第11話 厄介ごとが迷い込んできました。
三日後。
授業参観が終わった後は特に何かあるわけでもなく。ただ坦々とした日々が続き、平和な日々を送る冬夜だった。
雪菜が不在のため、歪みを直す仕事もなく、ただ植物の世話をして、学校に行き、授業中は寝るといった生活をしていた。
そのためか、担任の教師である大和が、いつも通り冬夜の寝る姿を見て、絶望のあまり両手両膝をついて落ち込んでしまう事件があったらしい。その際、冬夜はしっかりと夢の中へと旅立っていたが。
その後、怒る力すら残っていない抜け殻のような大和をそっと慰める森谷の姿があったようだ。
というわけで、ゆっくりと過ごすことのできた冬夜は十分に休むことができたと言えるだろう。
そんな冬夜に、新たな厄介ごとが迷い込んでくるのだった。
「ただいま」
冬夜が帰宅するも、この数日間毎日のように駆けつけて、おかえりを言ってくれるレスティーヤの姿がなかった。どうやらもう帰ってしまったようだ。
「おかえり」
代わりに声をかけてくれたのは、それまでいつも一緒に生活をしていた雪菜だ。言ってはなんだが、冬夜はレスティーヤが出迎えてくれるよりも、雪菜の、新聞を読みながらコーヒー缶片手に居間に座るその姿を見た方が安心感を覚えるようだ。
「帰ってきていたのか」
「ああ、先ほどな。レスティーヤも、私が帰ってきたら帰った。礼を言っていたぞ。いろいろとありがとうと」
「礼を言うのは俺の方なんだがな……。じゃあ、俺は今から寝る――」
「まあ、ちょっと待て。お前に仕事を持ってきてやったぞ」
そう言ってにやりと笑みを浮かべる雪菜に、冬夜は嫌な予感がした。
「いや、俺はちょっと疲れていてな。寝たい気分なんだ。遠慮しておこう」
「そうか? この数日間仕事もなくゆっくりと過ごせたんだと思っていたが?」
「……いろいろあったんだ」
「嘘だな。お前は嘘を吐くときはすぐ視線を逸らす」
あっさりと嘘がばれてしまった冬夜に逆らうすべはなく。しぶしぶ仕事の話を聞くことにする。
「冬夜、ルースと言う奴は覚えているか?」
「ん? ああ、光を司る子供みたいな神だろ」
「そう、そいつだ」
雪菜は缶コーヒーをこくりと飲みながら続ける。
「あいつの娘がな、今、お前の三つ下らしいんだが――」
「娘⁉ 見た目子供なのに娘がいるのか⁉」
「ああ、あいつは闇を司る神と同じく特殊でな、一応あれでも成人しているんだ」
「マジかよ……」
冬夜は驚き目を丸くする。
「それで、その娘なんだがな、ルースの奴が甘やかして育てたせいでちょっと問題があってな」
「問題?」
「たしか、聞いた話では、嫌なことがあればすぐに引きこもってしまうようだ。そして誰にでも毒を吐くため、友達もいないらしい」
「……それはまた」
「加えて、これが致命的なんだが、歪みの修復をしたがらないらしい。もう修復作業を半人前にはできてほしい年頃なんだがな」
「確かにそれはまずいな。俺ですら小学3年の頃には始めたというのに」
「まあ、おまえはちょっと早かったか」
小学3年生の頃から歪みの修復を始めた冬夜は、1年後にはもう既に一人で歪みの修復して回っていた。
それと比べるとずいぶん遅いと言えるだろう。
雪菜の言う通り、半人前の仕事はこなして欲しい所だ。
「それで、もうなんとなく察したが、俺に何をさせたいんだ?」
「察しの通りだ。ルースの娘を教育してやれ。それがルースの願いでもある」
「拒否は……できないよな。でもなんで俺なんだ? ほかにいくらでも教育できる奴はいるだろ。例えば雪菜さんとか」
「私はだめだ。面倒と言うのもあるが、これでも結構忙しい」
そう言って顔を逸らす雪菜に、冬夜は疑いの視線を送る。恐らく、余裕があるがその余裕が失われるのは勘弁なのだろう。
「俺も面倒なことは嫌なんだが。睡眠が削られるのも」
「お前は寝すぎだ。少しぐらい働け」
その鋭い雪菜の目に、冬夜は白旗を上げた。
「はぁー。わかったよ。やるよ。それで、いつから教えればいいんだ?」
「今週の土曜から予定している。頼んだぞ」
基本的にだらだらと過ごしたい冬夜にとって厄介ごとは勘弁なのだが、世話になっている雪菜の頼みとあれば仕方がないとも思っている。
