第13話 おっと、ティリアの様子が。

「……できました」


 数十分後。

 料理が完成したため、ティリアは雪菜にまつわる不思議で盛り上がる二人に不機嫌そうに声をかけた。その不機嫌さは声にとどまらず顔にも出てきており、それを見た二人はデートに遅刻をして来た彼氏のようにおどおどし始めた。


「ティリア、どうしたんだい? そんなに不機嫌そうに。もしかしてうるさかったかな」

「……なんでもないです。お父様」

「いや、でもその顔」

「なんでもないです」


 どう見ても何でもないようには見えないが、ティリアは不機嫌そうな顔のまま、料理をテーブルの上へと運ぶ。

 運んでくる際、より料理のおいしそうなにおいが二人の鼻を刺激する。

 冬夜とルースは、ティリアが不機嫌な理由が気にはなるものの、暖かいおいしそうな料理が運ばれてくるのを見て、問題の先送りをすることに決めた。


「ああ、今日はピザなんだね。とってもおいしそうだ」

「すごいな。これ本格的なやつじゃないのか? オーブンで焼いたんじゃないだろ」

「この家にオーブンはありません。石釜ならありますが」

「なら余計にすごいな。にわか知識だが、焼き加減とか場所とか重要なんじゃないか?」

「……ただ具材を載せて焼いているだけです。大したことはしていません」


 少し照れたようにうつむきながらティリアは答えた。

 冬夜は出来上がったピザにもう一度視線を向ける。とてもちょうどいい焼き加減で、チーズがとろりと溶けているところがさらに食欲を引き立てる。具材も綺麗に並べられており見た目も良い。

 種類は3種類あった。

 1枚目はトマトのような赤い実を半分にスライスしたものが乗っている。これはあっさりとしていそうだ。

 2枚目は肉が乗せられたもの。これは少しこってりとしていそうだった。おそらくたくさん乗っている肉を見てそう思うのだろう。

 3枚目は全体的に赤く、辛そうなものだった。

 辛いものが平気な冬夜としても、この赤さは食欲をなくすほどだった。


「冷める前に食べようか」


 冬夜はその声に早速ピザに手をつける。

 まずはトマトのような実が乗ったピザを手にとってかぶりついた。

 見た目通り、ピザにしてはあっさりとしており、いくらでも食べられそうだった。トマトのような実がピザのこってりを中和しているためだろう。

 故に感想は、


「うまい!」


 ただその一言に尽きる。

 ルースはその小さな体のどこに入っていくのか、次から次へとピザを胃の中に収めている。

 対して、ティリアはリスのようにちょこちょこと少しづつピザを食べていた。

 そして、ちらりと冬夜の様子を伺っている。

 冬夜は2枚目のピザに手を伸ばす。2枚目は肉が乗ったものだ。

 口の中に入れて噛む。これは想像と異なり、それほどこってりとしてはいなかった。この肉は脂が少なめなのだろう。くどくなく、いくらでも食べることができそうだ。


「これもうまい!」


 自然と言葉が出ていた。

 ルースはもうすでに3種類全て3分の1づつ食べたため、ゆっくりとお茶を啜っている。あれだけの量をものの数分で間食してしまったルースにとっては足りないのではないかと冬夜は思った。

 ティリアは未だに1枚目をリスのようにチビチビと食べている。冬夜の言葉に、ピクリと反応するも、なんでもないように食事を続けている。


 冬夜は3枚目を食べた。3枚目は見た目が赤く辛そうなピザだ。

 思わず手をつけるのを戸惑った冬夜だが、想像していた味とは違った。見た目がこんなに赤くては相当辛いのだろうと予想していたのだが、少しピリッとするぐらいの辛さだったのだ。一番近いのは、ミートソースをピリ辛にしたような味が近いだろう。


