日常と再会
異世界編-1
第2話 ちょっと、異世界に行ってきます。
翌日。
今日は土曜日なので学校はない。朝から惰眠をむさぼっていた冬夜は、昼前になってようやく目を覚ます。
朝食兼昼食を食べる前に、庭へと向かうと、日課である植物の育成に精を入れる。普段何事にも力を出さない冬夜にしては珍しく、植物に対してだけは全力を注いでいる。
「花子~。今日も元気そうだな。俺はうれしいぞ~」
花子と呼ばれた一際目立つカーネーションの花は、冬夜を出迎えるように風もないのにゆらりゆらりと左右に振れる。冬夜の姿を見て喜んでいるかのようだ。
カーネーションだけでなく植物園のように多種多様の植物を育てている冬夜は、一日に必ず少なくとも1時間は植物の世話の時間にかけている。冬夜にとってこの庭の植物は家族同然といっても過言ではないのだ。
また、冬夜は植物一つ一つに名前を付けている。カーネーションの花子もそのひとつ。特に普通とはサイズ、風格がずば抜けて段違いの花子は冬夜のお気に入りの一つだ。そんな花子を見る冬夜の顔はだらけきっており、誰が見ても気持ち悪いという評価が下されるだろう。
「うしっ! 今日もみんな元気だな」
全ての植物の観察が終え、冬夜の声に返事をするように全ての植物が風もないのに左右に揺れる。そんな一種のホラー現象が起きているにもかかわらず、冬夜はその様子を見て大きく頷いた。
日課を終えた冬夜はご飯を食べると、早速二度寝しようと部屋に戻ろうとする。
「おい冬夜、ちょっと待て」
冬夜を引き留める声が一つ。もちろん引き止める声の主はただ一人……雪菜だ。
「なんだ? 雪菜さん。要件は手短に頼む。俺は二度寝したいんだ」
「そうか、だが、その願いは叶わないな。今からお前には仕事に行ってもらう」
「そりゃないぞ、昨日行ってきたばかりだろ。今日は二度寝するって決めたんだ」
「しかたがないだろう? また発生したんだ。それをどうにかするのが私らの役目だ」
「そりゃそうだろうが……」
「とにかく行ってもらうぞ。場所はあのバカみたいに長い名前のとこだ。アルフィリトとかいう国がある。……ああ、そうだ」
要件は言い終えたと、かかとを翻す雪菜は、ふと何かを思い出したかのように振り返る。
「今回の仕事には、あいつも連れて行け。……確か、和人とかいったか」
「はぁ⁉ なんであいつを⁉ あいつは一応一般人だぞ!」
「お前には誰かお目付け役を付けた方がはかどりそうだからだ。他に手がすいている者はいないし、事情を知っている者で手がすいているのはあいつくらいだからな」
「マジかよ……」
「まあ、そんなわけだ。後は頼んだぞ。和人にはこれを渡してくれ」
雪菜に手渡されたのは折りたたまれた一枚の紙だった。
「そこに和人がすべきことが書かれている。後はそれを見ればいいだろう。ではな」
言いたいことを言い終えたようで、雪菜は早々に居間から立ち去った。残された冬夜は、暫く一人たたずむのだった。
「それで俺の所まで来たのか」
場所は変わって和人の部屋。あの後、サボろうかとも考えたが、どう考えてもサボってもいい状況にあるとは思えず、なおかつ、和人を連れていかなかったらいかなかったで、相当厳しい罰が待っていると冬夜の十数年の勘が言っていたため、おとなしく雪菜の言う通りにすることにしたのだった。
和人が家にいない可能性も考え、その方が言い訳もできるし良いのでは考えたが、幸か不幸か、和人は家でのんびりと休日を過ごしており、先ほどの出来事を説明した。
「というわけで、ついてきてくれ。正直、俺にはその道しか残されていないんだ」
と、薄ら笑みを浮かべて言う冬夜に和人は、
「お前面白がってるだろ。それにこれ、完全に俺の拒否権ないよな。雪菜さん、俺が断ることなんて一切、みじんも、これっぽっちも考えてないよな」
