第29話 本当に自分がしたいこと
今にも雨が降りそうな曇天の空模様。生ぬるい風が冬夜たちの服を揺らす。
公園の遊具は、冬夜が住んでいた10年前と比べて随分と古く色あせていた。だが、景色は変わらず昔のままだ。
初めて会った場所、そして同じ景色の中、冬夜とクーリュイアは3度目の再会を果たしていた。
「……とーやに会いに来た」
「俺はお前に会いたくなんてない。前にも言っただろう。次に会った時はお前を殺すと」
「……私、とーやに会いたかった」
「聞いていなかったのか? 前にも言ったが、俺はお前が殺したいほど憎い」
「……とーや、おこってる?」
「ああ、怒っているな。逆にどうして怒らないと思ったんだ? あれほどのことがあったというのに」
冬夜は強く拳を握りしめ、クーリュイアを睨みつけた。その目だけで人を殺しそうなほどだ。
「……私は、なにもしてない」
「前に一度会った時もそんなことを言っていたが、それを俺が信じると思うか? あの男はお前を追ってきたと言ったんだ。お前はあいつが来ると分かっていて俺の家に来たんだろう」
「……来るかもしれないとは、……思ってた」
「ならお前にはわかっていたはずだ。いずれ俺の家族は殺されると」
「……」
「子供の頃の俺は馬鹿だったよ。知りもしない奴を家に招いて、その挙句裏切られて家族を殺された」
「違う。裏切ってなんかない!」
クーリュイアの表情が歪む。普段は一切表情の変えない彼女も、激高すれば表情も変わるようだ。
その表情から悲しみが伝わってきた。だが、いくら彼女が必死に話そうと冬夜の心までは届かない。
「裏切っただろう? そのせいで俺の両親は死んだ。その事実は変わらない。過去は変わらないんだよ」
「……ごめんなさい」
「……謝るなよ。謝ったって死者が生き返るわけじゃない。それに本当は俺らを殺したかったんだろう? 歪人の破壊衝動は抑えられない」
「……私はあの家が好きだった。……暖かい人たちがいて、とうやがいて。……ずっと一緒にいたかった!」
「ふざけるな!! 全部……全部お前が壊したんだろうが! 俺の大好きだった居場所を! 全部!!」
冬夜の声とその憎しみのこもった表情に、クーリュイアは身をびくりと震わせる。だがそんなことに構わず、冬夜は言葉を続けた。
「俺はな、この10年間お前たちを殺すためだけに力を付けてきた。……今ならお前を殺せる」
冬夜は木を成長させ、クーリュイアを串刺しにしようとする。数秒もたたないうちにクーリュイアは何本もの木に貫かれて死ぬだろう。だが、
「……どうして」
冬夜は悔しそうにつぶやく。木はクーリュイアに当たる寸前のところで停止していた。いや、クーリュイアにあたる寸前のところで冬夜が止めていた。
「……どうして避けないんだよ」
もう少しで両親の仇を討つことができる。それなのに冬夜は攻撃を止めた。理由はクーリュイアが目を瞑って死を受け入れていたためだ。
この10年、冬夜はクーリュイアたちを殺すことを目標に生きてきた。だが、いざ殺そうとするとクーリュイアは無抵抗だったのだ。まるでその死は受けるべき罰であるかのように……。
「……殺さない?」
「どうして避けない。死ぬのが怖くないのか?」
「……怖い。でもそれで冬夜が救われるのなら、……それでいい」
「いい訳がないだろう!」
「……とうやはどうしたい? 私を殺したい?」
「だから、そう言って……」
「じゃあ、どうして私を殺さない?」
クーリュイアに問いかけられて、冬夜は自分の心を閉ざしていた扉にひびが入るような感覚を覚えた。
答えを出せずに冬夜は黙っていると、クーリュイアは言った。
「……とうや、レイスがこの世界を狙ってる」
「レイス? 誰だそれは」
「……とうやのお父さんとお母さんを殺した人」
「なっ!!」
冬夜は今でも鮮明に覚えていた。あのシルクハットに紳士服の男を。不敵に笑いながら両親を殺したあの長身の男のことを。
「……レイスは歪人を集めてる。近いうちにこの世界を壊すつもり」
「……それは本当なのか?」
「……本当。できればとうやにはここから逃げてほしい。……とうやは逃げない?」
「当たり前だ。……俺はこの世界が好きだ。それに大切なものがここにある」
「……ん。わかった」
クーリュイアは微笑んだ。冬夜は幼い頃と同様に、クーリュイアの微笑みから目が離せなかった。
「……ばいばい、とうや」
クーリュイアはそう言って姿を消した。まるで最初からいなかったかのように。だが、目の前に残る歪みが、クーリュイアがここに居たのだと言っているようだ。
するとポツポツと雨が降り始め、1分もすれば大雨へと変わる。
冬夜は雨に打たれながら考えた。クーリュイアのこと。どうして殺せなかったのかということ。そして、レイスという名の親の仇。
「……レイス」
冬夜はその名を自分の胸に刻み込むのだった。
