第17話 喋る植物はお嫌いですか?
それからしばらくして桜、そしてその後に和人と冬夜たちは別れた。
冬夜はそもそも部活などには入っていないし、桜も部活には入っていない。和人は柔道部に所属しているものの、現在は体育館の床に穴が開き休み。ティリアは今日学校に通いだしたばかりでどこの部活にも所属していない。
そのため、必然的に4人は放課後から暇ということになる。
では、冬夜は帰って一体何をするのか。
それはもちろん……
「寝るな」
「寝るんですか?」
冬夜とティリアは一緒に帰っていた。
冬夜はなぜティリアが一緒についてくるのか疑問に思ったが、ティリアは世界間の転移も苦手と聞いていたため、ルースが迎えに来ているのだろうと予測した。
先の問いかけはティリアがふと疑問に思ったことだ。あれほど父、ルースから過大な評価を得ている冬夜が普段何をしているのか気になったらしい。
しかし冬夜の答えはティリアにとって意外だったようだ。
冬夜があの時学校の校庭で見せた神力は、驚くほど綺麗なものだ。文字通り流れるように神力を使いこなしていた。事実、冬夜も神力の扱いと気配をとらえることに限っては自信がある。しかし、あの神にも等しい、いや、神すら超越したあの力は一朝一夕で見に着くほど簡単なものではない。
さらに、ティリアは未だ冬夜の力の一部しかまだ知らない。神や天使が使う身体強化は本来の力の付属品にすぎない。本来の力は神や天使がそれぞれ固有に持っている。たとえば、ルースやティリアの使った光を操る能力、冬夜の使った植物を操る能力。これらが固有の能力だ。
その力は絶大といっても過言ではない。神の領域ともなれば天変地異すら起こせるのだ。
「ティリア、おい、大丈夫か?」
突然動かなくなってしまったティリアに、冬夜は困惑する。
「……はいっ、大丈夫です。すみません」
「本当に大丈夫か? 熱でもあるのか?」
そう言いながら冬夜はティリアの額に手を置く。突然の行為にティリアは顔を赤く染めた。
「……ちょっと熱いか? いや、まあ大丈夫な程度か。気分が悪くなったらちゃんと言うんだぞ」
冬夜がティリアから手を離すと、ティリアは残念そうに「あっ」と声を漏らした。
「もうすぐ家だ。歩けるか?」
「はいっ、大丈夫です」
二人は十分ほど歩くと、冬夜の家が見えてきた。冬夜の身長の倍ほどの高さの壁で囲まれた大きな古い平屋の家だ。庭には、桜の木が植えられており、4月の終わりには満開の花見ができるのだが、現在はもう散ってしまっている。
門を通り中に入ると、中には人の気配が二つあった。
いつもなら一つしかないはずなのだが、来客かと考えているとその二つが近づいてくる。
「冬夜、今帰ったか。おかえり」
「やあ、冬夜くん。こないだぶりだね」
そこには十数年ほぼ毎日顔を合わせる雪菜の姿と、こないだ会ったばかりのルースの姿があった。
「ただいま、雪菜さん。ルースは何しに来たんだ、ってティリアを迎えに来たのか」
「なんのことだい? 僕はただティリアの様子を見に来ただけだよ」
何やら話が食い違っているらしく、二人は頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
「ティリア、まだ冬夜くんには伝えてなかったのかい?」
「……すみません。まだ伝えてません」
そう言ってティリアは俯く。その目には大きな不安を宿しているようだった。
だが、ティリアは決意したように顔を上げると、冬夜の目をしっかりと見て言った。
「わたし、今日からここに住むことになりました。お兄様、雪菜様、どうかよろしくお願いします」
そう言ってティリアは綺麗にお辞儀をした。それに対して冬夜は、
「はぁっ⁉」
とティリアが同じ学校に転校してきた時のように叫ぶことしかできなかった。
あれから4人は居間へと移動し、ルースとティリアから詳しい話を聞いた。
どうやら、最初の目的は冬夜から神力の使い方を教えてもらい、何かティリアが変わるきっかけになればいいとルースは考えていたのだが、ティリアが本格的に神力の使い方を学びたいと言い出した。
しかし、いつまでも毎週土日に冬夜がティリアのもとへ教えに来るのは申し訳ないというのと効率が悪いと思い、どうにかならないかとルースは考えたところ、一つの案を閃いたようだ。
場面は変わってルースの家。ルースとティリアはテーブル越しに向かい合っていた。
