第28話 悲劇と復讐
クーリュイアが冬夜の家に住むようになって早くも1ヶ月が経った。
あれから、冬夜の父が学校に抗議したためか、冬夜へのいじめは収まっていた。だが、これはおそらく一時的なものだ。というのも、いじめの主犯である赤髪の少年が謹慎処分を受けているのだ。これが解ければまた冬夜へのいじめは行われるだろう。むしろ冬夜を逆恨みしていじめが激化する可能性すらある。
だが、冬夜はこの1ヶ月幸せな生活を送っていた。学校では冬夜に近づいてくる者はおらず、家に帰ればクーリュイアと両親が待っている。
クーリュイア達と共に遊び、夕方日が暮れる頃には家に帰って母の作ってくれたおいしいご飯を食べ、気持ちの良いお風呂に入って眠りにつく。そんな理想の生活を送っていた。
そんな生活ができて冬夜は幸せだった。
何故かクーリュイアが冬夜の布団に潜り込んで寝ているということもあったが、3回目から冬夜も慣れてしまった。
3日に一度くらいのペースでクーリュイアの目が赤くなり苦しみだすことがあったが、クーリュイアに言われるがままに、冬夜が抱きしめて頭をなでるとそれも収まっていった。冬夜はなぜクーリュイアがそんなに苦しむのかわからなかったが、自分がクーリュイアの苦しみをなくしてあげられるということがとてもうれしかった。
そして学校が終わったこの日も、冬夜はいつものようにクーリュイアと結衣を誘って公園へと行こうとしていた。
「ちょっとまって、クーリュイアちゃん。ちょっと渡したいものがあるの」
冬夜の母がクーリュイアを呼び止める。二人は立ち止まると、冬夜の母はニコリと笑いながら、背中に隠していた何かを二人の目の前に取り出した。
それは白い布に可愛らしいうさぎのアップリケが張られたマントだった。
「ふふっ。クーリュイアちゃん、マントを着ていたでしょう? でもボロボロだったから、私が新しく作ってみたの。どうかしら?」
クーリュイアは目を輝かせながらマントを受け取ると、さっそく身に付けた。
「ちょっと回ってみてくれる?」
「……ん」
クーリュイアがくるっと回転すると、それに合わせてマントが揺れる。
「うん、可愛いわね。じゃあ行ってらっしゃい。気を付けてね」
冬夜の母に見送られて二人は家を出た。今日も楽しく遊ぶために元気よく。
「お母さん? お父さん?」
冬夜の目に映るのは全壊する家。血にまみれで倒れ伏す母。そしてシルクハットをかぶった紳士服姿の男と戦いながら、到る所から血を流し、右腕を失った父の姿だった。
「クーリュイア、やっと来ましたか。この糞共を殺すための手伝いをしなさい」
謎の男の言っていることが分からず、冬夜は言葉が出なかった。隣に立つクーリュイアに視線を向けると、表情はいつもとほとんど変わらないがどこか悲しんでいるように見える。
「冬夜! 今すぐに逃げろ!」
父の叫ぶ声が聞こえてくるが、頭が全く働いておらず、どうしていいのかさえ分からない。
どうして幸せだった日常が壊れているのか、どうして幸せを壊したであろう謎の男がクーリュイアの名前を呼んでいるのか。
冬夜は現実を受け入れることができなかった。
「さて、掃除も終わったし、あとは夕飯を作るだけね」
冬夜の母はそういって一息ついた。
いつものように洗濯物を干して部屋の掃除をしていると、冬夜が学校から帰ってきたため、クーリュイアにマントを渡して二人を見送った。そして二人を見送った後は再び掃除の再開だ。今日は特別いつもより綺麗にすると、かなり時間がかかってしまった。だが、夕飯までには何とか間に合った。
夕飯の準備をしていると、冬夜の母は何やら嫌な予感がした。自分の予感はよく当たるため、すぐさま冬夜の父に連絡しようと電話を取りに行くと、
「はい、こんにちは」
背後から突然男の声がした。だがそんな人物を家にあげた覚えなどない。冬夜の母はゆっくりと振り返ると、シルクハットをかぶり、紳士服を着た20代後半ほどの若い男が立っていた。
「……誰かしら。家に招待した覚えはないのだけれど」
「そうですね、招待された覚えはないです。ですが私の飼っているペットを預かってもらっているようですから」
「ペット? 悪いけれど人違いじゃないかしら。この家にペットはいないわ」
