていないので無駄が多いため早く消費してしまったのだろう。

 神力さえ尽きなければいくらでも動くことができる。汗をかいたり、疲労したりもしない。

 実際に、ティリアが神力を纏えている時は、暖かいというのに汗を一滴もかいていなかった。


「……ありがとう……ございました」


 冬夜の言葉にティリアは悲しそうに肩を落とした。

 あまりにも落ち込むティリアに、冬夜は声をかけた。


「分かった。次からの修業でも俺に一撃入れられたら、何か一つ言うことを聞いてやるよ」

「本当ですか! 約束ですよ!」


 ルンルン気分のティリアに冬夜は思わず苦笑いするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る