第22話 いやな予感が……フラグですか?

「お兄様、お疲れ様です」


 冬夜と和人の二人は自分たちの学年が集まる場所へと行くと、ティリアが水筒を持って出迎えた。

 冬夜はお礼を言いつつ水筒を受け取り飲む。


「ティリアちゃん、俺には……」

「ありません。そこらへんの泥水でも啜っててください」

「わーい、久しぶりの毒舌だぁ」


 棒読みの和人の目には塩水が溜まっている。


「泣かないでよ、和人」


 すると、桜が声をかける。優しい言葉をかけてくれるのかと期待する様子の和人。


「泣いたら、その分水分がもったいないよ」

「優しいのか優しくないのか分からないコメントをありがとう」


 和人はしゃがみ込むと、地面にのの字を書き始めた。


「おい、和人。お前綱引きだっただろ? 出場しなくていいのか?」


 見ると、既に選手たちが出場し始めている。

 それを見た和人は慌てて飛び出ていった。


「さて、俺はしばらく出番はないな。もう少し出番があればいいんだが」


 ティリアが自宅から持ってきたシートの上に座りながら、冬夜はそう言った。

 その言葉に二人はぎょっと目を見開き驚く。


「冬夜、どうしちゃったの? 太陽の暑さにやられた? それとも何か悪いものでも食べた?」

「お兄様、申し訳ございません。朝食はきちんとできていたと思ったのですが、失敗していたのでしょうか」


 二人の心配する様子に冬夜は困惑する。


「どうしたんだ? 俺は別になんともないぞ」

「だって、冬夜がもっと競技に出たいなんていうはずないじゃない」

「……ああ、そういうことか。確かにいつもの俺ならやる気など微塵も出さないだろう」

「そこは肯定するんだね……」


 呆れたように桜は言った。


「だが、今日は別だ。植物園のチケットのためならばどんな卑怯な手を使ってでも手に入れよう」


 その言葉に2人はようやく納得した。


「なるほど、そんなに植物園に行きたかったんだね」

「当たり前だ。そのためならば悪魔にでもなる」

「本当にならないでくださいね、お兄様はお兄様のままが一番なのですから」


 そう話をしているうちにどうやら綱引きが始まるようだ。






『さあ、2種目の競技は綱引きにゃ。みんな準備はいいかにゃ?』


 愛音の声に、やる気満々の選手たちはウォォと声をあげた。その様子を見ながら愛音は頷く。


『それにゃあ、綱引き始めにゃ!』


 愛音の合図と同時にスターターピストルの音が鳴り響き、選手たちは綱を引き始めた。

 綱は一直線ではなく、3学年が引っ張れるようにYの字になっている。Yの字の先には旗が立てられており、その旗を手にした学年が勝者だ。

 時には他の学年と協力し、相手を旗に近づけないようにする。そして時には裏切り自分の旗を取りに行く。そのタイミングが勝負を分ける競技だ。


『おおっと! 3年がリードにゃ! もう少しでフラグに手が届きそうにゃ!』


 だが、もう一歩のところで2年生が敵に回り、1年生が引っ張る方向へ引っ張ったため3年はズルズルと旗から離れていった。

 だが、今度は有利になった1年生が旗に手が届きそうになる。

 だが、今度は3年生がそうはさせまいと1年生を旗から引き剥がした。


『今のは1年生、惜しかったにゃ!…… おお! 今度は2年生が行ったにゃ!』


 隙をついた2年生が旗へと近づく。だがもう一歩のところで届かない。

 そこで2年生は一つの作戦を実行することにした。

 2年生たちは息を合わせて一斉に力を抜くと、それにつられて1、3年生はバランスを崩した。

 その隙をついて一気に2年生が引っ張り、旗をその手にした。


『取ったにゃ! 2年生が取ったにゃ! 見事な連携だったにゃ! 今のはうまかったにゃ、にゃあ解説の田中くん』

『……筋肉、いい』

『……2年生の諸君、おめでとうにゃ!』


 田中の恍惚な笑みを見て、愛音はもう放っておくことにしたようだ。





 その後綱引きは2度行われた。結果は1年生が0勝、2年生が1勝、3年生が2勝となった。

 負けた1年生は大層悔しがっており、勝った3年生は殴りたくなるほどにハイテンションだった。

 これまでの学年ごとの得点は、1年生が40点、2年生が80点、3年生が80点という結果となったようだ。2、3年生が一歩リードといったところだろう。

 だが冬夜にとってクラスの勝敗は関係なく、あくまで冬夜の狙いは特別賞だ。とにかく目立つことに集中している。

 そのため、目立つ機会を与えてくれた凛には感謝の念に堪えなかった。

 会った際に感謝を述べたら何やら起こっていたが、カルシウムが足りていないのだろうか。


『続いての競技は、にゃ〜と、人生山あり谷ありだにゃ! 出場選手はさっさと出てこいにゃ!』

「お兄様、人生山あり谷ありってなんなのですか?」


 ティリアは可愛いらしく小首を傾げながら言った。


「ああ、この学校のプログラムって名前では何するのかわかりにくいのがあるよな」

「はい、気になる競技がいっぱいありました」

「人生山あり谷ありっていうのはね、障害物を乗り越えてゴールする競技だよ」


 ティリアの隣に座る桜が答えた。


「だがその障害物が問題でな、平均台や網潜りは優しいものだ。所々に巧妙に隠された罠が仕掛けられている」


 冬夜が付け足して言った。


「落とし穴や足を引っ掛けるロープ。とらばさみなんかもあるか。そういったものがいたる所に仕掛けられているんだ」


 最後にそう言った和人は嫌そうな顔をした。和人は1年生の頃にこの人生山あり谷ありに出場して痛い目にあっているのだ。


「怪我人は出ないんですか?」

「出るよ。実際そこの毬栗が怪我をしたからね」


 桜が和人を指差しながら言う。


「俺は2度とやりたくないと思ったね」

「そんな危険な競技、無くならないんですか?」

「まず無くならないだろうな。愛音が卒業したら分からないが」


 ティリアの疑問に冬夜が答えた。

 この競技は愛音が提案したものだ。提案といっても100パーセント可決されるのだが。突然教室にやってきては、「今度から体育祭の種目はこれね!」と勝手に決めていくのだ。反論の余地は一切なかった。