なんとなく厄介なことになりそうだと、冬夜は大きなため息を吐くのだった。
「ああ、そうだ。ルースの娘を教育する代わりと言ってはなんだが、日々の歪みの修復はなしにしてやるぞ」
思わぬご褒美に、冬夜はにやけるのだった。
土曜日。
冬夜にしては珍しく朝早く目が覚める。植物たちの世話をすると、居間にいる雪菜のもとへと向かう。
「おはよう、雪菜さん」
「ああ、おはよう」
食事は基本的に既製品だ。というのも、雪菜は全く料理ができないし、冬夜は料理ができるが、朝は基本的に遅いし平日の昼は学校に行っている。そのため、夕飯だけは冬夜が作ることになっているのだが、朝食や昼食は基本的に買ってきたものを適当に食べている。
今日は、食パンにジャム、そしてコーヒー牛乳を温めたものが冬夜の朝食だ。
「雪菜さん、今日はどうしたらいいんだ? ここで待っていればいいのか?」
「いや、ルースの住む世界に行くぞ。朝食を食ったら言ってくれ」
朝食を終え、雪菜とともに中庭に出る。
雪菜の服装はいつも通り和服だ。雪菜の空の青のような髪と、黒を主体として桜の花びらが描かれてい着物が雪菜の魅力を引き立てている。
対して、冬夜もいつも通り上下ストライプの入った青のジャージだ。学校以外はこの服装で過ごしている。
二人が並ぶと、それはもうミスマッチなのだが、二人とも気にはしていない。それぞれが最高の装備だと自負しているからだ。
「それでは行くぞ」
そういった数秒後、二人の姿はその場から掻き消えた。二人の目の前には広大な湖が広がっていた。湖の水は透き通り、奥底まで見えそうだ。湖面が太陽の光を反射して光り輝く。あまりにも綺麗な光景に冬夜は言葉が出なかった。
「やあ、よく来たね。二人とも」
突然背後から声をかけられる。振り向くと、そこには二人の少年少女が立っていた。そしてその奥には立派な一軒家が建っている。
2階建の木造建築でテラスまで付いている。テラスから見る湖はさぞ絶景なことだろう。
「ああ、ルース、そっちがお前の娘か」
冬夜は少年のような体躯と顔立ちのルースに視線を向けた。
少年の名前はルース。これでも成人しているらしい。いわゆるショートヘアと呼ばれるような長さの金髪で、顔立ちは日本人のようだ。
以前冬夜があった時も少しくだけたようなスーツを着ていたので、それがルースの普段着なのだろう。
次に隣に立つ少女に目を向ける。少年と同じく金髪で肩よりも少し下まで髪を伸ばし、身長は冬夜の胸元ほどしかない。
空に薄く雲がかかったような青い色のワンピースがティリアの可愛さを引き立てている。
だが、その幼くかわいらしい顔には何の表情も映っていなかった。むしろ、どこか不機嫌そうな雰囲気を纏っている。
将来的には美人になるような顔立ちだが、ルースと同じく成長が止まってしまうのだろう。
「うん、この子が僕の娘。ティリアっていうんだ。ティリア、あいさつしなさい」
「……ティリアです」
ティリアは冬夜をジーと見つめながら、一言ぽつりと、鈴のような声で呟いた。
「私が水を司る神、雪菜だ」
「俺は冬夜だ。よろしく」
冬夜の自己紹介を聞いているのかいないのか何の表情も浮かべず、ティリアはただただ冬夜を見ている。
「まあ、顔合わせは済んだな。後はお前らで話をしてくれ。私はこれから用があるのでな」
そういうと、さっさと雪菜は姿を消した。
「さて、久しぶりだね、冬夜君」
改めてルースは冬夜を見る。冬夜は黒髪に黒い瞳を持つ。常に手入れのしていないボサボサの頭が特徴的だ。
「どうして父親の特徴が一切出なかったんだろうね」
ぽつりとつぶやかれたその言葉は、誰にも聞かれることなく風にさらわれて消えた。
「冬夜くん、娘のことを頼むよ。僕もやらなきゃいけないことが多くてね。ゆっくりしていられないんだ」
「分かった」
ルースはうんうんと、頷くと、その場から掻き消える。冬夜は、こちらを見つめるティリアに話しかけた。
「じゃあ、ティリアでいいか? 冬夜だ。改めてよろしくな」
そう言って手を差し出すと、ティリアはそれを見て、
「嫌です。さっさと帰ってください。もしくはこの世から消滅してください」