「いえいえ、合っていますよ。白い毛並みのあなたのお子さんほどのペットがね」
「っ!! 趣味が悪いわね。あの子をペット扱いなんて。とんだ変態ね」
「そうですか? あなた達だって動物が落ちていたら拾うことだってあるでしょう。それと同じですよ」
「同じ人間をペット扱いなどしないわ。それにペットといえど家族よ。あなたみたいに大切にしないのは論外よ」
「ほう? なぜ私が大切にしていないと分かったのですか? まあ、実際にそうなのですが」
「当たり前じゃない。あの子がここにいるのが答えよ。あなたのもとが嫌になったから逃げてきたんじゃないかしら」
すると男はシルクハットのつばを抑えながら怪しげに笑いだす。
「確かにあなたの言う通りですね。どんな生き物だって嫌になればそこから逃げそうとする。当たり前のことでした。……では、もう逃げ出さないように躾をしなければなりませんね」
「あの子に手を出す気? そうはさせないわよ」
「あなたに私を止める力はありませんよ。無駄に死ぬだけです。やめておきなさい」
「確かに私では無理かもしれないわね。でも私の主人なら――」
「無理ですよ、たかが人間ごと気に私はやられません」
「まるで人間ではないような言い方ね」
「そうですね。ちょっと人間とは言えないかもしれないですね」
「それでも私はあなたを止めるわ。今私はあの子の母親だから」
「……しつこいですね。一般人を殺したいとはあまり思わないのですが、仕方がないですね」
そう言って男は小さく溜息を吐き、自分のつけている白い手袋に視線を向けた。
「まあ、では死んでください」
男は冬夜の母の心臓へと手刀を突き出す。思わず冬夜の母は目をつむるが、一向に痛みは来ない。恐る恐る目を開けてみるとそこには冬夜の父の後ろ姿があった。手刀は冬夜の父が片手で受け止めていた。
「間一髪だったな。それで、おまえは誰だ? いや、想像はついているが」
「……」
しかし、男は急に無言になり動かなくなる。そして、突然ケタケタと笑い始めた。
「なるほど、なるほど。あなたたち、天使か神ですか。なら容赦はいりませんね」
耳まで裂けるほどの笑みを浮かべた男はぽつりとつぶやいた。
「壊せ」
「なっ!」
冬夜の父は驚きの声を上げながら転移で家の外へと出る。すると、次の瞬間には家がばらばらに切れて崩れてしまった。
「……やはり歪人か」
「あなた、あの人、クーリュイアちゃんを狙っているの。お願い、助けてあげて」
「ああ、分かっている……っ!」
冬夜の父は転移して冬夜の母を安全なところに逃がそうとしたが、地面を削りながら飛んでくる何かによって中断せざるを得なかった。
冬夜の父は冬夜の母を抱えてその場から飛びのく。一瞬でも遅れれば、二人の体は真っ二つになっていただろう。
「逃がしませんよ」
瓦礫の中から男が出てくる。埃の一つでもついていなければおかしいが、男の服は新品同様に綺麗だった。
「いや~、ラッキーでした。まさかペットを探しに来たら私の探していた糞共に会えるとは」
「俺はあまりお前たちには会いたくなかったんだがな」
「それはないんじゃないですか? 私はこれほどまでにあなた達に会いたかったというのに!」
男が腕を振ると、地面を削りながら何かが冬夜の父の方へ飛んでくるのが分かった。まるで斬撃のようだ。
それを冬夜の父は転移で避けると、木で鋭い刀を作り出し男に切りかかった。
しかし、木刀は男にあたる寸前で粉々に粉砕してしまった。冬夜の父は間一髪で避けるも、手からは血がしたたり落ちている。
「あなた!」
冬夜の母は思わず声をあげた。それに対して冬夜の父は片手を上げて答える。
「大丈夫だ。しかし、厄介だな」
「もう少しでその薄汚い手は粉々だったんですがね」
「どんな能力だ? 斬撃を纏う力か?」
「そんなに簡単に種を明かしては面白くないでしょう」
「……いや、思い出した。破壊する力か」
「なんです? もしかして雪菜さんに聞いたのですか。知らない方が楽しいと思ったのですが」
「俺としてはさっさと引いてほしい所なんだが」
「そういうわけにはいきませんよ。せっかく会えたのですから、もっと楽しみましょう!」
男がぱちんと指を鳴らす。すると、冬夜の父の近くで小さな爆発が起こった。