冬夜はしばらくの間その場に立ち尽くした後、クーリュイアの残していった歪みを直して一度家に帰った。クーリュイアの後を追うことも考えたが、今の自分にクーリュイアを殺すことはできそうになかった。
クーリュイアを追えばレイスの元へと行けるかもしれないが、敵の陣地にひとりで特攻するほど冬夜は馬鹿ではなかった。
家に帰ってきた冬夜は風呂へと入る。そして着替えて出てくると、ちょうど雪菜が返ってきたところだった。
「どうした? まだ学校のはずだろう」
「ああ、ちょっとな」
それだけで雪菜は何か察したようだ。事は重大なので冬夜は雪菜に話しておくことにした。
居間へと移動すると、雪菜から缶コーヒーを受け取り座布団の上に座る。
「それで、何があった?」
「昔の家にクーリュイアが来ていた。それで、話をした」
冬夜の言葉に、雪菜は軽く目を見張ると「そうか」と呟いた。
「やはりお前はあの子が憎いか?」
「ああ、憎い。……はずなんだがな。殺せなかったよ。……何故かはまだわからない」
「そうか。……両親が死んだ後のお前は壊れた人形のようだった。そしてようやく話ができるようになっても、お前はいつ死んでもおかしくないほどに危うかった。だから憎しみという生きる指標を見つけたお前をどうこうすることはなかった。
だが、今だからこそ言おう。もう一度自分がをどうしたいのか考えてみろ。取り返しがつかなくなる前にな」
「……ああ」
冬夜は素直に頷いた。雪菜に言われてようやく自分がどうしたいのか分からないことに気が付いた。
「今からでも学校へ行ってこい。待っている友人がいるのだろう」
「その前に重要なことをクーリュイアから聞いた」
「何だ?」
「歪人が集結してこの世界を壊そうとしているらしい。……主犯は俺の両親を殺したレイスというやつのようだ」
「なんだと⁉」
いつも落ち着いている雪菜がいつになく焦っているようだった。
「……あの子が嘘を言う必要性を感じないな。いつ頃だとは言っていなかったか?」
「いや、近いうちにと言っていたが、詳しくは分からない」
「まずいな……。だが、不幸中の幸いに今から会議だ。お前もついてこい」
会議というのは定期的に神が集まり問題の報告とその改善を行う会合だ。
本来神は7名存在する。数多くいる天使の中から最も力の強い者が選ばれるのだ。もちろん神を名乗れる最低ラインの力が決まっており、それを越えない限り神になる資格は得られない。そこからさらに力を競い、そしてようやく神が決められる。
神が7名なのには理由がある。その理由を説明するためには、まず神力の属性について語らなければならない。
神力には属性というものがある。それは冬夜の持つ植物を操る力であったり、雪菜の持つ水を操る力であったり。
その力は7つに分類される。火、水、木、土、風、光、闇の7つだ。神力はこの7つの属性に別れているのだ。
それぞれ、火を操る力、水を操る力、木(植物)を操る力、土(大地)を操る力、風を操る力、光を操る力、闇を操る力で、どの神も天使もこのいずれかに分類される。そして、属性は必ず一人に対して一つしかない。それが神や天使の間の常識だ。
神はこれらの属性から一名ずつ選ばれる。そのため神は7名なのだ。
だが、現在存在する神は6名。冬夜の父は木を司る神だったが、すでに死んでしまっている。未だに木を司る神が空席なのだ。
「今からか? 一応体育祭の途中なんだが」
「ことは一刻を争うかもしれん。今すぐに行くぞ」
冬夜は心の中で和人たちに謝ると、雪菜とともにその場から姿を消した。
「ここは……」
「ここに連れてくるのは初めてだな。ここは神のみが入れる会議室だ」
「そんなところに俺なんかが入っていいのか?」
「問題ない。どうせ誰にばれるわけでもないし、ばれたところで大したことはない」
辺りは見える程度に薄暗く、目の前には漆黒の円卓といすが置かれている。いくらするのか想像がつかないほどに高そうなものだ。だが、冬夜は買ったものとは思えなかった。おそらく神力を使用してつくられたものだろう。
椅子は7つ存在し、既に2つの席は埋まっていた。一人は幼い少女のような人物、もう一人は半透明無色の髪を持つ人物で、疲れたように机に突っ伏している。冬夜達に気が付いた二人が視線を冬夜と雪菜へ移す。
「あっれ~? ゆきなん、その子誰なの? まさか人間なの? 天使なの?」
幼い少女が冬夜と雪菜のもとへと駆けてくる。冬夜のみぞおちほどの身長しかなく、ティリアよりもさらに幼い顔立ちだ。
もう一人はもう興味を失ったのか、何も言わずに再び机に顔を付けた。
「アンウィ、こいつが冬夜だ。ルーフェンの息子のな」
「えっ! 嘘! 本当に? 初めて見た!」
テンションの高いアンウィに、冬夜は戸惑いを隠せなかった。
「あ、ごめん。話に聞いていただけだったから興奮しちゃった。あたし、アンウィっていうの。よろしく、とうやん」
「とうやん? ……ああ、こっちこそ悪かった。冬夜だ、よろしく頼む」
