第15話 裏七不思議だそうです。
「お兄様。お昼ご飯をご一緒してもよろしいですか?」
「ああ。いいぞ」
ここは春の暖かな陽射しが射す学校の屋上。
冬夜、和人、桜、ティリアの四人はベンチに座りながら昼食をとり始めた。
「しかしな~、冬夜の言っていた娘さんが、こんなにもかわいらしい娘だとは思わなかったな」
「クラスの男子の叫び声がうるさかったな」
「そうだね~。私としてはティリアちゃんみたいに小さな子がなぜこの学校にはいれたのか不思議だよ。私の不思議探知がピンピンに反応しているね」
3人は昼食を食べながらティリアを見つめる。そのかわいらしい容姿に、神ヶ原高校の紺色の制服がよく似合っている。綺麗な金髪は頭の右辺りで一つに束ねられていた。
「それで、どうしてティリアちゃんはこの学校に来たんだ? 言ってはなんだが、この学校は古いし設備もそろっていない。ちょっと遠くはなるが、四ノ宮高校に行くっていう手もあったんじゃないのか?」
「……」
「ティリアちゃん?」
「その汚い口で私の名前を呼ばないでください。穢れます」
「……」
ティリアの物言いに、和人は言葉を失ってしまった。ティリアの冷めた目つきが、容赦なく和人の心に突き刺さる。一部の物からはご褒美となるのだろうが、和人にそのような性癖はないため、ダイレクトにダメージを受けたようだ。
このまま放っておくというのも一つの手ではあるのだが、冬夜は助け舟を出すことにした。
「ティリア、一応そこの毬栗は俺の親友なんだ。無理に会話をしろとは言わないが、せめて質問には答えてやってくれ。俺も何でティリアがうちの高校に来たのか気になっていたんだ」
「はい、お兄様。私がこの学校へ来たのは、お兄様がいるからです」
「……それ以外には?」
言葉の続きを待っていたのだが、それ以上話をしないティリアに和人は尋ねた。
「ありません。お兄様がいるからです」
「そ、そうか。それで、その、お兄様っていうのはなんなんだ? まさか、冬夜が無理矢理呼ばせて――」
「なわけあるか。ティリアが呼びたいって言ったから許可しただけだ。断じて俺が呼ばせているわけじゃない」
「次、私が質問したい! ティリアちゃんは見た目小学校高学年なんだけど、実年齢は何歳なの?」
桜は手を挙げながらティリアに質問すると、ティリアは嫌悪を隠そうともせずに言った。
「女性に年齢を尋ねるのは失礼にあたるのが分からないんですか? 死にますか? あと、背が低いのは気にしているんです。死んでください」
「うっ、ごめん。ティリアちゃんの背が低いことに私の不思議探知が働いたから」
「訳が分かりません。お兄様、この人はなんなんですか」
「この世の不思議を探し解明する少女。それが春野桜、らしい」
「らしいというのはどういう?」
「本人がそう名乗っているからな」
「ますます訳が分かりません。…でもひとつだけ分かりました。あなたは敵ですね」
「なんで⁉」
ティリアの敵宣言に桜が悲鳴を上げた。
神や歪み、異世界のことを知られるのは何よりも避けねばならないことなのに、それを解明しようとする桜はティリアにとって敵だということなのだろう。
しかし、桜としてはなぜティリアから敵扱いされたのかわからず、冬夜に助けを求めるような目を向けた。
「ティリア、桜も悪い奴じゃないんだ。仲良くしてくれ」
「はい、お兄様」
冬夜はティリアに注意すると、素直にティリアは冬夜の言うことに従った。
あれから日曜日に一度、ティリアにだけ会っているのだが、まるで親鳥について回る雛鳥のようだった。
冬夜にとってそれは悪い気は全くしないが、同時にひとり立ちできるのかと少々心配している。
「お兄様。いつもそのような食事をしているのですか?」
「ああ、そうだが」
いつものように冬夜と和人はコンビニで買ってきたパンを食べていた。日によって弁当になったりもするのだが、パンを食べることの方が多い。
その栄養バランスを一切考えられていない昼食を見て、ティリアは自分の弁当を見つめると少し頬を赤らめながら、
「それでは、私の弁当のおかずをどうぞ」
