あなたは神を信じますか?

怠惰なアゲハ蝶

プロローグ

第1話 あなたは神を信じますか?

 ――神

 それは超常の力を持ち、時には人々の願いを叶え、時には罰を与えると言われている。それ故、人々は人知を超えたその力に畏怖し、崇めるのだ。


 神の姿を確認した者は、まずいないだろう。私、神様に1億円もらったんです、だとか、俺、神様に異能の力をもらったんだぜ、等と言おうものなら、その人物には頭がおかしい子のレッテルが張られること間違いなしだ。後者であれば病気にかかっているのだなと思われるだろうが……。ただ、概念としては存在している。


 神といえど、その容姿や力は異なる。そもそも、神は一人しかいないという、一神教と、神は一人ではなく数多存在するという、多神教という考えが存在する。日本では、万物に神は宿ると言われているため、多神教だ。当然その姿かたちも様々。だが、多くは人の姿をしているのが一般的だろう。


 では。

 本当に神は存在するのだろうか。


 普通に考えれば、前述の通りの反応が待ち受けていることは想像に難くない。だが、火のない所に煙は立たないという言葉があるように、全く信じられていないのであれば、そもそも神という概念は存在しないだろう。なにかしらの根拠があるはずだ。


 例えば、神という概念を伝えた人が、実際に神の力、人ならざる力を見ていたのであれば、そのような概念が広まったというのにも頷ける。もしくは、神が、その力を見せて回ったらどうだろう。そうなれば、信じざるを得ないのではないだろうか。

 いずれにしても、実際にその力を見なければ人は信じることはできないだろう。


 だが、こうも考えられる。人の噂というものは誇張されやすいものだ。それを前提とすると、大したことのない力を見た人物がそれを大げさに伝え、それがまた誰かに伝わるたびに、だんだんと誇張され続け、終には、なんでも願いがかなえられるというものへと変わっていったという可能性も否定することはできないだろう。


 では、再度問おう。

 神は存在するのだろうか。


 ――私は、存在すると思っている。だってその方が面白そうだろう?


 物語だってそうだ。学校へ行って授業を受けて、何も面白いこともなく、帰ってきて寝る。そんな物語を見てどこが面白いだろうか。否、全くもってつまらない。


 物語だって波があるから面白い。

 学校へ行ったら突然転校生がやってきて、美少女がいきなり、クラスに埋没する地味系の男子に告白。恋に落ちるという物語があった方が面白そうだろう? 他の地味系男子からの痛い視線に晒されたり、美男子からの別れた方がいい、俺の方が似合ってる宣言などなど。その後、二人はどうなるのかな、なんて気になるはずだ。


 会話も同様。

 お前昨日なにしてたんだ? ――飯食って寝た。

 そんな会話のどこが面白いだろうか。飯という部分に笑いがこみあげてくるとでもいうのだろうか。否だ。

 それよりも、昨日は何も食うものがなくてサバイバル気分で海に出かけ、魚でも釣ろうかと思ったら、サメがかかって海に引きずり込まれたが、俺の唸る拳をお見舞いして食ってやったぜ。などと言った方が、マジかよ、お前何してんだよ! と、面白く感じるのではないだろうか。


 とにもかくにも、何事にも波があるからこそ面白いのだ。ならば神という面白い波を投じないでどうする。


 さて、最後にもう一度だけ問おう。


 神は存在するのだろうか。

 キミたちはどう思う?

 案外キミたちのすぐそばにいるのかもしれない。

 



 とある街外れの平屋に神楽坂冬夜は住んでいる。土地の面積は500坪越えと広く、よく言えば和風の落ち着く家、悪く言えば、古臭い時代遅れの家だ。


 丑三つ時、冬夜の眠る寝室の襖を開く女性がいた。だが、冬夜は全く起きる気配はない。ぐっすりと眠っているようだ。

 無防備な冬夜に、その女性は近づき、冬夜の顔面を片手で握りしめた。


「いだだだだだだあああ!」

「おはよう、冬夜。目が覚めたか?」

「おはよう、じゃない! 雪菜さん、その起こしかたはやめろっていつも言っているだろ!」


 この透き通るような肌を持つ色白な女性の名は神楽坂雪菜という。綺麗な透き通った青い髪に、淡いブルーの瞳を持つ。その鋭い目つきは、獲物を決して逃さない獰猛な肉食獣のようだ。