「……」


 冬夜が三枚目を食べた途端黙ってしまったため、ティリアは恐る恐る冬夜に視線を移す。

 不安そうに冬夜を見つめるティリアに、冬夜は言った。


「ティリア、お前は本当にすごいな。どれも本当にうまかった。俺が食べた中で一番と言っていいほどうまかったぞ。自信を持っていい」


 ティリアは冬夜の言葉に頬をほんのりと赤らめ俯きながら、「ありがとう…ございます」と、小さな声で呟いた。


「俺の方こそこんなうまい昼食をありがとう。ティリアはいいお嫁さんになれるな。俺も毎日ティリアのご飯を食いたいくらいだ」

「いいね! それ。冬夜くん、ティリアを貰ってくれないかな」


 ティリアの顔が熟した果実のように真っ赤に染まる。


「おい、ルース。父親が娘の結婚相手を決めてどうする。そんな重要なことは本人に決めさせるべきだろ」

「そうかい? 意外と多いと思うんだけどね。確か冬夜くんの住む地球では本人の意思を尊重しなければならないとかいうのがあるんだったか」

「ああ、昔は父親が決定することもあったらしいがな。今ではそんなことも少なくなっている。ないとは言えないが」

「ならいいじゃないか。冬夜くんになら娘を預けられるよ? だって冬夜くんだし」

「理由になってないぞ。俺だからなんなんだ? 自分で言ってはなんだが、俺は怠け者だぞ? いい所なんてないと思うが」

「そうかい? キミはいい所がいっぱいあると思うけどな。……そうだね、例えば街を魔物から救った大英雄だとか」


 冬夜のルースを見る目が鋭くなる。

 本来であれば他世界の事情に首を突っ込むのは良しとしない。その世界で起きた問題はその世界に住む人々の手で解決するべきだという考えが冬夜たち神にはあるためだ。もし違反した者に対しては厳しい罰が与えられる。

 だが、冬夜はつい手を出してしまった。冬夜は自分に罰が下ることを承知であの街を救ったのだ。

 しかし、その覚悟に反し冬夜はお咎めなしとなった。なぜお咎めなしになったのかは冬夜には知らされていない。だが、ルースの発言で冬夜は察した。


「そうか。雪菜さんだけで他の神や天使の意見を覆せるとは思っていなかったが、ルースも俺を擁護したのなら納得できるな。その様子じゃ、他にもいるのか?」

「その通り。実は神は全員冬夜くんのことを擁護したんだよね。そしたら反対意見を出していた天使たちがみんな黙っちゃった」

「全員⁉ ……なんで俺を擁護するんだ? 俺は半端ものだぞ? 擁護する理由がないだろ」

「半端もの?」


 話を聞いていたティリアはかわいらしく首をかしげた。ティリアがいることをすっかり忘れていた冬夜は、一度大きく深呼吸して自分を落ち着ける。


「ティリア、ピザうまかったぞ。悪いが、俺はこれで失礼する。またな」


 そういって微笑むと、冬夜は姿を消した。






 だが、ティリアの目に冬夜の微笑む姿が焼き付いて離れなかった。その悲しいほどの作り笑いが。

 冬夜のいなくなった部屋の中、ティリアは決心したように顔を上げると、ルースに問いかける。


「お父様。少しお聞きしてもいいですか?」

「なんだい?ティリア」

「冬夜さんの言っていた、半端ものってどういう意味ですか?」


 その言葉にルースは眉をひそめた。その嫌悪の表情に、ティリアはびくりと震える。普段、どんな時でも自分に微笑みかけてくるルースが、初めてティリアに嫌悪と言う感情を見せたのだ。ティリアは静かな部屋に自分の生唾を飲み込む音が響くのを聞いた。


「ティリア。もう二度とそれを言葉にするのはやめなさい」

「……理由を聞いてもいいですか? 私は知りたいんです。あの人のあんな悲しそうな顔、初めて見ましたから」

「……そうだね。ティリアは知っておくべきだね」


 お茶を飲んで一息つくとルースは話し始めた。


「ティリア、この世界を直す者として、僕ら神と天使がいることは知っているね」

「はい。より強い力を持つ者を神、それ以外が天使だと」

「簡単に言ってしまえばそういうことだね。じゃあ、神はどうやって生まれる? 天使は?」

「神や天使から生まれてくるのではないのですか?」


 当たり前じゃないのか。と、ティリアは自分の考えをルースに伝える。


「その通りだね。なら、神と人間から生まれた子供はどうなるかわかるかい?」

「えっ? それは……生まれないと思います」

「そうだね。一般的にはそういわれている。普通なら神や天使と人間の子は生まれないんだ。でもね、過去に一度だけ。たった一度だけ例外が存在したんだ。それが冬夜くん。あの子だよ」

