第26話 月見で一杯

 数十分後、冬夜たちは公園へとたどり着く。今日も心地よい風が冬夜たちの肌をなでつけた。視線を登ってきた道へと向ければ、遠くに田んぼや畑が広がっており、ところどころに家が建っていた。

 この景色は冬夜のお気に入りだ。自然と共に過ごしているような感覚がとても好きなのだ。

 隣に視線を向ければ、クーリュイアが心地よさそうに目を細めていた。


「今日は何して遊ぶ?」

「どうしようか……」


 結衣の問いかけに冬夜は考えていると、クーリュイアがぽつりと呟いた。


「……かくれんぼ」

「クーリュイアちゃん、かくれんぼがいいの?」


 冬夜の質問にクーリュイアは頷いて返事をする。


「それじゃあ、じゃんけんをして負けた人がおにね」


 結衣は拳を出しながら言った。


「……じゃんけん?」

「じゃんけん知らない? えっとね、グー、チョキ、パーのどれかを出すんだけどグーはチョキに強くて、チョキはパーに強くて、パーはグーに強いの」


 結衣は拳をグー、チョキ、パーと変えながら、クーリュイアに説明する。するとクーリュイアは一度で理解したようで、頷いて返事をした。


「ジャンケンポンで出してね。それじゃあいくよ。ジャンケン、ポン!」


 冬夜はグーで、結衣とクーリュイアはパーだった。


「ぼくの負けだね。ゆっくり30数えるからその間に隠れて」


 冬夜は目を瞑ってゆっくりと数え始める。

 二人が駆けていく音が聞こえた。

 冬夜は30数え終わると、二人を探しに遊具を見て回った。


「どこかな〜」


 口ではそんなことを言いつつ、冬夜はすでに一人見つけていた。

 明らかに誰かが潜む気配を感じるのだ。

 冬夜はニコリと笑みを浮かべると、その誰かが隠れている遊具へとこっそり近づく。


「ゆいちゃん、見っけ!」

「あ〜、見つかっちゃったか」


 結衣は残念そうな顔をしながら遊具の下から出てくる。


「やっぱりとうやくんは見つけるのが上手いね。すぐに見つかちゃって面白くないよ」

「ごめんね、でもぼくの勝ちだよ」

「まだだよ、まだクーリュイアちゃんが残ってるもん」

「わかってるよ。すぐに見つけるから」


 冬夜は再び探し始める。しかし、先日とは打って変わってクーリュイアを見つけることはできなかった。


「おかしいな、クーリュイアちゃんが見つからない」

「もしかして初めてとうやくんに勝てるかも」


 嬉しそうな結衣とは正反対に、冬夜は悔しそうな顔をしている。

 気配を察知するのが得意だと自負している冬夜にとって、見つけられないのは歯をくいしばるほどに悔しいことだった。

 いくら探してもクーリュイアを見つけることができない。その事実が、冬夜の父との約束を破らせた。

 冬夜は神力を使って感覚を強化する。すると、手に取るように丘にあるものを捉えることができた。


「見つけた」


 走ってそこへ向かうと、そこには驚いたように目を軽く見開いたクーリュイアが体育座りで座っていた。


「クーリュイアちゃん、みーつけた!」

「……どうして?」

「えっ?」


 クーリュイアの質問の意味がわからず、冬夜は疑問を浮かべた。

 しかし、クーリュイアは再度冬夜に問いかける。


「……どうしてわたしを見つけられたの?」


 正直に神力を使ったというわけにもいかず、冬夜は誤魔化すことにした。


「ぼくは見つけるのが得意なんだ。だからどこにいたってクーリュイアちゃんを探し出してみせるよ!」


 すると、クーリュイアは少し目を見開いて驚いた後、初めて口元に小さな笑みを見せた。