そう言って和人は雪菜の手紙を冬夜に突きつける。そこには一言そのバカが寝ないように見張ってろと書かれていた。
「まあ、そうだな。俺としては雪菜さんの理不尽さを知る仲間が増えてうれしいがな」
「あほか、こんなことに巻き込みやがって。……俺、断ったらどうなんのかな」
「分からんが、ただでは済まないだろうな。雪菜さんは相手に痛みを与えるのはうまいからな」
「こええよ! そんなん聞かされて断れるかってんだ!」
ぶるぶると震える和人。よく見ると鳥肌が立っているのが分かる。
「それで、今から行くのか? 何かいるものはあるか?」
「いや、特には必要ない。一応俺の家に行くか。突然ここで消えるのはまずいだろ」
二人は一階に下りると、リビングで掃除をする和人の母を見つけた。
「母さん、ちょっと冬夜の家に出かけてくるわ。夕方には帰ってくるから」
「そう。気を付けて行ってらっしゃい。冬夜くんもまたね」
「ああ」
二人は和人の母に一声かけると、和人の家を出た。
途中コンビニで買い食いをしつつ冬夜の家に着くと、冬夜の部屋へと向かった。雪菜は出かけているようで、人の気配はなかった。
「それでは、まあ、さっさと行って帰ってくるか」
「ああ、あまり遅くなるのは困るからな。家族が心配する」
「家族……な」
冬夜は家族と聞き、どこかさみしそうな顔をする。だが、和人には見られなかったようだ。
「よし、行くぞ」
和人の肩に手を置くと、冬夜は目を瞑り集中する。
「うぉあ! ビビった!」
突如二人の視界が切り替わる。先ほどまで冬夜の部屋が目に映っていたが、突如森の中へと切り替わる。気温も、先ほどは春の陽射しが射し、暖かかったが、太陽が木の葉に遮られ肌寒い。それに薄暗くて気味が悪かった。
「おいっ! 冬夜! すげえな! ここはどこなんだ?」
興奮した様子で和人は尋ねると、
「ここは、確か迷いの森って呼ばれる場所だな。この近くに大きな街があるからまずはそこに行くぞ」
「ってことは、もう異世界に来たってことだよな! 2度目だが、やっぱ慣れねーな! すげえよ」
はしゃぐ親友の姿に、冬夜は思わず笑みを浮かべた。
「和人、行くぞ。おいてかれると多分出られないから気をつけろよ」
「待て! おいていくな! 速すぎる! もっとゆっくり頼む!」
さっさと慣れた動きで進む冬夜に対し、木の根が浮き出ているため、あまり速く歩けない和人に、思わずため息を吐いた。これで街までたどり着けるのだろうかと。
「仕方ないな。和人、もう一回跳ぶぞ。今度は森の入り口に跳ぶ」
「なんで最初っから入り口に跳ばなかったんだ?」
「念には念を入れてだな。この森には人が立ち入らないから誰かに見られる心配もない。だが、入り口だと人に見られる可能性がないともいえないからな」
冬夜の答えに和人は頷いた。納得のいく回答だったようだ。
「それじゃあ、跳ぶぞ」
二人の姿が森の中から掻き消える。次の瞬間、視界一面草原が広がっていた。
優しい風が二人を包み込む。日の光もあってとても心地よく感じる。
「おお、すげえ! 街中じゃあこんなの見れないぞ!」
「で、あれが俺らが今から向かう、王都アルフィリトだ」
視線を右へと移せば、門らしきものが見える。壁が街を侵入を拒むかのように囲っていた。
「ついでだし、俺の知り合いも紹介しよう。じゃあ、あそこまで歩くぞ」
「マジかよ! これ結構距離あるぞ!」
「さすがにこれ以上近づくのは無理だな。平原で見られる可能性が高い。それに馬車も通るからな」
「馬か! 車とか、自転車とかは普及していないのか?」
「ああ、この世界の化学はほとんど進歩していない。だが、魔法というものが進歩しているぞ」