「えっ?」


 ティリアは驚きのあまり思考が停止してしまった。ルースが言った言葉を何度も反芻する。何と言った? 冬夜は例外? 例外って?


「冬夜くんはね。生まれるはずのなかった、神と人間のハーフなんだよ」






 冬夜は家に帰ってくると、ぱたりと布団の上に倒れ込んだ。


(なんで俺は逃げ出してるんだろうな)


 布団に倒れ込みながら考える。思い出すのは子供の頃の嫌な記憶だ。

 気味が悪い。半端もの。恥知らず。消えてしまえばいいのに。あれを神や天使と認めない。言うなら疫病神だな。死んでしまえ。

 そんな声が頭に響いて消えない。ただただ、自分が生きている意味を考えて考えて考えて。

 意味のないことを繰り返し頭の中で考え続ける。

 そして決まって最後はこう思う。


 自分はなぜ生まれてきてしまったのだろうか。


 生まれてくるはずがなかった。神と人間の子供などできるはずがなかった。だが、自分は今ここにいる。それはなぜなのか。


 一度考えのループにはまってしまえばなかなか抜け出すことができない。そんなループから助け出してくれるのは決まって母親だった。


(そう、確か母さんはいつも……)


 必死にあの陽だまりのような母の声を思い出す。もう十数年も経ってしまった今もまだかすかに覚えているあの声を。


(”あなたはあなた、それ以外の誰でもないわ。あなたはここにいる。私の腕の中にいる。そう私が感じているのだからあなたはここにいるわ。だから何も悩まなくていいの。あなたが生まれてきた理由なんてたくさんある。でもその一つは、私がいてほしいと思ったからなのよ”)


 その優しい声を思い出すことができた冬夜は、ゆっくりと目を瞑った。次に目が覚める頃にはいつもの自分に戻れていることを願って。






「そんな……私謝らなくちゃ」

「ティリア? どうしたんだい?」


 ティリアは泣きそうな顔をしながら立ち上がった。ルースは心配そうにティリアの顔を覗き込む。


「私、冬夜さんの所に行かなくちゃ」

「ティリア!」


 ティリアが転移を使おうとするのを見て、ルースは必死に止めようとする。力が暴走しているのが目に見えてわかったためだ。このままではどこに跳ぶのかわかったものではない。

 だが、ティリアを止めることができず、ティリアはその場から消えてしまった。


「くそっ!」


 ルースはティリアがどこに跳んだのか、力の痕跡から探ろうにも、ひどく乱れていてどこに跳んだのかわからなかった。


「僕にもっと繊細な力が使えたら」


 そう。ルースは力を大雑把に使うことは慣れていても、繊細な力の使い方には慣れていなかった。そのため、ティリアがどこに跳んだのか調べることはできなかった。


「ほかに力の使い方がうまい人と言えば……」


 考えるが、どいつもこいつも普段、家を留守にしているような者ばかりだった。自分も含めて。

 だが、ふと思い出す。普段家から出ない、神力の使い方においては神にも等しい力を、いや、それ以上の力を秘めた人物がたった一人いることに。






「冬夜くん!」

「なんだ⁉」


 突然部屋の中に現れたルースに冬夜は跳ね起きた。先ほどまで気持ちよくうとうとと眠っていたのに突然起こされた冬夜は機嫌を悪くする。


「おい、ルース。急に人の家に跳ぶのは礼儀が――」

「それどころじゃないんだ! ティリアがいなくなったんだよ!」


 ルースのせっぱつまった様子に冬夜は真面目な顔へと表情を変えるのだった。

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