と言ってティリアは肉団子を冬夜の口元に寄せた。
「いや、別に……」
「それでは栄養が足りていません。どうぞ」
断ってもなお近づけてくるティリアに、冬夜は根負けしてその肉団子にぱくりと食いついた。
「おいしいですか」
「ああ、うまいぞ」
「えへへ」
うまいと伝えると、幸せそうに微笑んだティリアを見て冬夜は思わず頭をなでてしまった。髪はさらさらとしており触り心地がよい。いつまでも撫でていたくなるような髪だ。
冬夜がティリアの髪に触れた瞬間、ティリアは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに幸せそうに笑った。
「ティリアちゃん、冬夜とは小さいころからの知り合いなの?」
「いいえ、先日お会いしたばかりです」
「そうなの? 何で冬夜にだけそんなになついているのかな」
「それは私の自慢のお兄様だからです」
「それじゃあ答えになってないよ。……ティリアちゃん、友達少ないでしょ」
突然桜がティリアを見る目が変わる。心の奥底を見通すような眼だ。ティリアはその目に見つめられて体を竦めた。
「っ! …います。友達くらい」
「その様子だといないのか。冬夜とは最近会ったばかりだって言ったよね」
「……はい」
「なるほどね。最初は冬夜のこと大っ嫌いだったでしょ」
「なっ!! そんなこと…」
「これも合っていると…。冬夜に何かされた? それとも自分が勘違いをしていたって気が付いた?」
「えっ!!! なんで…」
桜はまるでその場で見ていたかのように、その場の出来事を見通すように、言い当てた。そんな桜に恐怖を感じたのか、ティリアは身を震わせた。
「後者か。それじゃあ、――」
「ストップだ、桜。悪い癖が出ているぞ」
冬夜が桜の頭を軽くチョップして止めると、桜はいつものような笑みを浮かべた。
「ごめんね~。ついつい何があったのか知りたくなっちゃって」
「……」
ティリアは桜に対して警戒してしまったようだ。そんなティリアを見て、桜は少し悲しそうな顔をする。
だが、今回のことは桜の自業自得だろう。冬夜は特に擁護することもなかった。だが先ほど冬夜が、桜も悪い奴ではない、と言ったのが効いているのか、暫くするとティリアと桜の会話は自然と生まれていた。
4人で会話をしていると、あっという間に昼休みは終わった。
その後の授業も、いつものように枕に突っ伏して眠りについた。いつもの光景に、教師ですら話しかけようとしない。未だに声をかけるのは大和ぐらいだろう。
放課後になると、ティリアは真っ先に冬夜のもとへと向かった。もちろん、珍しい転校生に興味津々の生徒たちを置いてだ。
「お兄様。一緒に帰りませんか?」
「ん、ああいいが、もう教室の位置は覚えたか?」
「いえ、まだ全部は行っていないので……」
「なら、案内しようと思うんだが」
「はいっ、ぜひお願いします」
冬夜から誘われたことがうれしかったのか、ティリアはうれしそうに笑った。
「じゃあ、行くか」
冬夜の後に続くのはティリア、加えて和人に桜。いつものメンバーだった。
「昼間も言った通り、この学校は古い。体育館なんて床が腐って抜けたぐらいだ」
和人はティリアに校舎を案内しながら説明する。説明しているのが和人で、ティリアは不満そうだ。
冬夜が案内してもいいのだが、面倒だと言う気持ちが強いため、和人がするのであればいいかと、冬夜は思っている。
「まあ、校舎の案内と言っても大して説明するところなんてないけどな。狭いし」
「そう言うな和人。この学校にだっていい所があるだろ。あと、狭いのはいいだろ」
「そうだよ毬栗。この学校には不思議が溢れているんだから短所なんてないに等しいんだよ」
「桜、おまえはいい加減不思議から離れろよ」
呆れたように冬夜は言った。
「この学校に不思議? があるんですか」
「あれ、ティリアちゃん興味ある? 昼間はなぜか敵宣言されちゃったから不思議が嫌いなのかと思ったよ」
「不思議ってあれだろ。学校の七不思議ってやつだろ」
そう和人は言うが、桜は首を振った。