「ねえティリア、僕はティリアの本心を聞いて、こうしてやる気を出してくれて本当にうれしいんだ。今まで引きこもりがちだったから」
「はい、そのことに関しては本当に申し訳ございません。お父様もずいぶん私のことを心配してくださったのに」
「そんなことはいいんだよ。ティリアが元気になって本当に良かった。でも、もう一つだけティリアに頑張ってほしいことがあるんだ」
「なんですか?」
「それは友人関係だよ。ティリア、天使だけの学校で一人も友達がいなかったでしょ」
「……」
ティリアは黙ってうつむいた。
そう、ティリアは力がうまく使えないこともあって、天使たちが通う天使のための学校ではうまくなじめなかった。そのため、途中から学校には行かなくなってしまっていたのだ。
「友人というのは大切だよ。時に助けてもらうことだってある。僕だって同じ神の連中には助けてもらってばかりだよ。助けることだってあるんだけどね」
「……分かりません。私はお父様やお兄様がいればそれで」
「冬夜くんのことを信頼しているんだね」
「うぅ……」
ティリアは顔を熟れたリンゴのように赤く染める。誤解も解け、ティリアにとって冬夜は本当に尊敬する人物となったようだ。
しかし、それだけではだめだと思ったルースはティリアに一つ提案した。
「でもね、友人はいた方がいい。自分が困った時に助けてもらって、相手が困った時には助けてあげる。そんな友人がティリアには必要だ。だからティリア。人間の学校に通う気はないかい?」
「人間の?」
「そう。冬夜くんと同じ学校に行けるように僕が手配しよう。冬夜くんと一緒ならティリアも安心だろう?」
ティリアはルースの言ったことをよく考えると、やがてルースをしっかりとみて頷いた。
「分かりました。お兄様と一緒なら頑張ります」
「じゃあ、そうしようか。ついでに雪菜にティリアも一緒に住んでもいいか聞いてみよう」
「えっ! それってもしかしてお兄様と一緒に住むってことですか?」
「そうだよ。そうすれば冬夜くんに迎えに来てもらわなくてもいいし、平日にも冬夜くんに教えてもらえるだろうからね」
毎日冬夜に会えると聞いて、ティリアはそれはうれしそうに笑った。その笑顔を見るだけでルースは寿命が延びる思いだった。
「なるほどな、確かにそういうことであればうちに来た方が効率もいいし、学校にも通えて一石二鳥というわけだ」
場面は変わって、居間で座布団の上に座る四人。
冬夜と雪菜の二人は正座をして、ルースとティリアは足を崩している。
木で作られた、年輪が際立つ机の上には、缶コーヒーが4つ置かれている。しかし、ティリアは飲めない味だったようで、最初の一口以外飲んでいない。
冬夜はルースとティリアから話を聞き、どうしてティリアが学校に来たのかようやく理解した。
どうして自分にそこまで懐いてくれたのかは分からなかったが、悪い気は全くしなかった。実際に妹がいればこんな感じなのだろうか。
「だが、ティリア。なんで俺の家に住むっていうことを黙っていたんだ?」
「すみません」
純粋に疑問だったので冬夜は尋ねると、ティリアは俯きながら少し泣きそうな小さな声で言った。
「ああ、別に責めているわけじゃないんだ。ただ、どうしてかなって思ってな」
「……もしお兄様に反対されたらどうしようって思って言い出せませんでした」
「いや、そういう理由があるのだったら俺は反対しないさ。これからよろしくな、ティリア」
冬夜がそう言うと、ティリアはぱっと花が咲いたように笑顔になった。
「ちなみに年下のティリアを俺のクラスに入れたのは……」
「僕の配慮だよ。知り合いが同じクラスにいた方がいいと思ってね」
「……まあ、学力は問題ないだろうし別に構わないんだが、ティリアの見た目では少し幼すぎないか?」
「大丈夫だよ、それくらい。それよりも、ティリアに悪い虫がつかないか僕は心配だよ。近寄ったら思わず焼いちゃうかもしれないな」
「やめてくれ、いつの間にかクラスメイトが1人減っていたなんてことにはしないでくれよ」
「1人で済んだらいいけどね」
冷たい笑みを浮かべながら物騒なことを言うルースに、冬夜はため息を吐いた。
せめて死者が出ないようにと、冬夜は祈るばかりだ。
「さて、話はついたな。私もティリアがここに住むことに関しては別にかまわないと思っている。だが、ルース。お前は一人で住むことになるが、大丈夫なのか? お前、娘のことが大好きだろう?」