冬夜はティリアの突然の物言いに言葉が出なくなる。事前に毒舌だとは聞いていたものの、心のどこかで初対面の人にそんな毒は吐かないだろうと心のどこかで思っていた。
だが現実はどうだ。初対面の人に対して消滅を望まれてしまった。冬夜は自分の顔が引きつるのを感じる。
「ティリア、突然そんなことを言われた人は傷つくものだ。言わないほうがいいぞ」
「知りません。私はあなたが嫌いです。話しかけないでください。うざいです」
「なぜそんなに嫌われているのか俺にはわからないんだが」
「わたしが嫌いだと思ったから嫌いなんです。それ以外に理由はありません」
「一応どの辺が嫌いなのか言ってくれるか? 変えられるものなら変えよう」
「全部です。存在自体が嫌いです」
真っ向から否定された冬夜。さすがの冬夜でも多少傷つくというものだ。
だが同時に少し安心した。会話が成り立っているということは、少なくとも返事を返す気はあるということだ。これで会話すら成り立たないのであれば大きな問題だが、その心配はしなくてよさそうだ。
「分かった。嫌いで結構。だが俺はお前の教育係を頼まれている。他でもないお前の父にだ。一人前とはいかないまでも、半人前の仕事ができるようにはなってもらう」
「……嫌です」
これは大変な仕事を引き受けてしまったと、冬夜は少し後悔する。
だが引き受けてしまったし、それに冬夜にこの依頼が回ってきたということは、それは雪菜とルースからできると思われていることに他ならない。
また以前はあったが、いまさら実力を測るためにわざと失敗する依頼をしてくるとも思えない。これでも、冬夜は雪菜から一人前だと認められているのだ。
だが仮にその期待を抜きにしたとしても、冬夜は目の前の少女をどうにかしてやりたいと考えている。なんとなくだが、少女の目が、どこか助けを求めているように見えたからだ。
「まあ、とりあえず、ティリアの神力から見せてもらおうか。一番基礎の、身体強化から見せてもらえるか」
「……」
どういうわけか突然ティリアが黙ってしまった。そして、今まで冬夜の目を真っ直ぐ見ていたのにもかかわらず目をそらしてしまう。
「知らない」
そう冬夜に一言言い放つと家へと走り去ってしまった。
「おいっ、ティリア?」
冬夜は追いかけるも、ティリアは家の中に閉じこもってしまい、出てこなくなってしまった。ノックをするが、出てくる様子はない。かといって強引に入るわけにもいかず、冬夜は家の前で立ち尽くす。
結局ティリアが家から出てくることはなく、冬夜はルースが帰ってくるまで家の前で呼びかけることしかできなかった。
「あれ? 冬夜くん。どうしたんだい? 僕の家の前でボーっと立って」
「ルースさん、すまない。ティリアが家にこもってしまって……」
「ああ、またか……。悪いね、冬夜くん。それと、僕のことはルースで構わないよ。キミの保護者でもないしね」
「分かった。それで、ティリアなんだが」
「うん、今日の所はこれでいいよ。僕の方からも一応話をしておく」
「悪いな」
そう言って冬夜はその場から姿を消す。
ルースは、家の中に入りティリアの部屋へと向かう。
「ティリア。冬夜くんはもう帰ったよ」
部屋の前でティリアに声をかける。気配はあるので、部屋の中に入るのだろう。
「ティリア、ティリアはもう15歳なんだ。もう歪みの修復をしなければならない年なんだよ。いつまでもわがままを言っているわけにはいかないんだ」
話をするが、ティリアに全く反応はない。
「冬夜くんはもっと小さいころから歪みの修復をしている。きっと彼ならティリアが歪みを修復できるようにしてくれるよ。だから冬夜くんに教わりなさい」
部屋の中でごそごそと物音はするものの、全く出てくる様子はない。
ルースは一つ溜息を吐くと、その場から立ち去った。無理矢理部屋から出すこともできるが、そこはやはり親として、ティリアを悲しませたくはなかった。
暫くした後、ティリアの部屋の中からは押し殺したような泣き声が広がるのだった。
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