第19話 命を削る死の踊り

「どうしてこんなことに」


 冬夜はクラスの大声で目を覚ますと、黒板を見てそう呟きながら愕然とした。言葉の出ない冬夜と盛り上がっている生徒たちは非常に対照的だ。

 冬夜は現実を確認するべくもう一度視線を黒板へと向けるが、現実は変わらなかった。

 黒板にはでかでかと体育祭の種目決めと書かれている。そして、各種目ごとに出場する人物の名前とその種目が書かれていた。もちろん冬夜の名前もそこにある。だが、それは問題じゃない。

 冬夜だって2年のクラスに所属しているのだ。もちろん名前がなければそれはそれで問題だろう。クラスメンバーから忘れられているということなのだから。

 今問題となっているのは、明らかに冬夜が出場する種目が多いという点だ。

 人数の少ない学校なので、一人の人が複数回出場しなければならないというのは仕方がない。十分にあり得ることだ。だが、黒板を見ると冬夜の名前が4つもあった。他にも複数出場している生徒はいたが、それでも2つ多くて3つだ。

冬夜の名前が書かれているのは、男子短距離走、男子長距離走、クラス対抗リレー、そして当日にしか内容が分からない謎の種目Xエックス。ちなみに謎の種目Xは出場したくないランキング堂々の1位である。

 その4つの種目に何故か冬夜の名前がでかでかと書かれていたのだ。

 冬夜は一瞬同性同名の人物がいるのかと疑ったが、そんな人物はいなかったと思い直す。

 とりあえず事情を聞くために、隣にいる和人に視線を向けるが、向けると同時に和人は視線を逸らした。


「おい、和人。これはいったいどういうことだ。なぜ俺の名前が4つもある? そもそもなぜ今体育祭の種目を決めているんだ?」


 冬夜の問いかけに、和人はゆっくりと冬夜に視線を移すと、ご愁傷様というような目で冬夜を見た。


「いや、どうなっているのかを言え」

「簡単に説明するとだな。お前が寝ている間に種目が決まった。それだけだ」

「簡単すぎる。もっと詳しく」


 和人は大げさにため息を吐くと、先ほどまでの出来事を簡潔に説明した。


「ほう、つまりは去年短距離走で活躍しすぎたせいで、こいつならほかの種目でも活躍してくれるだろうと、クラス内で勝手に決めた、と」

「まあ、そういうことだ。ほぼ満場一致でこのような結果になったな。ご愁傷様」

「なるほど、今の感情を一言でいうなら怒りだな。ちなみになぜ俺を起こさなかった?」

「強いて言うなら、冬夜を起こすと機嫌が悪くなるからだな」

「本音は?」

「マジで面白くなりそうだったから」


 冬夜は雪菜のように片手をコキコキとならし、和人の顔面へと近づけていく。


「ま、待て、冬夜。話せばわかる」

「……チッ、命拾いしたな。周りに人がいなければやっていたものを」


 冬夜は手を引っ込めると、和人を射殺さんばかりに睨みつけた。


「そう怖い顔するなよ。高校の体育祭は人生で3回。ましてや、高校2年の体育祭は1回しかないんだ。ちょっとくらいやろうって気になれよ」

「なるものか。俺は疲れることは極力避けたいんだ。……それで、和人。決定を覆すことはできると思うか?」

「無理だな。お前にこの纏まった空気を壊せると言うのなら話は別だが」


 見ればクラスは一つに纏まり、さあ頑張るぞと張り切っている。そんな中文句を言えばどうなるか。


「おい、俺の出場する種目が多すぎるんだが」


 答えは簡単だ。こうなる。

 周囲の視線が全て冬夜へと向けられる。一部の生徒は嫌そうな顔を隠そうともしなかった。

 和人は即座に両手で顔を覆い、無関係を貫く。


「何かしら? 冬夜君」


 冬夜の発言に返事をしたのはこのクラスの委員長、筒井凛だ。

 ストレートの黒い長髪をさらりと揺らしながら、教卓に両手をつき、うすら笑みを浮かべている。


「凛、これはいったいどう言うことだ? 明らかに俺の出場する種目が多い」

「簡単なことよ。あなたは去年、短距離走で1位だったでしょう? だから今年はもっと頑張ってもらおうと思って」


 凛は唇に人差し指で触れながらふふっ、と笑う。

 その不敵な笑みから、冬夜は何か他に理由があると予測した。


「それだけじゃないだろう?」


 冬夜は鋭い視線を凛へと向けるが、凛は全く動じなかった。


「ええ、もちろんよ。さっきのは表向き。本当の理由は、あなたへの嫌がらせよ!」


 凛はビシッっと人差し指を冬夜に向けた。


「何故俺に嫌がらせをする? そんなことをされる覚えはないんだが」


 すると、凛の笑みが固まる。そして、冬夜に向けて突き出した指をゆっくりと下ろし、強く拳を握りしめた。


「……覚えがないですって? ふざけないで! あんな屈辱を味わわされたのは生まれて初めてよ!」


 あまりの剣幕に、冬夜も思わず体を引いた。加えて、涙ながらに言うものだから、周りからの視線が痛い。その中には和人、桜、そしてティリアも含まれていた。

 だが、凛に何かをした記憶などなく、冬夜も反論をする。


「ちょ、ちょっと待て! 本当に何もしてないぞ!」


 流石の冬夜も、少し言いどもってしまった。だが、ティリアには伝わったようで、少し視線が和らぐ。

 すると、凛はキッっと冬夜を睨みつけながら言った。


「あなたは私が起こしているのに、1度も起きなかったじゃない!」

「はぁ?」


 思わず冬夜は間抜けな声を出した。


「私はクラス委員長として、あなたの生活態度を改善しようと努力したわ。でも、何をしてもあなたは授業中の態度を改めなかった。だからこうしてサボるのが好きなあなたが一番嫌がることをしてやったのよ!」


