第24話 拾い少女
その日の夜、日付が変わる頃。
冬夜はふと目を覚ました。理由は、どうしてもあの少女のことが気になってしまったためだ。
まさかこの時間まであの遊具の中にいるとは思えないが、万が一のことを考えるといてもたってもいられなかった。
冬夜はそーと布団から抜け出し、母にばれないように懐中電灯を持って家を飛び出した。
暗い夜道は昼間とは打って変わって不気味だ。風で木々が揺れ、まるで生きていて自分を誘っているようだ。
父のように植物の声が聞こえていれば怖くもなかったのだが、今の冬夜に植物の声を聞くことはできなかった。
だが少女のことを考えては、震える足にムチ打って公園へと向かった。
恐怖のあまり時間感覚がなくなる。一体何分経ったのかそれとも何時間経ったのか……
だが、ようやく丘の入り口へと辿り着いた。後はこの丘を登っていくだけだ。
ちょうど雲から月が顔を出したため、辺りが少し明るくなる。どうやら今晩は満月のようだ。
冬夜は頂上まで登りきると、少女がいた遊具の下を覗き込んだ。
「やっぱりいないか……」
懐中電灯を照らすが、そこには誰もいなかった。少女もあれから帰ったのだろう。
少女が無事に帰ったという安心の中に、もうこれで会えないのだろうという残念に思う気持ちが冬夜にあった。
「……帰ろう」
冬夜は家に帰ろうと踵を返した瞬間、隣にあった遊具の中に人の気配を感じた。
恐る恐る覗き込んでみると、昼間の少女が俯きながら静かに寝息を立てていた。
会えたという喜びが冬夜の胸を駆け巡る。冬夜は近づくと少女に話しかけた。
「ねぇ、こんなところで寝ると風邪ひいちゃうよ」
「……すぅ、すぅ」
だが少女が起きる様子はなかった。そこで、冬夜は少女を起こそうと肩に触れた瞬間、
「!!」
「……えっ?」
少女が目を覚まし、冬夜の胸元を掴み何かを突きつける。その何かが何なのかはすぐにわかった。月明りに照らされて輝くそれはナイフだ。
「……だれ?」
「ぼ、ぼくだよ! とうやだよ」
相変わらず眠そうな目を冬夜に向けるが、眠そうにしている様子はない。恐らくこの少女は常に眠そうな目をしているのだろう。
「……とーや?」
少女はゆっくりと冬夜の首元から手を放す。冬夜は自分が殺されかけたことに驚きながらも、頭は冷静だった。なぜ少女がナイフを突きつけたのかわからなかったが、学校でいじめられた時よりも怖くはなかった。
それになぜか少女は刺さない、そんな気がしたのだ。
「……怖くないの?」
「えっ? 何のこと?」
「……ナイフ」
「うん、なぜかキミが刺さない気がしたから」
「……そう」
少女は何か考えているようだった。そして再び冬夜にその目を向ける。
「……なんでここにいるの?」
「えっと、……キミが心配だったから」
「……それだけ?」
少女がさぞ疑問そうに小首をかしげながら言った。それに対して冬夜は頷く。
「……そう。……もうわたしに関わらないで」
「けどこんなところにいたら風邪ひいちゃうよ」
「……だいじょうぶ。慣れてるから」
そう言って少女は体育座りをして膝に顔を埋める。だが、冬夜はそんな少女を放ってはおけなかった。
「行こう!」
冬夜は少女の手を引いて遊具の中から出た。
「今日はぼくの家に泊りなよ」
「……いい、……ここで」
「駄目だよ。それにキミなんか埃っぽいし、お風呂に入っていきなよ」
「……おふろ?」
「お風呂知らないの? 体を洗うんだよ。あ、でもお母さんに入れてもらわないといけないのか。……どうしよう?」
その後、冬夜は少女の手を引いて、会話をしながら家に帰った。昼間とは打って変わって少女は冬夜の疑問に答えた。なぜ少女が話してくれるようになったのかわからなかったが、冬夜は少女と一緒にいるだけで幸せな気分だった。
先ほどまで夜の木々に恐怖を感じていたのだが、今ではそんなことは一切なく、むしろ少女と二人の時間が楽しいくらいだった。
そして、あっという間に家にたどり着いた。行きに感じた時間の長さが嘘のようだ。
冬夜は少女の手を引きながら家の中にこっそりと入る。母にばれると何を言われるかわからなかったからだ。
「こっちだよ。もうすぐお風呂場に――」
「冬夜、どこに行っていたの?」
「うわぁ!」
突然暗闇の中から出てきたのは冬夜の母だった。懐中電灯に照らされた母の姿に冬夜は驚き、思わずその場に尻餅をつく。
気配を察知する能力の高い冬夜でさえ、時々母親の気配が読めない時があるのだ。
冬夜の母は電気をつけながら、
「まったく、こんな夜遅くにどこに行っていたの? 心配したのよ?」
「ごめんなさい。でもこの子の事が気になって……」
「この子? ……えっ!」
冬夜の母は驚きの声を上げる。それはまるでの隣に立つ少女に、今気がついたかのような反応だった。
「ごめんなさいね。ちょっと私、疲れてたみたい。あなたは?」
冬夜の母はゆっくりと少女に近づくと、視線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「昼間に公園で会った子なんだけど、ずっと今まで公園にいたから連れてきたんだ」
冬夜は立ち上がりながら母に説明する。
「両親はどうしたの?」
「いないって言ってた」
すると、冬夜の母は悲しそうな顔をして少女をそっと抱きしめた。
少女の表情は変わらなかったが、どこか驚いているようにも見える。
「辛かったわね……。あなた、どこに住んでいるの? 保護者はいる?」
