第3話 いろんな耳がありました。
「おおっ、すっげえ!」
「さっきからそればかりだな、お前は」
「だって、ケモミミだぞ! ケモミミ! この素晴らしさがお前には分からんのか!」
道行く人の中には頭からウサギの耳や、クマの耳、犬の耳など、様々な耳を生やした、所謂、獣人という種族がいた。
それを見た和人はテンションが上がったようだ。和人曰く、物語にしか出てこない獣人に感激したらしい。
「少しでいいから誰か耳を触らせてくれねーかな!」
「やめとけ、獣人は本当に親しい人にしか耳を触らせない。勝手に触ろうものならぶっ飛ばされるぞ」
「まじかよ、目の前に理想郷があるっていうのに……。何とかならないか?」
「んー、無理だな。お前は電車の中で、立っている女の子の尻を触れるか?」
「できるわけねーだろ! 犯罪じゃねーか!」
「獣人の耳を触るっていうのは、それと同義っていうことだ」
「マジか……」
和人は、その場に膝から崩れ落ちる。和人にとって、ケモミミを触るというのは、一つの夢だったようだ。その夢が断たれた今、何を希望に生きて行けば良いのか分からなくなったらしい。
冬夜としては何をそんなにくだらないことをと思うが、和人の様子を見て何か方法はないかと考えた。
そして一つだけ思いつく。
「あっ、一つだけ方法があるぞ」
「なにっ! なんだ! 何でもする! 教えてくれ!」
和人は勢いよく飛び上がった。真っ暗だった世界に一筋の光が差したかのように、希望をその瞳に宿している。
「確か昔、是非、男に耳を触って欲しいっていうやつがいたな」
「紹介してくれ! 今すぐに!」
和人は、今にも飛びかかりそうな勢いで言った。
「ここだ」
二人は十分程歩き、とある木造の家にたどり着く。家には、剣をクロスさせたマークが付いていた。
扉を開けるとベルが鳴り、中には、様々な形の剣が丁寧に置かれている。
「いらっしゃいませ!」
元気のいい、可愛らしい声とともに、ネコの耳を持つ、くりっとした目の少女が出てきた。
「うおっしゃああああああ!」
急に和人は拳を高々と突き上げ、叫んだ。少女はビクっと震え、若干目を潤ませている。
「突然叫んでどうした」
「どうしたもこうしたもあるか! めっちゃ可愛いじゃないか! この子の耳を触ってもいいのか! いいよな! いいんだよな!」
そう言いながら、和人は両手をわしゃわしゃと動かし、少女へゆっくりと近づく。 顔がだいぶ大変なことになっているのだが、本人は全く気がついていない。
和人に恐怖した少女は、耳をたたみ、両手で覆い隠す。少女の顔は赤く染まり、ブルブルとカウンターの向こうで震えている。
なお近づく和人の襟元を冬夜は掴んで止めた。
「待て、早とちりするな。……なあ、店長呼んできてもらってもいいか?」
冬夜の問いかけに、少女はコクリと頷いて、奥へと戻っていった。
「はぁーい、あら? トーヤちゃんじゃないの。久しぶりね」
少女と入れ替わりに出てきたのは、クマのような耳をした、胸板の厚い――
「男じゃねーか!」
「あら、失礼ね。私は体が男でも、中身は女なのよ」
「お前、性別は特に指定しなかっただろ。こいつは、男に触られたいって言っていたからな。触り放題だ」
冬夜の言葉はもはや和人には届かず。砂のように崩れ落ちていくのだった。
その後、和人が再起動したのは、店を出て30分ほど経ってからだった。
「じゃあ、次はここだな」
「ここはなんなんだ?」
「ここか? お前も小説で読んだことがあるだろ。ギルドだ」
明らかに普通の家とは比べ物にならないほどでかい建物が目の前に建っている。扉は、どんな人物でも入れるように、かなり大きく作られており、両開きのようだ。
だが、それよりもやはり目が行くところは、
「なんか、いっぱい直したような跡があるんだが」
「ああ、ここはよく壊れるからな」
冬夜の言っている言葉がわかっていないようで、首を捻りつつもドアに手をかけた。
「和人、待て」
「なんだ、ああああああああ⁉︎」
冬夜が和人の腕を引き寄せた瞬間、なにかが、扉を突き破って飛んできた。振り向くと、その何かの正体はどうやら人のようだ。まるでごみのように倒れているが、誰も気にかけようとはしなかった。
「あら、トーヤ様ではありませんか! お久しぶりです!」
冬夜に声をかけたのは、見た目が冬夜と変わらないくらいの年齢の少女だった。