 そう凛が言った瞬間にクラスの一部を除く人たちからの視線が和らいだ。

 そして冬夜はそれを聞いて、なんてくだらない理由なのだろうかと大きなため息を吐くのだった。


「そんなくだらない理由で嫌がらせをしたのか」

「そんなくだらないとは何よ!」

「そうだ、そうだ! くだらなくないぞ!」

「そうだ、そうだ!」


 数人の男子生徒が凛の援護をする。凛のファンクラブ達だろう。下心丸出しで声を出している。

 しかし、冬夜が少し威圧するとすぐさま黙った。


「とにかく! 変更はしないから。せいぜい苦しむといいわ!」


 その声を最後に解散となった。

 皆が教室からいなくなった頃、机に突っ伏した冬夜の元へ、和人、桜、ティリアの3人がやってきた。


「いや〜、本当にご愁傷様としか言えないな」


 和人はバシバシと冬夜の背中を叩いた。

 冬夜はのっそりと体を起こすと、和人を睨みながら言う。


「もう勉強は見てやらないからな」

「マジですいませんでした!」


 即座に和人は腰を90度に折る。揶揄うよりも勉強の方が大切のようだ。


「お兄様、大丈夫ですか?」


 ティリアは心配そうに尋ねた。その真剣な目から、本当に心配しているのが分かった。

 それだけで冬夜は嬉しく思う。


「ああ、ありがとう。ティリアは優しいな」


 冬夜の言葉にティリアは軽く頬を赤く染めて、にこやかに笑った。


「私だって心配していたんだよ!」


 そう言ってアピールする桜を見て、冬夜は、まるで飼い主にかまってほしいと騒ぐ子犬のようだと思うのだった。


「桜とティリアちゃんって何の種目に出るんだっけか。冬夜のしか見てなかったから覚えてねーや」

「私は騎馬戦とダンスだよ。ティリアちゃんは私と同じダンスと借り物競走だね」

「私は嫌だと言ったんです。ダンスなんてできませんし。でも桜さんにそそのかされて……」


 だんだんと声が小さくなっていくティリアに、冬夜は首を傾げる。


「まあいい、ティリアは心配いらないだろう。普通の女子よりも身体能力が高いし。それよりも桜だ。お前、踊れるのか?」

「私はもちろん大丈夫だよ。毎日不思議を追いかけて足腰を鍛えているからね。見てよこの動き」


 はっ、ほっ、とぅ、と踊り出す桜。だが相手のMPマジックポイントを削りそうな、いやむしろ相手のHP《ヒットポイント》を削りそうな踊りだ。


「おい、今すぐにそれを止めろ。気分が悪くなってきた」

「何よ、酷いなぁ。ねえ、2人とも。冬夜ってば酷いよね」


 だが、和人とティリアの2人も気分が悪そうに口元を手で押さえている。


「悪い、俺も気分が……」

「私も……」

「何よみんなして。酷いよ」

「酷いのはお前の踊りだ」


 冬夜の言葉に桜は地団駄を踏む。

 すると、教室のドアが開かれ誰かが入ってきた。あの綺麗な長髪のストレートは凛だ。


「何しているの? あなた達」

「お前こそどうしたんだ?」


 冬夜の問いかけに、凛は自慢の長髪をかき上げながら言った。


「私は机にノートを置き忘れたから取りに来たのよ。それであなた達はそこでうずくまって何をしているのかしら?」

「なあ、凛。ちょっと相談があるんだが……」


 冬夜の言葉に、嫌な顔をする凛。


「嫌よ。あなたの出場する種目は変更しないわ」

「まあ、それもそうなんだが……」

「そうなの? てっきりそのことだと思ったのだけど」

「そんなことより、桜をダンスに出場させるのを止めにしないか?」

「どうして? 桜さんがやりたいって言ったのだからやらせてあげればいいじゃない」

「なら、桜の踊りを見てから考えてくれ。桜、さっきの踊りをもう一度だ」

「えー、私の踊りは見たくないんでしょう?」


 桜は不満そうに言った。だが、何としてでも止めなければ体育祭の日に多数の体調不良者が出てしまう。

 それはそれで体育祭がなくなって冬夜としてはいいのかもしれないが、延期になる方が面倒だと冬夜は考えた。

 よって、何が何でもこれを阻止しなければならない。


「頼む、桜」


 滅多に頭を下げることのない冬夜が、頭を下げて懇願した。さすがの桜もこれには驚いたのか、渋々了承する。


「しょうがないな〜。じゃあ、よく見ててね」


 そして桜が踊り出してから数分後。

 予想通り、吐きそうな顔をしながらしゃがみ込む凛の姿があった。どうやら、凛もあの奇怪な動きには耐えられなかったようだ。


「うっぷ……わ、分かったわ。桜さんをダンスの種目から外すわ。……冬夜君、今回は礼を言うわ。もしこれが実際に行われていれば大変なことになっていたと思うから」

「構わない。利害の一致というやつだ」


 2人は吐きそうになりながら笑いあった。どうやらこれで危機は去ったようだ。


「ねえ、ちょっと酷くない? ねえ、無視? 無視なの?」


 体育祭まであと3日。


「ねえ、ねえってば!」

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