第12話 究極の料理……それは無。

 翌日。


 冬夜はあれからいろいろと考えたが、いい案は浮かばなかった。

 なぜあれほどティリアが冬夜を嫌うのか。その理由を知ろうにも、本人があの様子では素直に答えてくれることはないだろう。

 とにかくまずは、ティリアと仲良く、は無理だろうから、せめてもう少し好感度を上げるところから始めなければならない。


 冬夜は、早速朝からティリアの所へ向かった。初日はルースの家の場所が分からなかったので、雪菜に連れてきてもらったが、一度場所を把握すれば、冬夜一人で転移することができる。

 ちなみに、天使は一度では場所を把握することなどできない。そんなことができるのは神だけだ。だが、冬夜は自分のことを神だとは認めない。


 湖のほとりに着くと、ティリアが湖の淵に立って湖を眺めていた。朝日に反射した太陽の光がまぶしく輝く。

 どうやら一人のようで、ルースの姿はない。家にいるのかとも思ったが、どうやら家の中には人の気配はないようだ。

 冬夜は、ティリアに声をかけようと近づくが、その前にティリアが振り向いた。

 突如目の前に冬夜が現れたため、ティリアは目を丸くする。そして、急いで家の中に逃げ込もうとした。


「待て! ティリア」


 冬夜が声をかけると、びくりと震えた後立ち止った。一応話を聞く気はあるようだ。だが、後ろを向いたまま冬夜と視線を合わせようとしなかった。


「ティリア、あれから考えてみたが、お前が俺を嫌う理由がやはりわからん。だが、俺はできればティリアと仲良くなりたいと思っている」

「……」

「それに俺には、ティリアが助けを求めているように見える」


 すると、ティリアは驚いたように体を震わせた。

 おそらく冬夜が言っていることが合っていたのだろう。


「もし何か困っていることがあるのなら話してくれないか? 俺でよければ相談に乗る」

「……助けなんて求めてないです」

「なら何か困ってないか?」

「あなたに付きまとわれて困っています。もう私にかまわないでください」

「本当にそうか? 俺には――」

「いい加減にしてください! 私は何も困ってなんかいません! 私はあなたみたいに力のある人嫌いなんです! たいして苦労もしていないくせに! もう話しかけないでください!」


 そういうと、ティリアは走って家の中に入ってしまった。これではまた昨日と同じだ。強引に連れだすこともできなくはないが、それをすればもっと殻に閉じこもってしまうに違いない。

 何度か呼びかけてみたが、ティリアが出てくることはなかった。


「大して苦労もしていない……か」


 冬夜は大きなため息を吐くと、その場から姿を消すのだった。






 真っ暗な部屋の中、ティリアは涙を流しながらベットに倒れ、枕に顔を埋めていた。


「嫌いです。あの人なんか」


 誰に聞かれているわけでもなく、ティリアは呟く。


「嫌いです。お父様なんか」


 またぽつりとその真珠のような瞳からしずくが落ちる。


「嫌いです。……こんな私なんか」






 翌日。


 今日は月曜日なので、学校があるため朝からティリアのもとに向かうことはできない。

 冬夜は日課である植物の世話をしながら考える。


(ティリアは確実に何か困っていて、助けを求めていることは間違いない。それは、昨日話をした時の反応で分かっている。だが、何が原因なのか、それが分からなければ解決のしようがない。それにあの目……)


 そう、冬夜はティリアの目に見覚えがあった。むしろありすぎた。あの目は昔の自分と同じ、努力しても報われていないような目だった。

 とはいってもこれは予想だ。本当にそうなのかは実際に聞いてみなければわからない。

 冬夜が難しい顔をしていると、カーネーションの花子が心配そうに左右に揺れる。


「ああ、花子。悪いな。そんな心配そうな顔をしないでくれ。ちょっと考え事をしていたんだ」


 そう。大丈夫? といったように今度はくるくると回りだす。


「ああ、大丈夫だ。心配かけたな」


 そう言って冬夜は花子に水をあげる。花子は左右に揺れてうれしそうだ。

 全ての植物たちを見終えた後、食事をとって学校へと向かった。






「冬夜、何か厄介ごとか?」


 昼休み、目を覚ました冬夜に和人は尋ねた。と言うのも、朝からいつものように枕を取り出して眠る冬夜が、いつものどこか幸せそうな顔ではなく、しかめっ面で眠っていたためだ。