雪菜の問いかけに、ルースの笑みが固まった。どうやら、娘が一番大事なルースにとって離れ離れになることはかなり堪えるようだ。
「ちなみに僕も一緒に住むっていうのは――」
「却下する。誰が好き好んでお前と一緒に住みたいと思うか」
雪菜はそう素早く返した。
「昔から思ってたんだけど、雪菜はどうしてそんなに僕を目の敵にするのかな」
「お前の言動全てだ。ひょろっとしているところも嫌いだ。もっと男らしくしろ」
「ちょ、それはひどくない。そもそも、僕たち光を司る神は代々小さい体なんだからしょうがないじゃないか」
「伸ばせ。無理やり引っ張ってでも」
「そんなことできるわけないよ。それに、言ったらキミにだって悪い所があるじゃないか」
「ほぅ、言ってみろ」
雪菜は上から目線で挑発的に言った。
「ガサツなところとか、全然女性ぽくない所とか、料理ができないところとか」
「ガサツとはなんだ、ガサツとは。大胆だとか、思い切りがいいと言え。それに女性ぽくないというのはいいとして、料理ができないことはない。皆が私の料理を理解しないだけだ」
「君は料理以前に何もかも消し去るじゃないか。それのどこが料理なのさ」
「料理というのは材料に手を加えることだろう。よって私のは料理に入る」
「そんなの屁理屈だよ! いい加減にしなよ」
「いい加減にするのはそっちだろう。娘離れできないくせに」
「で、できるよ。それにキミに子供ができたらキミも娘や息子離れできなくなるんだからね」
「ならないな」
「なるよ!」
言い合いをする二人に冬夜はあきれてものが言えず、ティリアは父親の恥ずかしい所を見られて恥ずかしがっているようだ。
耐えかねた冬夜は、ティリアに声をかけて家の中を案内することにした。
「悪いな、ティリア。いろいろと気を使わせたようで」
「いえ、私の方こそいろいろとすみません」
互いに謝りあい、思わず二人はくすりと笑った。もしかしたら急激な環境の変化に、ティリアが困っているのかもしれないと思ったが、意外と楽しんでいるようで安心した。
「ここは中庭だ」
「……すごい」
ティリアが案内してもらったのは中庭だった。
中庭には、植物園と間違えるほどの植物が植えられ、その多くが花を咲かせていた。
「特にこの花……とても大きくて綺麗」
「この花はカーネーションと言ってな。俺の育てている植物の中でも特別よく育っているんだ」
カーネーションの花子は冬夜の言葉を聞いて、ゆらりゆらりと風もないのに揺れ始めた。それを見てティリアは驚き、目を見開く。
「お兄様! 今勝手に……」
「ああ、俺の神力も栄養としているからな。普通のカーネーションとはちょっと違うぞ」
「そうなのですか?」
すると、突然ティリアの頭の中に声が響いた。
『初めまして、可愛いらしい女の子ね』
「わっ! 誰ですか?」
「今のがこのカーネーションの花子の声だ。多少の神力しか溜められないらしく、滅多に喋ることはないし、それほど会話することもできないが」
「カーネーションの花子さんですか?」
『そうよ。ティリアというのね。冬夜様がいつもお世話になっているわ』
「い、いえ! 私の方こそお世話になっています」
『冬夜様は何かあなたに失礼なことしなかったかしら。冬夜様は時々いたずらっ子のようになる時があるから』
「おいおい、そんなことはないだろ。俺はいつだってまじめだぞ」
『じゃあ、まじめにいたずらをしているのかしらね』
そう言ってカーネーションの花子は小刻みに揺れた。まるで笑っているかのようだ。
『ねえ、冬夜様。私、ティリアと二人で話をしたいのだけれど、いいかしら』
「なんだ? 俺がいたら邪魔なのか?」
『そうね。女の子同士の話がしたいから』
「……分かった。俺は居間に戻っている。ティリア、花子の相手をし終えたら居間に来てくれ。また後で部屋の場所を教える」
「分かりました」
そういうと、冬夜は居間に戻っていった。
見ればもう夕暮れ時、あと一時間もすれば真っ暗になるだろう。
ティリアは花子を見つめながら問いかけた。
「あの、私に話って」
『まずはお礼かしらね。あの子の両親のことは知っているかしら』
「お兄様は神と人間のハーフだってことは知っています」
『そう。ならあの子の両親がもう亡くなっているのも知っているのかしら』
「えっ?」