エメラルドグリーンの綺麗な髪を肩より少し下まで伸ばしており、瞳も髪と同じ色で、宝石のようだ。そして、何より特徴的なのがその長く尖った耳だ。
「もしかして、エルフ⁉︎」
固まっていた和人が動き出した。
「はい、そうですが。あなたは?」
「俺の親友の和人だ。変な奴だが、悪い奴じゃない」
「変な奴とはなんだ! はじめまして、和人です」
「そうでしたか。私はカンナと申します。よろしくお願いします」
綺麗な所作で礼をするカンナに、和人は釣られるように礼を返した。
「それにしても、どうしたんだ? カンナ。またドアの修繕をしなければならないだろう?」
「なんてことはありません。どこぞの国から来た下級貴族が、私を妾にしてやるから来いって襲ってきたので、撃退しただけです」
カンナはゴミムシを見る目で外に放り出されている男を見る。
少し可哀想に思う冬夜だったが、気にしないことにした。
「それで、今日はどうされたんですか?」
ころっと表情を切り替え、カンナは冬夜に微笑みかける。
「和人の紹介と、これを買い取ってもらおうと思ってな」
冬夜は先程狩ってきたホーンラビットを渡す。
「わかりました。……それにしても、血が全く出ていないのですが、一体どうやって仕留めたんです?」
くすりと笑うカンナに、和人は胸を抑える。
そして和人はキリッと表情を引き締めると、
「カンナさん、付き合ってください!」
盛大に告白をした。
周りの冒険者たちの視線が和人に向く。
しかしそれは友好的な視線ではなく、明らかに敵意ある視線だ。
冬夜は突然のことに空いた口が塞がらならなかった。
そして、カンナは聖母のように微笑みながら言った。
「お断りします」
和人はこの世の終わりのような顔をしながら如何してなのかと尋ねると、
「好みではありませんので」
どうやら和人のイケメンがお気に召さなかったようだ。
「冬夜様、こちらのホーンラビットは、状態が良いですが血抜きされていないようですので銀貨3枚ですね」
何事もなかったかのように会話を続けるカンナに冬夜は少し戸惑いつつ、銀貨を受け取ると、立ち尽くす和人を連れて外に出る。
だが、ショックから立ち直るのにまたもや時間を要するのだった。
「次は腹ごしらえでもするぞ」
「異世界ではなにが主食なんだ? 米はあるのか?」
「ああ、この辺りは米が主食だな」
「マジか。小説なんかじゃ、パンが主食なんだがな」
「まあ、環境の問題だな。ここら辺では米の方が育ちやすいんだ。それに、地球の米と特性がちょっと違う」
「どう違うんだ?」
「ここの米は、昼夜暖かくて、雨が多い所でよく育つ。でも、地球じゃ昼夜の気温差が激しい方がうまい米ができるだろ」
「悪い、俺米作ったことねえから分かんねえや」
「まあ、地球の米と、この世界……ええと、なんだったかな。……ああ、アルペラルスフォリントラクスフィルティリトの米じゃ、ちょっと違うっていうことだけ覚えてりゃいいよ」
「……なんだって? 悪いが、この世界の名前をもう一度言ってくれるか?」
「ああ、アルペラルスフォリントラクスフィルティリトな。この世界の名前長いよな。なんでこんな名前を付けたんだか……」
「いやいや、長すぎるだろ! 俺、覚えられる気がしないわ」
「テストに出るわけでもないから覚えなくていいぞ。ただ、この世界の人は誰でも知ってるあたりまえな知識だがな。5歳の子でも知ってるぞ」
「そんなこと言われたら覚えるしかないじゃん……」
繰り返し口に出して覚える和人を見て、まるで、テスト前に必死で覚え込む学生のようだと冬夜は思うのだった。
「おおっ! すっげー良い匂いがするな!」
どうやら屋台の多い区画へと入ったらしく、肉を焼く香ばしい匂いや、何か甘い匂いが二人の鼻を擽る。
「冬夜! 漢は黙ってあれ食うぞ!」
見れば、漫画に出てくるような骨つきの肉が、ジュージューと音を立てていた。
札に視線を向ければ、銀貨8枚と書かれていた。
「アホウ、さっき金に換えた銀貨3枚しかないんだぞ。あんなもん買えるか」
「ちなみに銀貨1枚って、日本円でいうといくらなんだ?」
「そうだな、千円ってところだな」
「あの殺人ウサギ一羽、三千円なのかよ。命の危機にさらされたのに、安い気がするんだが」
「そういうもんだ。……あと、なんだ? その殺人ウサギって。一気にウサギの可愛さがなくなった気がするぞ」
「だってそうだろ。俺、殺されかけたんだぜ? あのウサギに」