「……そう」


 たった一言だったが、冬夜はクーリュイアのその天使のような笑みと声が頭から離れなかった。

 だが、同時にその儚げな様子のあまり、どこか遠くに行ってしまいそうな、冬夜はそんな気がしてならなかった。

 その後、3人で夕方日が暮れるまで遊んだ。クーリュイアが微笑んだのはたった一度きりだったが、冬夜はその笑顔が見れただけで満足だった。


「じゃあまたね、ゆいちゃん」

「うん、また。とうやくん、クーリュイアちゃん」


 しかし結衣は別れようとせず、ジー、とクーリュイアを見つめていた。

 そして何かを思いついたような顔をすると、にこやかに、


「またね、とうやくん、くーちゃん!」


 と言ってスキップで去っていった。

 残された二人は言葉も出ずに突っ立っていたが、先にクーリュイアが口を開いた。


「……わからない」

「えっ、何がわからないの?」

「……わたしは、クーリュイア」

「ああ、そういうことか。ゆいちゃんはね、クーリュイアっていうよりも、くーちゃんって呼んだ方が、親しみが持てるから略したんだと思うよ」

「……略す?」

「そう。お互いに略して呼びあったら友達っていうか、親しい感じがしない?」

「……わからない」


 クーリュイアはそう呟くと、独り歩き始めた。

 冬夜はクーリュイアの隣に立つと、その横顔を覗き込む。いつもと変わらない感情のない表情だ。だが、どこか悩んでいるように冬夜は感じた。


 冬夜たちが家に帰る頃には晩御飯の準備ができていた。


「今日は唐揚げにしたわ。みんないっぱい食べてね」


 冬夜の母はそう言いながら皿いっぱいに盛られた唐揚げを食卓に置いた。

 それを見て冬夜は真っ先に飛びついたが、母に手を洗ってくるように言われ、誰よりも先に洗面へと駆け込んだ。

 そして居間へと戻ってくると、頬張るように唐揚げを食べるのだった。


「もう、お腹いっぱい」


 冬夜はお腹をさすりながら言った。冬夜の母はそれを見て嬉しそうに笑う。


「今日も楽しかったみたいね。ゆっくりと休みなさい」

「うん!」


 冬夜の母はそう言いながら冬夜の頭を優しく撫でた。

 冬夜は嬉しそうにしていると、正面に座るクーリュイアの視線に気がついた。

 そして、数瞬して冬夜の母もそれに気がつく


「あら? どうしたの? クーリュイアちゃんも撫でて欲しい?」


 しかし、クーリュイアはそれに対して首を振ると、椅子の上に体育座りをして顔を埋めた。


「たくさん遊んで疲れたんだろう。先に風呂に入れたらどうだ? 冬夜は俺が入れよう」


 冬夜の父の提案に冬夜の母は「そうね」と頷くと、クーリュイアとともに風呂へと向かった。


「さて、冬夜。俺に何か言うことはあるか?」

「えっ?」


 突然の父の問いかけに冬夜は戸惑った。なんのことを言っているのかさっぱり分からなかったからだ。


「冬夜、今日お前は俺との約束を破っただろう?」


 そう言われてようやく冬夜は思い出した。無闇矢鱈と神力を使わない。神力で人を傷つけない。その2つが冬夜の父との絶対に守らなければならない約束だったのだ。

 しかし、冬夜は今日クーリュイアを見つけるためだけに神力を使ってしまった。


「……ごめんなさい」


 冬夜は父の視線に耐えかねて涙を流しながら謝った。

 すると、冬夜の父は冬夜の頭に手を置いた。

 それだけで冬夜は体を震わせる。


「いいか、冬夜。神力は危険なものだ。人だって簡単に殺めることができてしまう。自分の大切な人を傷つけたくはないだろう? だから自らを戒めることを忘れるな。絶対にだ」