 冬夜は昼ご飯を買うために財布を取り出しながら、


「ん? 分かるか。まあな。ちょっと厄介と言えば厄介だな」

「なんだ、その微妙な返事は。いつもの雪菜さんの理不尽な命令じゃないのか?」

「まあ、そうだな。簡単に言えば年下の世話だな」

「年下の世話? おまえにそれは無理だろ」

「失礼な。俺に年下の世話ができないとでも?」

「ああ、思うね。基本的に自分のことを最優先するおまえが、誰かの世話をすることなんてできるわけがないだろ」


 二人は話をしつつ、学校を出て、近くのコンビニへと向かう。

 冬夜たちの通うこの学校内には、昼ご飯を買うところなどない。そのため、基本的に弁当を持ってくるか、近くのコンビニへと買いに出るしかないのだ。

 それではコンビニが学生でいっぱいになるのかと思われるだろうが、そうはならない。そもそも、それほど学生はいないからだ。全校生徒90人ちょっと。冬夜の学年で、32人しかいない。もちろん、クラスなど分かれているはずもなく、校舎も古いので廃校寸前と言ったところだろうか。

 だが、冬夜はこの学校が気に入っている。特に人数が少なく、人ごみの少ない所が。


「なるほどね、それでそのルースとかいう神の娘さんの教育ね」

「ああ、だがなぜ俺があれほどまでに嫌われているのかがさっぱりわからん」


 二人は昼食を買い終え、学校へと戻る途中で冬夜はティリアの話をした。和人はもうこちら側に足を踏み入れているため、話もしやすい。何かヒントにでもなればと思い、話をしたのだが、


「なるほどな、俺もわからん」

「頼りにならないな」

「悪かったな! 頼りにならなくて」

「だが、どうしたものか。まだ話ができるだけましと言うことか」

「そこなんだが、いっそのことその子を家に入れないようにするというのはどうだ」

「つまり?」

「先回りして扉を塞いでしまえ」

「お前は外道だな。確実に嫌われると思うんだが」

「外道とは失礼な。なら、冬夜に何か考えでもあるのか?」


 数瞬考えたのち、冬夜は言い放った。


「もう、縛っておけばいいんじゃないか? そうすれば逃げられないだろ」

「……俺は今警察に連絡しようか否か迷っているんだが」

「なぜそうなる」

「お前、年下のしかも女の子だろ? 縛り付けるなんて犯罪だろうが」

「だが、相手が逃げるのであればそれも致し方ないと思うが」

「男ならともかく、女の子はまずい。第一、縛りつけたら嫌われるに決まっているだろ」

「世の中にはな、しばりつけられて喜ぶ人だっているんだ」

「その子がそんな性癖を持っていると思うな! そんな奴はごくごく一部だ」

「だが、縛られて喜ぶ奴を知っているぞ」

「だれだ? その変態は」

「もちろんお前も知っている奴だ」

「俺に変態の知り合いはいない」

「お前もこないだ会っただろ? 武器屋のクマ耳の店長だ」

「あいつ、変態属性まで持っていたのかよ!」


 二人でワイワイと騒ぎながら教室へと戻った。

 結局いい案は出ず、一日はあっという間に過ぎていくのだった。






 そして土曜日。

 必死に寝たい気持ちを抑えながら、冬夜はティリアのもとへと向かった。いつものように、上下ジャージの最強装備で挑む。制服指定ではない冬夜の高校まで上下ジャージで登下校するのだ。たとえ、魔王がいたとしても、冬夜はジャージで挑むのだろう。

 いつもの綺麗な湖の前に転移する。だが、今度はティリアの姿がなかった。どうやら家の中にいるらしい。

 呼び鈴なんてものはないらしく、扉をノックすると、中からはーいと言う声が聞こえてきた。この声は、


「やあ、冬夜くん。今日も来てくれたんだね」


 ルースだった。

 いつもは家の中に入ることはないのだが、今日は家の中へと招かれた。

 家の中は綺麗に片付いており、中へは靴のまま入るタイプの家で、冬夜は慣れないながらも靴のまま入る。

 見渡せば、家具のほとんどが木製でできており、机の上には日本では見たこともないようなものが置かれていた。この世界の物なのか、それとも違う世界から持ち込んだものなのか。