「それ、向こうの世界で言ってみろ。お前、最弱になれるぞ。ウサギにも負ける柔道家。やべえな」
ツボに入った冬夜は腹を抱えて笑いだす。
「おいっ! 舐めんなよ! 俺だって殺人ウサギの一羽や二羽――」
「勝てるのか?」
あの時の恐怖が振り返したようで、和人は真顔で、
「無理だな」
言い切った。
「じゃあ、ウサギにも負ける和人。串焼きでも買いに行こうな」
「バカヤロウ、殺人をつけろ、殺人を。俺がただのウサギに負けたみたいじゃないか」
和人はブツブツと文句を言いながら冬夜の後を追った。
「うっめー! なんだこれ、うっめー! マジでうまいな。なんの肉なんだ?」
「これが、お前のいうところの殺人ウサギだな」
「これがかよ! もう俺、負けでいいよ。負けたわ。こいつのうまさに。完敗だ」
そう言って和人は串焼きにかぶりつく。
冬夜もかぶりつけば、噛めば噛むほど旨味が滲み出てきた。炭火で焼いているところもうまさの一つなのだろう。
「食ったことだし、次行くぞ」
「次はどこなんだ? うまい物でも食いに行くのか?」
「お前、まだ食うのか? 結構串焼きのボリュームあったと思うんだがな」
「まだまだ食えるに決まってるだろ? 運動部なめるなよ」
「まあ、食えるかと言ったら食えるかもしれないな。それもかなり高級なものが」
「マジか! それは楽しみだな。どっかの食事処なのか?」
「それはついてからのお楽しみだ」
冬夜そう言うとくすりと笑った。
その笑みを見て和人はわずかに疑問を浮かべた様子だったが、食べ物のことが頭にいっぱいのようで、よだれを垂らしていた。
「ここだ」
「おい、冬夜。ここって、どう考えても……」
目の前にそびえたつは、重厚な鉄の門。そのすぐそばに立っているのは屈強そうな兵士が、目を光らせている。その目は、まるでネズミ一匹門の中に入れないと物語っているようだ。あまりの威圧感に、和人は後ずさりをする。
「城じゃねーか!」
「そうだな。想像通りのリアクションをありがとう」
「まさか王様に会うわけじゃないよな? 王城にいる兵士の誰かっていうオチだよな」
「いや、その王様に会いに行くぞ。たぶん何か食わせてもらえるだろ。ほら、和人の紹介もできるし一石二鳥だな」
「今日でお前の印象がガラッと変わったぞ。もっとお前はだらだらとした、インドア派な奴だと思っていた」
「合ってるだろ。俺はあまり働きたくないと思っているからな。インドア派と言うのも間違ってないぞ」
「じゃあ、なんでこんなに人脈が多いんだよ! しかもすげえ人物ばっか!」
「さあな、自分のしたいことをしていたら知り合っただけだ」
「……本当に、お前は覇王っぽいな。我が道を行くって感じがするわ」
「そうか? 誰だってしたいことするだろ。じゃあ、行くか」
門へと近づくと、案の定、兵士が行く道を遮る。
「ここは、王城だ。一般人は……と、トーヤ様! これは失礼しました。どうぞお通りください」
どうやら、この兵士は冬夜の顔を知っていたようで、あっさりと通ることができた。兵士にいたわりの声をかけると、二人は門の中へと入って行く。
「やっぱり、お前すごい奴だな。俺も様付とかした方がいいか?」
「やめろ、気持ち悪い。俺だって、様付されるのは居心地が悪いんだ」
「そうなのか? 平然としているから、喜んでいるのかと思った」
冬夜は顔を顰めて、
「んなわけあるか。俺だって止めるように言ったんだぞ? だが、この国の英雄を呼び捨てするなんてとんでもない。って言ってやめないんだ」
「スタンピードとやらを一人で潰した冬夜の自業自得だな。まあ、いいんじゃねえの? それでこの街が救われたのなら」
「……まあな。それじゃあ、英雄の親友である和人には、これから国王様に挨拶をしてもらおうか」
「……やっぱりやめようぜ。飯もいらねえわ」
「駄目だな。俺が行くと決めたんだ。お前も付き合え」
そう言って、歩く速度を上げる冬夜。その顔はものすごくにこやかだ。
「お前、本当に雪菜さんに似てきてるな」
和人は冬夜に聞こえるか聞こえないか、ぐらいの声でぽつりとつぶやいた。
「何か言ったか~?」
「いや、なんでもない。待て! 俺を置いていくな」
二人は笑い合いながら王城の中へと入っていった。
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