 全ては愛音の思い通りというわけだ。


「私、出場しなくて良かった」


 ティリアはそう言って胸を撫で下ろした。

 そうこうしているうちに次の競技が始まる。


『にゃあ! 地獄の始まりだにゃぁ!!』


 なんとも物騒言葉を合図に始まった。

 この競技は選手が全員まとめて走る。全員がスタートを切ると、突如全員の姿がその場から消えた。


『にゃにゃっと! 全員落とし穴に引っかかったにゃ!!』


 どうやら全員まとめて落とし穴に落ちたようだ。

 皆、泥だらけになりながら這う這う穴から抜け出してくる。それはまるで地獄から這い出てくる亡者のようだった。

 出場している生徒たちは悔しそうにしているが、応援している生徒たちは皆声を出している。

 会場が笑顔と笑い声に包まれた。


 その後も選手たちは罠にかかりながら走り続けた。

 時に落とし穴にはまり、時に地面から飛び出てきたロープで転び、時にトラバサミで足を挟まれてずっこける。

 もちろんトラバサミに挟まれても怪我をしないようにはなっているが、挟まれたものは皆痛そうにしている。


 そして1着と3着は1年生、2着は3年生だった。

 この競技は上位3人の順位で得点が決まる。そのため1年生に50点、2年生に10点、3年生に40点が追加され、合計では1年生が90点、2年生が90点、3年生が120点となった。

 これで1年生と2年生が並び、3年生がリードしたことになる。


『なかなか拮抗しているにゃ。面白い展開になってきているにゃ!』

「今年の一年生はよくやるな。毎年2年生か3年生の独壇場なんだけどな」

「そうだね。今年は勝敗がまだわからないね。ちなみにどの学年が優勝すると思う?」


 和人のつぶやきに桜が同意する。


「俺はもちろん自分の学年が優勝すると思うね」

「冬夜は?」

「俺か? 俺はどの学年が優勝しても構わん。特別賞さえ手に入ればな」


 冬夜は座りながら自慢の枕に顎を置いて言った。


「冬夜はそれしか目に映ってないんだね。じゃあティリアちゃんは?」

「私は自分の学年が勝ってほしいと思いますが、他の学年のやる気がすごいので」

「確かにみんなやる気はすごいよね。私としてはチケットが手に入るかもわからないことに、なんでそれほどやる気を出せるのか分からないよ」


 桜はため息を吐きつつ言った。確かに、ペアチケットということは、チケットを手に入れられるものはたった二人。しかし実際にその手にする者はたった一人ということだ。

 そんなものに全力を出せるものなのだろうか。そう冬夜も思った。

 しかし、そんな疑問に和人が答えた。


「いや、みんながみんなチケットのために頑張っているわけじゃないだろ」

「じゃあ何のために頑張っているの」


 和人は少し考えると言った。


「まあ、単純に皆で競い合うことが楽しいっていうのもあるだろ。俺はこのみんなで頑張っているっていう空気は嫌いじゃないしな」

「そっか、……ちょっと私には分からないかな」


 桜は少し悲しげな表情をする。桜はクラスにうまくなじめていない。それも楽しめない一つの要因となっているのだろう。


「いいんじゃないか、無理に楽しもうとしなくても」

「冬夜……?」


 冬夜は次の競技の準備がされているのを見ながら言った。そしてこう続ける。


「どんなことで楽しいと思うかは人それぞれだ。だから桜が無理に周りにあわせる必要はないと思うぞ。俺だって心の底から楽しんでいるわけじゃないしな。むしろ寝たくて仕方がない」


 冬夜らしい解答に桜はくすりと笑う。


「ありがとう、冬夜」

「別にお礼をされることなんてしてないな」

「でも、ありがとう」


 そしてもう間もなく次の競技、俺の屍を越えて行けという名の騎馬戦が始まろうとしていた時、冬夜は眠たげにあくびをしていたが、突然そのだらしない顔を引き締めた。

 歪みの反応を感じたのだ。それも日本国内だ。

 歪み自体はあり得ないことではない。だが、この広い世界の中ピンポイントで日本に、それも冬夜の知っている場所に発生するなどめったに起こることではない。

 加えて冬夜の嫌な予感が働いていたのだ。そのためすぐに冬夜は一つの予測にたどり着いた。


「お兄様」


 冬夜より数瞬遅れて歪みの発生に気が付いたティリアは冬夜に声をかける。

 それに対して冬夜はスッと立ち上がると、


「悪い、ちょっと用事を思い出した。少し離れるから後のことは頼んだ」

「えっ、もう次の競技が始まるよ?」

「どうしたんだ? 冬夜……」


 桜と和人が冬夜を心配するが、冬夜は一言悪いと言って校舎の方へと走る。

 和人は何かを察したようで、それ以上何も言わなかった。

 冬夜は現在人がいないであろう教室へと急いだ。人がいないところであれば転移が使えるためだ。


「クー……」


 冬夜は走りながらぽつりと呟いた。


 






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