「ん? 何か気になる物でもあるかい?」

「ああ、地球では見たこともないようなものばかりだから珍しくてな」

「地球といえば、冬夜くんの住んでいる世界のことだね。あそこにある物は物置においてあるかな。特に漫画はいいね。僕の部屋には漫画がいっぱい置いてあるんだよ」


 そう言って目を輝かせるルース。その様子はその見た目もあって子供が欲しい物を見つけて目を輝かせているようであった。

 ルースには収集癖があるのか、部屋の到る所に何やらわけのわからないものばかり置かれていた。どうしてこんなものを買ったのかと言われそうなものも置かれている。

 たとえば、丸い金属に小さなボタンが付いている物。

 それが一体なんなのか冬夜が問えば、


「ああ、これ? これはね、ここのボタンを押せばなんと、丸い物体から、フェリーネコに大変形するのさ」


 ボタンを押すと、カシャカシャと音を立てて姿を変える。ネコとは付いてはいるが、冬夜の知っている地球の猫とは少々異なり、爪はかなり鋭いし、牙は口から飛び出ている。どちらかと言えば虎に近い気がする。

 ルースのどうだと胸を張る様子に冬夜は自分の顔が引きつるのを感じた。自信満々のルースを否定することはできず、すごいと褒めると、さらにルースは加速する。


「ホントに⁉ よかったー。ティリアにいくら見せても何も反応してくれないんだ。冬夜くんにこれの良さが分かってくれてうれしいよ」


 冬夜は自分の対応が間違っていたことに気が付いたが、もうすでに遅かった。ルースは目を輝かせながら次から次へと怪しい物を持ってきてはそれらを説明する。


 数時間後、ティリアが来たためにようやく解放された。ぐったりとした冬夜に向けた、ティリアの同情の視線が印象的だった。ティリアも、この長々とした話をされるのが嫌で反応することをやめたのだろう。


「ああ、もうこんな時間だね。いや~、楽しい時間が過ぎるのは早いね」

「……そうだな」


 内心はもう勘弁してくれと言った感じなのだが、ルースは全くそのことに気が付かない。


「そうだ、冬夜くん。お昼食べていきなよ。ティリアの作った料理はおいしいよ」

「いや、それはさすがに悪いだろ。急に1人分増やすなんて」

「大丈夫だよね? ティリア。一人分増えたところで大して問題ないでしょ」


 ティリアは少し嫌そうな顔をしたが、先ほどの父の暴走のお詫びを含めて作ることにした。


「……分かりました。お父様と……冬夜さんは椅子に座って待っていてください」

「それなら俺も手伝――」

「座って待っていてください」

「俺も手伝――」

「座って待っていてください」

「俺――」

「座って待っていてください」

「……分かった」


 しぶしぶ冬夜は席に座る。

 冬夜は基本的に楽をしたいと思っている。それは変わらない。だが、自分のことに関してはできるかぎりは自分で何とかすることを信条としている。それは食事に関しても言えることだ。

 自分で作るにしろ、買ってくるにしろ、必ず自分でする。そのため、誰かに何かしてもらうというのは慣れていないのだ。もちろん、飲食店などは対価にお金を支払っているため気にすることはない。

 ティリアがキッチンで料理をしているのを見つつ、なぜティリアにこれほど嫌われているのか考える。もう何日も考えたことだが、未だにその理由ははっきりとしない。

 そんな冬夜の悩みを知っているのかいないのか、目の前に座るルースは、暢気そうに何ができるのかと子供のようにわくわくしながら笑みを浮かべていた。


「ティリアの料理は本当においしいんだよ。毎日作ってもらっているんだけどもね、一日たりとも飽きたことがないんだよ」

「ルースは作らないのか?」

「僕は料理があまり得意な方ではなくてね。冬夜くんはどうなんだい? ……もしかして雪菜と同じだったり?」

「バカにしないでくれ。雪菜さんより料理ができない人間なんていないだろ」

「悪かった。さすがにそれはないか。いや~、僕は彼女のあのマジックともいえるような料理を見たことがあってね。てっきり冬夜くんもその類のものかと思ってしまったのだよ」

「ルースも見たことがあるのか。あのイリュージョンみたいな料理」

「うん。彼女に料理を任せたら花火みたいに燃えながら散って無くなっちゃったよ。しかもその時最後の食料でね。危うく餓死するところだったよ」

「よく生きていたな。まあ、ある意味毒みたいな料理を食わされるよりか、なくなった方がすっきりはすると思うが」

「正直あれは謎だね。一体食べ物はどこに消えてしまったのか……」

「気化でもしたんじゃないか?」

「火もつけてないのに鍋に入れただけで一瞬で気化するのかい?」

「確かにないな」


 その後、二人でワイワイと料理ができるまで話をしていた。冬夜の頭からはすっかりとティリアのことが抜けてしまったのだった。


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