「魔法⁉ 魔法があるのか⁉ ……すげえな。前に来たときはそんなもん見るどころじゃなかったからな」
「そうだな、お前はかなり大変だったと俺も思う」
和人に同情する冬夜。
「ふと思ったんだが、直接街に転移しないのか? 人のいない所とか」
「いつもなら直接街にある知り合いの家に跳ぶんだがな。街を見て回るならその手は使えない」
「どうしてだ? そっちの方が楽なんだからそうすればいいだろ?」
「街に入るには必ず門を通る必要がある。なのに突然街中を歩いていたら不自然だろ? まあ、要するにつじつま合わせだ」
「ちょっと自意識過剰すぎなんじゃないか?」
普通であれば、歩いている人を気にすることなどないだろう。だが、冬夜は違った。
「俺はあの街の兵士には顔を覚えられているからな。そういうわけにもいかん」
「何か悪い事でもしたのか?」
「まあ、ちょっとな……」
和人が不審そうな目を冬夜に向けるが、冬夜は顔を背けた。
和人はきょろきょろとあたりを見渡し、てんで飽きる様子はない。そんな和人が面白く、冬夜はくすりと笑いながら連れてきて良かったかもしれないと思うのだった。
「冬夜、なんだあれ」
暫く進むと、白い毛玉が冬夜たちの視界に映る。
「たぶんホーンラビットだな」
「なんだ、そのホーンラビットって。ウサギの新種か?」
「まあ、新種といえば新種だな」
「うぉ! 何だあれ、あのウサギ、角が生えてるぞ」
毛玉が振り返った姿を見て和人は驚きの声をあげた。
ウサギのような姿だが、普通のウサギとは異なり額に立派な一本角が生えていた。加えて、その目つきは鋭い。
「あっ」
「なん、だ⁉」
ホーンラビットは、二人を視界に入れるや否や、突如角をこちらに向けて突進してくる。が、もう少しで和人にあたるというところで冬夜がその角を掴み止める。
「危なかったな。もう少しで串刺しだったぞ」
和人は目にわずかに涙をため、腰をその場につけた。
「……死ぬかと思ったぞ! 異世界って怖いな」
「そうか? 雪菜さんよりも何万倍も可愛いじゃないか」
「……お前、それ雪菜さんが聞いたら殺されるんじゃないか?」
「言うなよ、絶対」
「言わねーよ。俺も怖いし」
ちょっとしたハプニングがあったものの、二人は街に向けて再び歩き始める。先ほど捕まえたホーンラビットは、冬夜が息の根を止め、手に持っている。
「でっけー! 冬夜! やべーぞ! めちゃくちゃでかい!」
ようやく門の前までたどり着いた和人は門を見上げながらそう言った。
その門の大きさは圧巻の一言。どっしりとした石門は、どんな攻撃でも防いでしまいそうだ。大人が十人いても到底動かせそうにない。
門の両サイドには普段、人や馬車が通る、出入り口があり、両方とも馬車が余裕を持ってすれ違う程度の広さがある。左側は長蛇の列ができているが、右側は人も馬車も並んでいないようだ。
「そんなにはしゃいでないで中に入るぞ。ちょっとぐらい観光してもいいから」
「マジか! 冬夜最高! 愛してるぅう!」
「キモイ」
「ひでぇ! でもいいや、さっさと行くぜ!」
和人は馬車や人が並ぶ列へと移動する。
「おい、そっちじゃないぞ」
「えっ」
「俺らはこっちだ」
そう言って冬夜は人の並んでいない、右側の入り口へと向かっていく。前方からは、兵士がゆっくりと近づいてきた。ごつい鎧をつけ、胸元と、剣にはアルフィリト王国の象徴である不死鳥の姿が刻まれている。十中八九この国の兵士だろう。間者でない限りはだが。
「おい、こっちは貴族専用の入り口だ。一般人はあちらの列に並んでもらおうか」
冬夜達をその鋭い目つきで睨みつけながら、兵士は言った。
「すいません、冬夜行くぞ」
和人は初めて見る剣と、兵士の強面に気後れしたようで一歩下がった。そして、冬夜の服の裾を引っ張り列に並ぼうと促す。