冬夜の母は少女の目を見て、頭をやさしく撫でながら問いかける。
「……いる」
「そう……、その人は迎えに来ないの?」
「……わからない」
冬夜の母は少しの間考えるように黙っていたが、何か思い付いたように頷いた。
「なら私の家にいなさい。その保護者が迎えに来るまででもいいわ。それまではうちの子よ」
そう言って冬夜の母は少女の目を見て言った。すると、少女の目がわずかに開かれる。
「……べつにいい」
「いいことないの。行くあてがないんでしょう? 冬夜もいいわよね」
「うん! ありがとう、おかあさん」
こうして半ば無理矢理少女は冬夜の家に住むことになった。少女はどう思っているのか分からないが、冬夜はその少女がうちに住むことになって飛び上るほどにうれしく思っていた。
「まずはあなた、お風呂に入らないとね。せっかくの綺麗な髪も汚れているわ」
「……おふろ、……わからない」
「お風呂がない国から来たのかしら? いいわ。私と一緒に入りましょう。冬夜はもう夜遅いんだから部屋で寝ていなさい。明日は休日だからってゆっくり寝ていてはダメよ」
「えっ、ぼくももう少し起きていたい」
「だーめ。明日に備えて寝なさい。たくさん寝ないと背が伸びないわよ」
そう言われて冬夜はしぶしぶ自分の部屋に戻って寝ることにした。冬夜は周りと比べて少し小さかった。そのため身長のことは気にしているのだ。
布団の中に入った冬夜だが、なんだかわくわくして眠ることはできなかった。少女がうちに来てくれたことがうれしくて。明日何を話そうかと考えて。
冬夜は虫の音を聞きながら自然と眠くなるまでそんなことばかり考えていたのだった。
冬夜が寝に行ってから、冬夜の母は少女を風呂場へと連れて行き、少女の髪を洗ってあげていた。
「どこか痒いところはない?」
冬夜の母の言葉に、少女は小さく頷いた。
やさしく、やさしく、綺麗な髪を傷めないように丁寧に洗っていく。
少女はお風呂が初めてのようで、最初は無表情の中にどこか恐れを抱いていたようだが、髪を洗ってあげているのが気持ちが良いようだ。
「はい、じゃあ流すからしっかりと目をつむっていてね」
そう冬夜の母は声をかけてからシャワーでシャンプーをしっかりと洗い流す。
洗い流したら次はトリートメントを行う。近くで見ると髪にダメージがあったためだ。
トリートメントを付けて、蒸しタオルを少女の頭に巻きつける。
「ねえ、まだあなたの名前聞いていなかったわね。あなたの名前は?」
「……」
しかし少女は自分の名前を名乗ろうとしなかった。不思議に思って尋ねようとしたが、その前に少女が答えた。
「……とーやにも同じこと聞かれたから」
「……そう、冬夜に先に言ってあげたいのね。あなたは優しい子ね」
冬夜の母は微笑む。そんなことに気を使えるなんて悪い子ではなさそうだと判断した。
というのも、少女が取り出した一本のナイフが目に入り、警戒度を上げていたのだ。だが、先のことで少女は誰かに気を使える優しい子なのだと分かった。
冬夜の母はトリートメントをしている間に少女の体を先に洗う。優しく肌を気づ付けないように洗った。
だが、少女の背中にある傷が痛々しい。少女が服を脱いだ時にも思わず息を飲んだ。
少女の体の到る所にやけどや切り傷、打撲の痕があったのだ。明らかに虐待だろう。親から受けたものなのか、今の保護者という人が与えたのかは分からないが、どちらにせよ少女が楽しい人生を送ってきたとは思えない。
少女の体を洗い終えた冬夜の母は体についた泡を洗い流し、トリートメントを洗い落として少女と一緒に湯船につかる。
「……気持ちいい」
「そうでしょう? お風呂は良い物よ。でも入りすぎには注意してね、のぼせてしまうから」
「……のぼせて?」
「そう、ふらふらして気分が悪くなることね。人によってどれくらいでのぼせるかは違うけれど」
「……わたし、ふらふら」
そう言って少女は顔を赤くして頭をゆらりゆらりとゆっくり振った。
「もう⁉ 早いわね。でも出ましょうか」
二人は風呂から出た。少女にバスタオルを巻きつけると、ドライヤーで髪を乾かす。
「うん! いいわね。これで綺麗になった」
薄汚れていた少女は綺麗になった。薄汚れていても少女のかわいらしさは隠しきれていなかったが、綺麗になったことでより少女の魅力が沸き立つ。
だがいつまでも少女をバスタオル1枚で居させるわけにはいかないので、少女と共に昔使っていた自分の部屋へと向かう。今では物置になっている部屋だ。
「確かここに私が小さい頃の服が……」
タンスの中をほじくり返すと、中から上下ピンクの可愛らしいパジャマが出てきた。
「あった、あった。じゃあ、これ着てくれる? 下着はこれね」
そう言って冬夜の母は少女に服一式を渡す。
少女が着替え終ると、冬夜の母は満足そうに頷いた。
「可愛いわね。これで冬夜もイチコロね」
「……?」
少女は何を言っているのかわからないと言ったように小首をかしげた。
その後、冬夜の母は少女とともに布団の中に入った。
どうやら少女は眠かったようで、布団の中に入るとすぐに寝息を立てて寝てしまった。
「ゆっくりおやすみなさい」
冬夜の母はぐっすりと眠る少女の頭をなでる。
夫が帰って来ないことが少々気になったが、自分ができることをしなければと気合を入れた。そして今自分にできることは寝ることだと、その重くなった瞼を閉じるのだった。
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