第35話 湧き上がる感情

翌朝、クーリュイアは昼前に眼が覚めた。

布団は暖かく、今まで野宿をしていたクーリュイアにとっては革命的なものだった。

そのおかげでぐっすりと眠ることができた。

ゆっくりと体を起こすと、冬夜たちの気配がするところへと移動する。

目をこすりながら居間へ姿を見せると、冬夜が何かを口に入れたまま固まっていた。

なぜ冬夜が固まっているのかわからなかったが、ゆっくりと冬夜に近づく。


「……クーリュイア」

「……えっ?」


クーリュイアは自分の名前を言ったのだが、冬夜は理解できなかったようだ。

確かにいきなり自分の名前を名乗っても相手は理解できないだろう。

言葉が苦手なクーリュイアが言葉を略した結果がこれだった。

そこで相手にも分かるように言い直す。


「……わたしの名前、……クーリュイア」

「クーリュイア……」


冬夜は繰り返し呟き、やがてニッコリと笑った。


「ぼくの名前はとうやだよ。よろしくね、クーリュイアちゃん」

「……とーや。知ってる」


冬夜の笑みにつられるようにクーリュイアも口元を引き上げるが、大して変わらなかった。


「さあ、二人とも。ご飯を食べたら外にでも行って遊んできなさい。今日はこんなにも天気がいいのだから」


クーリュイアは冬夜の母に言われて食事を摂った。

いつも一人で食べる時よりもずっと美味しいと感じる。

数十分かけて食べ終わって少しした頃、家の扉が開く音がした。

誰かが入ってきたようだ。思わずクーリュイアは身を固める。


「だだいま、遅くなってすまなかった」


入ってきたのは見た目20代後半の男だった。

冬夜がその男に飛びつく。

男は冬夜を優しく抱きしめながらも、視線はクーリュイアに向けられていた。どうやら警戒されているようだ。


「冬夜、元気そうで何よりだ。それで、そこにいる少女は誰なんだ?」

「この子はね! クーリュイアちゃんっていうんだ」

「そうか、冬夜のお友達か? 俺は冬夜の父だ。よろしく」


クーリュイアは冬夜の父に笑いかけられたが、そのエメラルドのような眼が未だに警戒しているようだった。

もしかすると歪人だと疑われているのかもしれない。これ以上ここにいるのはまずいだろう。

冬夜の父に対してクーリュイアはうなずいて返事をする。


「さて、二人とも、ご飯を食べたんだし、公園に行って遊んできなさい。もちろん、結衣ちゃんを誘ってね」

「分かった! クーリュイアちゃん、行こう!」

「その前にクーリュイアちゃんは着替えましょうね」


 真っ白のワンピースを着せられたクーリュイアは冬夜に手を引かれ、外へと出た。心地よい太陽の光がクーリュイアたちを迎える。


クーリュイアと冬夜は砂利道を歩いていた。

昨晩歩いたのもこの道だったのをクーリュイアは覚えていた。

クーリュイアは道を歩きながら考えた。もうこの心地よい時間は終わりだと。

レイスが来るかもしれない、そして冬夜の父に疑われているかもしれない状況で、これ以上一緒にいることはできなかった。

隙を見て逃げ出す算段をする。


「ねぇ、クーリュイアちゃん。クーリュイアちゃんは何して遊びたい?」

「……遊び? なに」

「遊びを知らないの? かくれんぼだったり、おにごっこだったり、いろいろあるよ」

「……かくれんぼ?」

「かくれんぼ知らない? 一人おにを決めて、それ以外の人たちは隠れるんだ。そしておにはみんなを見つけられればおにの勝ち。逆に、おにが全員見つけられなければ隠れた人の勝ちっていう遊びなんだ」