「おい、ちょっと待て」
突如、兵士は顔色を悪くする。
「……なんでしょう」
和人も兵士のように顔色を悪くすると、冬夜の背に隠れた。
「今、トーヤと言ったな。それはトーヤ様のことか?」
「えっ、トーヤ様? 誰のことですか? 冬夜ならこいつですが」
二人とも疑問を浮かべているようで、首を傾げる。
「トーヤああああああ!」
そこへ、門の方から男が叫びながら、ものすごい速さで走ってくるのが三人の視界に入った。
ほかの兵士と同じ格好はしているものの、胸元と剣に掘られている不死鳥が黄金に輝いている。右の頬のクマにでも引っ掻かれたような跡が、男の厳つさを際立てていた。
「よお、おっさん。久しぶりだな」
「久しぶりも久しぶりだろうが、トーヤ。半年も会ってねーぞ!」
おっさんと呼ばれても気にした様子もなく冬夜と笑い合う。
冬夜がおっさんと呼んだ男は、この国でも五本の指に入るとも言われている強者で、昔は王族の護衛騎士を務めていたこともある人物だ。現在は、護衛騎士を辞めて、守衛の隊長を務めている。
そんな男と仲良く話をする冬夜を見つめながら兵士は言った。
「た、た、隊長! トーヤといえば、やはりこの御方は、一年前に起きた魔物の大量発生、スタンピードが起きた時に、街中が絶望に包まれた中、たった一人で数万もの魔物を一人で殲滅した、あの英雄のトーヤ様ですか!!」
「おまえ、なにやってんのおおおおおおお⁉」
和人の叫び声に、一斉に視線が集まる。だが、和人は気にする様子もなく冬夜に掴み掛り、
「冬夜! お前何やってんの!」
「いや、なんか邪魔だったからさ……」
「邪魔だったから数万も殺んのか⁉ もう少しお前はまともだと思ってたんだぞ!」
「だって、あいつら俺の行く道を遮ったんだぞ?」
「お前はどこぞの覇王か!」
興奮する和人をどうにか抑える。
和人が落ち着くまで数分の時間がかかった。
「それで、そいつは誰なんだ? トーヤのダチか?」
「ああ、こいつは和人、俺の親友だ。久しぶりに街に寄ったからついでに紹介しようと思ってな。和人、このおっさんはライオスだ」
「こんにちは。冬夜の親友やってます。和人です。さっきは取り乱してしまいすみません。よろしくお願いします」
がちがちになりながら和人はお辞儀をする。それを見てライオスは、豪快に笑った。
「おい、トーヤと比べもんにならないくらい礼儀正しいじゃねーか! トーヤなんて初対面の俺に対して、おい、おっさん。だったぞ」
冬夜は和人からの視線から逃れるように明後日の方向を見た。
「それで、トーヤ。またスタンピードが起きたとかいうんじゃないよな」
「そう何度も起こったら困るだろ。今回は私用と観光だ。中に入ってもいいか?」
「ああ! トーヤならいつでも大歓迎だ。いつでも来てくれ」
「ああ、またな」
二人が門の中に入っていくのを眺めながら、兵士は口を開く。
「隊長、トーヤ様って、あんなに若いのにスタンピードを一人で抑えたんですか?」
兵士がそう思うのも無理はないだろう。冬夜はこの国から見てもまだ子供の部類に入る。
そんな人物が国を救ったなどと誰が信じるだろうか。
「あれは本物だ。俺はしっかりこの両目で見たからな。あれは一種の化け物だとも言える」
それを聞いた兵士は体を震わせた。この国でも強者のライオスが化け物と表現したためだろう。
しかし、とライオスは言葉を続けた。
「それと同時にあいつがいい奴だっていうのも知っている。あいつは痛みを知っている奴だ。だから全く怖くなんてねえな」
そう言ってライオスは、にかっと笑った。
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