「がぁ!!」
「そう簡単には殺しませんよ。もっと苦しんでから死んでもらわないと困りますからね」
冬夜の父の腕が抉れ、肩口から多量に血を流している。冬夜の父の表情はとても苦しげだ。
「くそ! フレイヤ!」
冬夜の父の声に、どこからともなく一人の少女が現れた。草でできた服を身に付け、頭には花の草冠を付けている。冬夜の母は昔、冬夜の父から植物の妖精だと紹介されたことがあった。
「はいはい~、どしたの~。ってピンチっぽい~?」
「ああ、雪菜達を呼んできてくれ。大至急だ」
「分かった~」
そう言ってフレイヤはその場から掻き消えた。
「ほほぉ。雪菜さんが来るのですか。なら急いであなたを殺さないといけませんね」
「そう簡単には死ぬつもりはないぞ」
「なら、次々行きますよ!」
「くっ!」
冬夜の父は連続転移し、できる限り避けるが、どうしても被弾してしまう。被弾するごとに肉が抉れ血が流れた。
「あなた!」
冬夜の母はもう一度悲鳴をあげた。すると、男は鬱陶しそうに、
「うるさいですね。邪魔しないでください」
男は右手で爆発を起こし冬夜の父をいたぶりながら、左手を冬夜の母に向けた。
「間に合ええええ!!」
冬夜の父は転移し冬夜の母を突き飛ばした。代わりに冬夜の父の右腕が切り飛ばされる。
それを見て男はにやりと笑みを浮かべると、無防備な冬夜の母に向けてもう一度腕を振った。
斬撃のようなものは地面を削りながら冬夜の母を襲う。肩口から斜めに大きく切り裂かれた冬夜の母は、口から血を流しながらゆっくりと倒れた。
「とう、や」
その言葉を最後に、冬夜の母の心臓は鼓動を止めた。
「おまえええええええええええ!!!」
「いいですね、その表情が見たかった!!」
愛する妻が死んだ。それは一目でわかってしまった。今までにない怒りの感情が湧き上がってくるのを感じる。
冬夜の父は怒りに身を任せ、周囲から木を生やすと男を串刺しにしようとする。だが、全て男に辿り着く前に粉々に消えてしまった。
するとそこに冬夜とクーリュイアの二人がやってきた。
「お母さん? お父さん?」
「クーリュイア、やっと来ましたか。この糞共を殺すための手伝いをしなさい」
「冬夜! クーリュイア! 今すぐに逃げろ!」
冬夜の父は、せめて冬夜達だけでも逃がそうと叫んだが、冬夜はただただ立ち尽くし、クーリュイアもその場を動かなかった。
「なにをしているのです? そこのガキはこいつらの子供なのでしょう? 早く殺しなさい」
「……いや」
「今何と言いました?」
「……いや」
「……そうですか。まあいいでしょう。あなたのおかげでこいつらを始末することができそうですから」
「クーちゃんのおかげって、どういう、こと」
「冬夜! こいつの言うことに耳を傾けるな!」
しかし、男は笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「どういうことも何も、クーリュイアがここにいたおかげで私はここに来ることができたのですよ。私たち、あなた方の言うところの歪人は互いの場所がある程度分かりますから」
「それじゃあ」
「ええ、あなた方を殺すことができるのも、あなた方に接近したクーリュイアのおかげというわけです。ペットなりにいいことをしたのですからむしろ誉めてあげなくてはいけませんね」
男はうれしそうに笑う。
「嘘だ! クーちゃんが歪人だなんて。クーちゃんのせいでこんなことになったなんて……」
「まあ、信じなくてもいいです。あなた方はどちらにせよ死ぬんですから、っと」
突如男の頭上から大きなつららが落ちてくる。それを男はひらりと躱すと、長年会っていなかった親友でも見つけたかのような笑みを浮かべる。
「やっと来ましたね。雪菜さん」
「お前のような下種に呼ばれる名は持ち合わせていないな」
冬夜の父の隣に現れたのは青白い着物を着た透き通った青い髪の女性だ。名を雪菜と言う。そしてその斜め後にはエメラルドのように輝く髪と瞳を持つ女性、レスティーヤが控えていた。
「すまない、遅くなった」
雪菜が冬夜の父にそう言うと、冬夜の父は体の痛みに耐えながら問いかけた。
「いや、それよりも、他の連中はどうした」