確かに冬夜は雪菜と一緒に住んでいるが、両親とは住んでいない。それはティリアも疑問に思っていたことだ。だが、ティリアは冬夜が両親と住んでいないのは別の場所に住んでいるからだと思っていた。
しかし、花子は両親が亡くなったと言った。これは神や天使の間で言われている常識とも言えることに反していた。
《神や天使は寿命でない限り死ぬことはまずありえない》
それが神や天使の間で言われている常識だ。
神力の力は強大だ。交通事故や、火災、震災、果ては毒など、その程度に巻き込まれたところで、力をしっかりと使いこなせていれば神や天使が死ぬことはない。
病気だって同じことだ。そもそも神力の満ちる体に病など罹るはずがない。
それほどまでに神力というものは強力なのだ。
だというのに、花子は確かに冬夜の両親は死んだと言った。冬夜の親でも人間だった方は死んだと言われてもおかしいことはない。人間が死ぬ要因などいくらでもある。だが、天使でさえあり得ないというのに、神が死んだと言ったのだ。
そのような事実はティリアは知らない。学校でも習わなかった。
「……死んだのですか? どうして」
『神や天使が死ぬ理由なんて寿命以外に一つしかないでしょう』
そう花子に言われてティリアは思い出した。たった一つだけ神や天使が死ぬ可能性があることに。
「……
ティリアは小さな声で呟いた。
それと同時に恐怖からなのか、体が震え始める。
とんでもない事実を知ってしまったティリアは緊張のあまり喉が渇くのを感じた。
『……ごめんなさいね。知らなければ怖がることもなかったのに』
「……いえ、いずれ知ることになったと思いますから。今知れたほうがよかったです」
震える体を抱きしめ、何とか治まるまで待った。
そして、震えが止まると、ティリアは深呼吸をして花子に問いかけた。
「でも、どうして私にお礼を言うのですか。私はお兄様を傷つけてしまったので、お礼など言われる立場ではないのですが」
『あなたが冬夜様に何をしたのかわからないけれど、冬夜様はとてもうれしそうにしていたわよ。お兄様って呼んでもらって、本当の家族みたいに思っているみたい』
「私が無理矢理呼んでいるだけです。最初に呼んだ時も少し嫌そうでした」
『そうかしら。でも、冬夜様は本当の妹みたいに思っているわよ。だから冬夜様の妹になってくれてありがとう。あの子は両親を亡くしてから家族がいなかったから、家族ができて本当に良かったわ』
「そう、ですかね。そうだといいですね」
ティリアはそう言って笑った。本当の妹のように見てくれているのならこれ以上にうれしいことはない。
『それにね、あの子はあなたをかなり気にかけているのよ。こないだからずっとあなたのことを考えていたみたいだから。私が声をかけてもなかなか気づいてもらえなかったのよ』
「どうして私のことだってわかるんですか?」
『もちろん、女の感よ』
どこが胸なのかわからないが、花子はぴんと茎をまっすぐに伸ばした。
それからティリアは花子からしばらく冬夜の過去の話を聞いた。
冬夜が昔どんな人だったのか、冬夜のすごいところ、冬夜の良いところ、そして花子の愚痴などだ。
話の途中で暗くなってしまったが、こんな時にはティリアの力が役にたった。
周りを明るく照らし、花子との会話を楽しんだ。
話が終わる頃には花子とすっかり仲良しになっており、ティリアは初めての友達ができたのだった。
部屋へと戻ると未だにルースと雪菜が言い合いをしており、冬夜はそれを茶を飲みながら聞き流しているようだった。
「ティリア、話は終わったのか?」
「はい、いろいろと聞きました。こっちは全然話が終わっていないみたいですね」
「ああ、もう放っておけ。それより、花子が変なことを言っていなかったか?」
「いえ、特には。あ、でもお兄様の過去の話をいろいろと聞きました。昔はやんちゃしていたこととか――」
「馬鹿! それは今すぐに忘れろ。いいな」
「いやです、お兄様のこともっと知りたいですから」
じっと冬夜の目を見つめると、最後には冬夜が根負けする。冬夜は押しに弱いようだ。
ふと、ティリアは花子の言っていたことを思い出す。
(神や天使が死ぬ理由は一つだけ……)
再びティリアは恐怖で体が震えるが、冬夜たちにバレないよう体を手で抑えた。
そして笑顔を絶やさないよう努めるのだった。
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