「……はい」


 冬夜は父の目を見ながらしっかりと返事をした。

 返事をするときはしっかりと相手を見てしなければならないと、昔から父に言われているからだ。

 すると、冬夜の父は満足そうに頷いた。


「それでいい。だが、冬夜。一つだけ覚えておけ」

「何?」

「後悔だけはするな。後悔すると思ったら全力を尽くせ」


 冬夜はその言葉をしっかりと胸に刻み込んだ。尊敬する父の言葉だ。必ず何かしらの意味があるのだろう。

 それから十分ほどで冬夜の母とクーリュイアは風呂から出てきた。

 クーリュイアは顔を真っ赤にしながらふらふらしていた。


「さあ、次は俺たちが入るぞ」


 父に連れられ、冬夜は風呂へと入った。いつものように洗い合うと、丁度いい温度の湯に浸かる。

 あまりの心地よさに2人は思わず声を漏らした。


「なあ、冬夜。クーリュイアはどんな子だ?」

「クーリュイアちゃん? え、えっとね。可愛い子、かな」


 冬夜は恥ずかしそうに言った。冬夜の父はその様子を見て思わず吹き出した。


「そ、そうか! 可愛い子か」

「笑わないでよ。 お父さん酷い!」

「ああ、悪かった。今のは俺が悪い。他に気がついたことはないか?」

「他に気がついたこと? うーん……、あっ、何か考え込んでるみたいだった」

「考え込んでいる?」

「うん。なんのことで悩んでいるのかわからないけど、時々何か考え込んでいる時があるよ」

「そうか……。クーリュイアの両親はいないんだな?」

「うん。クーリュイアちゃんはいないって言ってた。どっかにお出かけでもしているのかな」

「……そうだな。そうかもしれないな」


 冬夜の父は困った顔でそう言った。なぜ父がそんな顔をするのか、冬夜には分からなかった。

 だが、冬夜はそれとよく似た表情をつい最近見たことがあった。

 クーリュイアの両親はいないというのを冬夜の母が聞いた時だ。

 冬夜はその表情の意味を考えていると、もう一つ父から質問を受けた。


「最後に一つ聞きたいんだが、冬夜。お前、あの子と初めて会った時に何かされなかったか?」


 そう聞かれて冬夜はびくりと体を震わせた。何かをされなかったか。そう問われて思い出したのは、クーリュイアに殺されかけたことだった。

 それを正直に言えばクーリュイアの立場が悪くなるのは火を見るよりも明らかだ。だが、信頼できる両親になら言ってもいいのではないかとも思う。

 そして、冬夜がとった行動は、


「何もなかったよ」


 隠すことだった。


「……そうか。ならいい」


冬夜の父はそれ以上何も言わなかった。だが、その後も何かを考えているようだった。

 長風呂になってしまったので、冬夜は少しふらふらしながら風呂を出た。

 その後、冬夜はぐっすりと眠ることができた。

 昼間遊んで体が疲れていたのだろう。布団に入って数分で眠った。

 また明日も、その次も、その次も、ずっと楽しい日が来ると信じて。






「ふぅ」


 冬夜の父は月を見ながら1人、酒を飲んでいた。月見酒というやつだ。秋ではないが、春の酒も悪くはない。


「ふぅ」


 また一口くちに運んでは一息つく。月を見てはいるものの、心はそこになかった。ずっと考えているのはクーリュイアのことだ。

 別に冬夜の父はクーリュイアに恋をしたというわけではない。冬夜の父は冬夜の母一筋なのだ。それに年の離れた少女を好むという趣味も持ち合わせてはいない。

 では、なぜそれほどまでにあの少女のことを考えているのか。単純に冬夜の父はクーリュイアを疑っているのだ。彼女が歪人ではないのかと。

 現れたタイミング、この辺りで見たこともないその容姿、両親がいないという過去。そして冬夜の父は気配を感じ取れたが、異常なほどの影の薄さ。どれをとっても怪しいとしか言いようがない。

 加えて、冬夜の父は今日見てしまった。

 クーリュイアが怪しいと思った冬夜の父は、冬夜たちに見つからないように後をつけていたのだ。冬夜は気配を感じとることにずば抜けていたため、気づかれないようにするのは苦労した。

 そして、クーリュイアが隠れる時に明らかに人外の力が働いていたのだ。冬夜の父ですら見失いそうになるほどだった。

 冬夜の父ですら知らない謎の力を持つ少女だ。これだけでも十分怪しい。

 そして極め付けは、冬夜が隠している出来事。

 もう既に冬夜の父は、クーリュイアが歪人だと断定していた。先日この世界にやってきたのはクーリュイアだと。

 だが、冬夜の父にクーリュイアをどうこうする気は一切なかった。

 理由は2つ。シンプルなことだ。

 1つ目は冬夜の母を信じるということ。

 冬夜の母の勘は異常な程によく当たる。それも予言並みにだ。だがそれだけではない。


(惚れた女が言っていることを信じなくてどうする)


 そして2つ目は冬夜を信じるということ。

 冬夜が惚れた子だ。


(自分の息子を信じてやらなくては親を名乗れない)


 そう考えた冬夜の父は、この平和な日常を満喫することにしたのだ。


「はぁ」


 冬夜の父は一気に酒を飲み干すと、その場に寝っ転がった。

 いい夢が見られると確信しながら。



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