「皆自分の家を離れているから来る可能性は低い。あの妖精に回ってもらってはいるが」
「……そうか」
冬夜の父は立膝をつきながらうなだれた。
冬夜の父はクーリュイアが来た時点で神々に助けを求めた。そのため神々はいつでも行動できるように準備していた。
しかし、クーリュイアが危険ではないと分かった時点で冬夜の父を含む神々は警戒を解除してしまったのだ。
タイミングが悪いとしか言いようがなかった。
「レスティーヤ、冬夜を警護しろ。ただし長距離転移はするな。殺されるぞ」
「はっ」
転移は距離に比例して難しくなる。そのため1秒を争う戦闘中に長距離転移は自殺行為なのだ。
だがレスティーヤは他の天使よりもかなり優秀で、神のレベルと遜色ない。だが、それぐらいでなければ男の攻撃は避けることはできない。
レスティーヤは冬夜の後ろに転移し、肩にそっと手を置いた。すぐに冬夜を連れて転移できるようにするためだ。
「残念ですがここまでですかね。3対1は私としてもきついですし」
「そうか、だがここでお前を逃がすとでも思うか? 前回は逃したが今回は逃がさん」
「いえいえ、ここでお暇させてもらいます。幸いなことにひとりは殺せましたしね」
そう言って男は冬夜の母に視線を向ける。雪菜はそれを見て思わず歯噛みした。
「さて、クーリュイア。行きますよ」
男に呼ばれてクーリュイアはびくりと震えた後、隣に立つ冬夜を見る。
「……とうや」
「クーちゃん……? 嘘だよね?」
冬夜は涙を流しながらクーリュイアに問いかける。しかし、クーリュイアは少しの間目を瞑り何かを考えると、男の方へと歩いて行った。
「どう、して」
冬夜は涙をぽろぽろと流しながらそう呟き続けた。まるで壊れた機械のように。
「それでは、さようなら」
「行かせるか!」
雪菜は男を大量の水で覆う。対して男は不可視の斬撃を雪菜に投げつけた。それを雪菜は横に避ける。
「厄介ですね、この水。本当にあなたは殺しづらい」
「そうか、ならさっさと死んでもらおう。お前は危険すぎる」
「それは困りますね。私にはあなたたち糞共を殺すという大事な仕事が残っているのですよ」
「まだそんなことを言っているのか。いい加減に諦めろ」
「いえいえ、それが生きがいですの、で!」
男は一瞬で周囲の水を消し去ると雪菜に向かって手を振り下ろした。
雪菜はそれを避けるが、目の前に男の姿はなかった。
「転移はあなた達だけの得意技ではありませんよ」
その声が聞こえて来たのは冬夜の父の後ろからだった。
冬夜の父はすぐさま転移しようとするが、うまく神力を扱うことができなかった。
どうやら男に触れられているのが原因のようだ。
「やっぱりもう1人殺しておきましょう」
なすすべもなく、冬夜の父は体を大きく引き裂かれた。
冬夜の父の視界に雪菜の焦る顔が映る。
「では、また」
男はそう言うと、クーリュイアと共にその場から掻き消えた。
「ルーフェン、しっかりしろ!」
雪菜はすぐに駆けつけ、冬夜の父の名を呼んだたが、冬夜の父はもう目が虚ろになっていた。
そして冬夜の父はかすれた声で言った。
「とう、や、とクー、リュイ、ア、を、たの、む」
その言葉を最後に、冬夜の父は永遠の眠りについた。
雪菜は魂の抜けた人形のような冬夜を連れると、自分の家へと連れ帰った。
最初は食事すらとらず、冬夜は見る見るうちに痩せていった。食事を食べたとしても吐き出してしまうのだ。
そんな冬夜の命を繋ぎとめていたのは神力の力が大きい。一般人であればとうの昔に死んでいた。
レスティーヤと共に看病し続けた。そして言葉を話すようになるまでに一年が経っていた。
「冬夜、これからお前を鍛える。死んだレインスのためにもな」
「ああ、頼む」
「厳しい修行になるが覚悟はあるか」
「ああ、俺はあいつらを絶対に許さない。必ず俺が殺す」
「……そうか。なら強くなれ」
冬夜の瞳には復讐しか宿っていなかった。だが、今はそれでいいと雪菜は思う。そうでなければ今にも死んでしまいそうだったからだ。
「必ず、この手で」
冬夜の拳は血が出るほどに強く握られていた。
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