「アンウィは闇を司る神だ。前にも言っただろう。光と闇を司る神は見た目が幼いと」
「ああ、確かにそんなことも言っていたな。じゃあ、ルースと同じで成人しているのか」
「もちろん! あたしは冬夜よりもお姉さんなんだから。でも別に敬語とかいらないからね。あたし堅苦しいの嫌いなの」
アンウィはお姉さんと言ったところで精一杯背伸びをした。だが、背伸びをしたところで冬夜の身長を抜けるわけでもなく、ティリアと同じくらいの身長になっただけだった。
「ねえ、冬夜ってなんで髪の色が黒なの? お父さんのあの綺麗な緑色はどこへいったの?」
「それは俺にもわからないな。俺はほとんど母似だから」
「おかしいな~。神力の関係上、その属性の色が髪に現れるはずなんだけど……」
そう、神力の属性が髪の色に反映されるのだ。
火は燃え盛る炎のような赤。水は澄んだ海のような青。木はエメラルドのような輝く緑。土は世界を構成する大地のような茶色。風は色の染まらない半透明の無色。光は黄金に輝く金色。闇は全てを吸い込む漆黒の黒といったように、個人差は多少あるものの、だいたい色は決まっている。
「それについては私も考えたがさっぱりわからなかった。ただ神力の属性は木ではある。そこは父親譲りだろう」
「ま、ゆきなんが考えてわからないんだったらあたしが考えても無駄だね。あたし頭良くないもん」
「お前はただ考えることを放棄しているだけだ。そんなことだから他の連中から馬鹿にされるんだ」
「いいよ、もう。あたしは永遠の10歳なんだから」
そう言ってアンウィはリスのように頬を膨らませた。思わず冬夜はそのほほを指先でつついてみたくなったが、鋼の精神で抑える。
「そういえば、あそこで突っ伏しているのは……」
「ああ、あいつはウェンドだが、放っておけ。正直おまえよりもやる気がない。私でさえあいつがやる気をみじんでも出したところを見たことがないからな」
「一応神なんだよな」
「なぜか、な。あれでも神候補の中から勝ち上がっている奴だ。実力はある」
アンウィと2、3言葉を交わすと席に戻っていった。
アンウィが席に着くと同時に、また一人転移してくる者がいた。2メートルを越える身長と鍛え抜かれた体を持つ男だ。髪の色は燃え盛る炎のように赤く、常に余裕の笑みを浮かべている。
冬夜はこの男を知っていた。
「ヴァン、久しぶりだな」
「おお! 冬夜じゃねーか。元気にしていたか」
「ああ、そっちこそいつも通りで何よりだ。ヴァンに修行を付けてもらってからもうずいぶん経つな」
冬夜は小さいころにヴァンに修行を付けてもらっていた。おもに格闘術を学ぶためだ。
雪菜も格闘はできるものの、そこまで得意というわけではなかった。そのため、神の中でも最も格闘の強いヴァンが冬夜の指南役になったのだ。
「あれから鈍ってないだろうな。なんならこの後1戦交えるか?」
「相変わらず戦闘脳だな。悪いが、遠慮しておく」
「そうか、残念だ。最近は骨があるやつがいなさすぎる」
物騒なことを言っているが、ヴァンは見た目に反してとても面倒見が良い。悩み事にも相談に乗ってくれる、冬夜にとって父のような存在なのだ。
ヴァンと世間話をしていると、光を司る神、ルースが転移してくる。
「あれ、冬夜くん。どうしてこんなところに? 神になる決心がついたのかい?」
「いや、俺は神には慣れないだろう。ただ、雪菜さんに連れられてな」
「また雪菜か。冬夜くんも大変だね。雪菜はいつも強引だろう?」
「確かにな。もう少し俺の言うことも聞いてほしいものだ」
そう言って冬夜はため息を吐いた。すると、ヴェンがとんでもないことを言い出す。
「なら、雪菜に勝負でも挑んでみたらどうだ? 勝ったら自由にさせてもらえ」
「ヴェンだって雪菜さんの強さを知っているだろ? 勝てるはずがない」
「分からないぞ? 案外勝てるかもしれん。まあ、俺には無理だが……」
ヴェンはあっさりと負けを認めた。おそらく過去に戦いを挑んだことがあるのだろう。ヴェンにさえ勝てない冬夜は、雪菜に勝てるはずがなかった。たとえ属性の相性があったとしてもだ。
もう間もなく会議が始まるということで、雪菜が席に着くように指示した。冬夜は雪菜に言われて雪菜の隣の椅子に腰を下ろす。
すると、最後の一人が転移してきた。レスティーヤを越える豊満な胸を持つおっとりとした女性だ。
「私が最後ですか~。すみませんね~」
間延びした話し方をする女性で、髪の色から察するに最後の土を司る神だろう。
「いや、今始めるところだ。オーリア、席についてくれ」
「はい~。おや? そこのあなたはどちらさんで~?」
「それについても今から説明する。……それでは会議を始めよう」
冬夜は神が揃うところを一度も見たことがない。そのため、久しぶりに緊張しているようで手にわずかに汗をかいていた。
雪菜の合図で今、会議が始まる。
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