「……そう」


そのかくれんぼというのでクーリュイアは全力で気配を消すことにした。

そうすれば冬夜でさえもう見つけることはできないだろう。


「ほかにもいろいろあるよ。おにごっこはね……」


冬夜の話を聞けば聞くほど、クーリュイアは冬夜と離れたくなくなった。もっと一緒にいたい、手をつないでほしい。

そんなことを考えては、冬夜の死んだ姿を想像して離れなければいけないと思った。それが最善だからと自分に言い聞かせて。


しばらく歩くと冬夜はとある家の前で足を止めた。

そしてボタンを押すと、ピンポーンと音が鳴った。


「……は~い。あら、冬夜くんじゃない。おはよう。 あら? 見かけない顔の子ね」


すると、結衣に似た女性が出てきた。


「おはようございます。ぼくの友達なんです、それよりゆいちゃんのお母さん。ゆいちゃんはいますか?」

「ええ、いるわよ。ちょっと待っててね」


 どうやら女性は結衣の母だったようだ。

少し待つと、結衣の母と入れ替わり結衣が出てきた。


「おはよう、とうやくん。それに昨日の女の子だね」

「クーリュイアちゃんっていうんだ。昨日ほごしゃが迎えに来なかったから今はうちにいるんだ」

「そうなの? ひどいね、あなたを置いていくなんて。昨日も言ったけど、わたしの名前はゆいだよ。よろしくね、クーリュイアちゃん」


 そう言って結衣はクーリュイアに手を差し出す。だが、クーリュイアは意味が分からず、小首をかしげた。


「握手知らない? こうやってするんだよ」


 結衣はクーリュイアの手を取る。

握手というのは手と手を握ることのようだ。

クーリュイアはその意味は分からなかったが、不思議な感覚だった。


「じゃあ、遊びに行こうか」


クーリュイアは自分の手を見つめていると、冬夜に手を引かれた。

結衣に手を握られた時と、冬夜に手を握られた時では感覚が異なることにクーリュイアは気がついた。


数十分後、クーリュイアのいた小さな家がたくさんあるところに着いた。

冬夜がいうには、これは遊具というらしい。子供が遊ぶためのもののようだ。

この遊具のある丘の上は風が心地よく、思わずクーリュイアは目を細めた。


「今日は何して遊ぶ?」

「どうしようか……」


二人が悩んでいるようだったので、クーリュイアは考えていたことを実行することにした。これで二人ともお別れだ。


「……かくれんぼ」

「クーリュイアちゃん、かくれんぼがいいの?」


冬夜の問いかけにクーリュイアは頷く。


「それじゃあ、じゃんけんをして負けた人がおにね」


 結衣は拳を出しながら言った。


「……じゃんけん?」

「じゃんけん知らない? えっとね、グー、チョキ、パーのどれかを出すんだけどグーはチョキに強くて、チョキはパーに強くて、パーはグーに強いの」


 結衣は拳をグー、チョキ、パーと変えながら、クーリュイアに説明する。

クーリュイアは一度で理解し、頷いて返事をした。


「ジャンケンポンで出してね。それじゃあいくよ。ジャンケン、ポン!」


 冬夜はグーで、結衣とクーリュイアはパーだった。


「ぼくの負けだね。ゆっくり30数えるからその間に隠れて」


 冬夜は目を瞑ってゆっくりと数え始める。

クーリュイアは心の中で謝りつつ、遊具の1つに隠れると全力で気配を消した。これでクーリュイアを見つけられる人間はいない。

それがたとえレイスであってもだ。

時間制限はあるものの、非常に強力な力なのだ。

しばらくして、冬夜が近づいてきたときもあったが、予想通りクーリュイアを見つけることはできなかった。

これでいい。そうクーリュイアは自分に言い聞かせて顔を膝に埋めた。

これでいつもの生活に戻っただけ。そう思っていたのだが、なぜかクーリュイアは悲しいという感情が込み上がってきた。

もう一度あの暖かい家に戻りたい。冬夜や冬夜の母と話がしたい。もっと一緒にいたい。


……わたしを見つけてほしい!!


そう思った瞬間、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。


「クーリュイアちゃん、みーつけた!」

「……どうして?」

「えっ?」


クーリュイアはまだ能力を使用していた。それも全力でだ。これはレイスでさえ見つけることのできなかった強力な力。

それなのに冬夜の視線はクーリュイアの目を捉えている。


「……どうしてわたしを見つけられたの?」

「ぼくは見つけるのが得意なんだ。だからどこにいたってクーリュイアちゃんを探し出してみせるよ!」


その答えにクーリュイアは思わず微笑んだ。

冬夜の言葉に安心感を覚えたのだ。クーリュイアは心の中で冬夜に感謝していた。


見つけてくれてありがとう。


冬夜になら、自分でさえ見失った本当の自分を見つけてくれる、そんな気がした。


その後、クーリュイアたちは日が暮れるまで遊んだ。

冬夜との夢を見た時のような感情をクーリュイアは感じていた。

それがなんという感情なのかはクーリュイアはまだ分からなかったが。


「じゃあまたね、ゆいちゃん」

「うん、また。とうやくん、クーリュイアちゃん」


 しかし結衣は別れようとせず、ジー、とクーリュイアを見つめていた。

 そして何かを思いついたような顔をすると、にこやかに、


「またね、とうやくん、くーちゃん!」


 と言ってスキップで去っていった。

 残された二人は言葉も出ずに突っ立っていたが、先にクーリュイアが口を開いた。


「……わからない」

「えっ、何がわからないの?」

「……わたしは、クーリュイア」

「ああ、そういうことか。ゆいちゃんはね、クーリュイアっていうよりも、くーちゃんって呼んだ方が、親しみが持てるから略したんだと思うよ」

「……略す?」

「そう。お互いに略して呼びあったら友達っていうか、親しい感じがしない?」

「……わからない」


 クーリュイアはそう呟くと、独り歩き始めた。

冬夜の言っていることは理解できなかったが、略した方が親しみが持てるのなら冬夜にもそう呼んでほしいとクーリュイアは思った。

だが、なかなか言い出せずにとうとう家に着いてしまった。


家に入ると、晩御飯が待っていた。クーリュイアはどれも見たことがなかったが、匂いからして美味しそうだった。


「もう、お腹いっぱい」


 冬夜はお腹をさすりながら言った。冬夜の母はそれを見て嬉しそうに笑う。


「今日も楽しかったみたいね。ゆっくりと休みなさい」

「うん!」


 冬夜の母はそう言いながら冬夜の頭を優しく撫でた。

 クーリュイアはそれを見つめながら、自分もしてほしいと思ったが、どう言った感情なのか分からないが、それが邪魔をして言い出せなかった。


「あら? どうしたの? クーリュイアちゃんも撫でて欲しい?」


 しかし、クーリュイアはそれに対して首を振ると、椅子の上に体育座りをして顔を埋めた。

少しだけ顔が熱くなったような気がした。


「たくさん遊んで疲れたんだろう。先に風呂に入れたらどうだ? 冬夜は俺が入れよう」


 冬夜の父の提案に冬夜の母は「そうね」と頷くと、クーリュイアは冬夜の母と風呂へ向かった。

風呂は気持ちが良いものだったが、やはりクーリュイアはすぐに逆上せてしまっため、強制退場となった。

この日もいい夢が見れそうだとクーリュイアは思い、すぐに布団の中で眠りについた。

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