「そうじゃないよ。噂されてる学校の七不思議なんて嘘ばっか。そんなんじゃなくて、私独自に調べた不思議。……そうだね、ちょうど七つあるから裏七不思議なんて呼ぼうかな」
そう言って桜は怪しい笑みを浮かべた。和人は少し興味を示したが、対して、冬夜は全く興味がなかった。ティリアは興味がないような顔をしているが、少し気になっているようでどこかそわそわしている。
「まず一つ目にここ。音楽室だよ」
吹奏楽部の生徒は雨の日以外は外で練習しているため、音楽室には誰もいなかった。
「なんだ、七不思議の一つがあるところじゃねーか」
「和人、そもそも七不思議を俺は知らないんだが、ここには何があるんだ?」
「定番の勝手に鳴るピアノだな。噂ではコンクール間近に死んだ女性との霊が夜な夜なピアノの練習をしているらしい」
そう言って和人は教室の中に入って行くとピアノの鍵盤を叩いた。誰もいない静かな教室にピアノの音が響き渡る。特に何の変哲もないピアノのようだ。
「裏七不思議はそれじゃないよ。それはただの普通のピアノ。夜な夜なピアノの音が鳴るのは、宿直の先生が懐かしく思って弾いているから」
「って、お前、忍び込んだのかよ」
和人は呆れたように言った。対して桜は当然のように、
「当たり前でしょ。真実を知るためには実際に見るのが一番なんだから」
確かにそうかもしれない。だが、真実を知ってしまったがために起こり得ることもあるというものだ。その危険性を察した冬夜は、目を鋭くする。
「それで、裏七不思議の一つ目はなんなんだ」
和人が桜に尋ねる。
「一つ目はこっち。ここの楽器が置いてある部屋のこのロッカーの中にあるものだよ」
そう言って桜はロッカーに近づき、他3人もそれにつられるように近づいた。
そして桜がロッカーを開けると、中から出てきたのは古びたギターだった。
「夜に来るとね、これは必ずこのロッカーからなくなるんだよ。見張っていても必ず消えるんだ。教師が持ち出した形跡もない。本当に不思議なんだよ!」
目をキラキラと輝かせながら桜は言った。和人は呆れたように見ているが、冬夜とティリアの反応は違った。
「お兄様。あれ」
「ああ、そうだな」
二人はそのギターを見たときに確信した。
「なあ、次の裏七不思議に行こう。どうせこいつは夜にしか動かないんだろ」
「えっ、うん。じゃあ次に行こうか。次のは大丈夫だよ。昼夜関係ないから」
冬夜はそう言って、和人と桜が部屋を出たのを確認してからそのギターに話しかける。
「なあ、お前、付喪神だろ」
小声で尋ねると、ギターに突如手足が生えたと思いきや、老父の声で話し始めた。
「ホッホッホッ、わしが分かるとは。おぬしらも妖怪の類かの?」
「いや、俺らは人間だ。まあ、ちょっと特殊な力を持っているが。それで、返答は?」
「うむ、いかにも。わしは人間が言うところの付喪神というものじゃな。長い年月がたち、モノに魂が宿ったのじゃ」
「やっぱりか、時々いるんだよな、こういう存在が。悪いな起こしてしまって」
「なに、構わんよ。それよりもあの少女のこと注意してやってはくれんか。あの子は勘が鋭いあまり、危険なことに首を突っ込みすぎておる」
「それは俺も思った。まさか、お前らみたいな存在まで見つけているとは思わなかった。注意しておくとしよう」
「うむ、ではな。わしは夜まで眠るとしよう」
そういうと、ギターから手足はなくなり、普通の古びたギターに戻った。
「予想以上に桜が危ういな。さて、どうやって止めるか」
「もういっそのこと教えてしまってはどうでしょう。その方が危険が少ないと思いますが」
「あいつにこっちの世界のことが知られたら暴走しかねん。ばらさない方向でどうにかならないか」
冬夜は眉間にしわを寄せながら考えるが、なかなかいい案が思いつかない。
そうしているうちに、なかなか来ないことに気が付いた桜たちが呼びに来た。
「どうしたの。次行くよ」
「ああ、分かってる」
冬夜たちは桜の後を追った。
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