「仕事だ。さっさと行け」

「またいつも通り唐突だな。今何時だと思ってるんだよ。まだ日は昇ってないぞ」

「関係ないな。私が行けと言っているんだ。さっさと行ってこい。さもなくば……」


 片手をコキコキと鳴らしながら冬夜の顔面へと近づける。青ざめる冬夜を見るに、相当痛いようだ。


「まった、まった! それは勘弁してくれ! マジで痛いんだってば!」

「なら早く行け、私はあんまり待たんぞ」

「……仕方ないな」


 冬夜はスッと立ち上がると縁側へと向かう。外を見ると、月明りが辺りを照らし、街灯を合わせると人が歩く分には問題ない程度には明るい。


「何をしている。さっさと――」

「こんな時間から仕事してられるか!」


 冬夜は窓から外に出ると、家を囲う塀を乗り越え、夜の道へと駆けていく。あまりの出来事に雪菜はその場に数瞬固まるが、ことが理解できると鬼の形相をしながら冬夜の後を追うために玄関へと向かった。


 駆ける、駆ける。暗い夜道をただひたすら駆ける。冬夜も馬鹿ではない。何の考えもなしに家を飛び出したわけではない。ここから街へは少し離れているものの、冬夜の体力であれば何の問題もなく走っていける距離だ。街にさえつけば、友人の家にでも泊めてもらえばいい。夜遅いが何度も電話をかけて叩き起こせばいいだろう。


 それが以前から考えていた冬夜の計画だった。


(後はあいつの家で学校が始まるまでゆっくりと寝るだけだな)


 なんて考える冬夜だが、ここで冬夜は一つ大きなミスを犯してしまっていた。

 冬夜の走る速度と雪菜の走る速度が同じだとは限らないということだ。


「面倒をかけさせるな、この馬鹿が」


 隣からの声にぎょっとして振り向くと、そこには鬼がいた。


「ぎゃああああああ!!」


 雪菜は思わず叫ぶ冬夜の顔面を掴み、握りしめる。


「いだだだだだだあああ!!」

「おい、何か言い残すことはあるか?」

「あの、その、誠に申し訳ありませんでした」

「それだけでいいのか?」

「許していただけると嬉しいかなと」

「わたしが許すとでも?」

「……いいえ」

「その通りだ。では、逝ってこい」


 最後に冬夜を掴む手に一際大きな力を入れる。


「あだだだだだだだ――」


 冬夜の声は途中で途切れる。気絶したからではない。冬夜の姿がその場から掻き消えたためだ。

 

「まったくもって面倒くさい」


 一人たたずむ雪菜は大きなため息を一つ吐くと、元来た道へと帰るのだった。





 朝7時30分。

 ようやく帰宅した冬夜は、眠たい中、朝食を食べるとすぐに学校へと向かった。


「あ~、眠い」


 登校途中、春の暖かい日差しが容赦なく冬夜に降り注ぎ、眠気を誘う。


「よう、冬夜。相変わらず眠そうだな」


 後ろから声を掛けられ、ポンと肩をたたかれる。

 振り向くと、毬栗のような茶色のつんつんとした頭に目が行く。


「おお、和人か。珍しいな、こんなところで会うなんて。お前確か柔道部に入ってたよな。朝練はいいのか?」


 このとげとげとした頭の持ち主の名を折原和人という。こんな頭の持ち主だが、女子からの人気は高い。やはり顔がいいからなのだろう。


「お前覚えてないのか? こないだ体育館の床が腐って穴が開いただろ。うちの学校はかなり古いからな。仕方がないと言えば仕方ないが……」

「そういえばそんなこともあったな。じゃあ、今日の体育は休みか。ラッキーだな」

「んなわけあるか、今日は晴れてんだから外であるに決まっているだろ。第一お前はいつも片隅で見てるだけだろうが」

「まあそうなんだけどな。俺としては休みでもないのに授業をさぼるのは心苦しいんだ。だから、休みであればそれはそれで――」

「嘘つけ、体育のみならず他の教科も寝てばっかのお前が心苦しいなんて思っているはずがあるか」


 さもありなんと頷く冬夜の頭にチョップを入れる和人。


「それで、今日も眠たそうにしているのはいつものあれか?」

「ああ、雪菜さんがまた夜中に仕事を言いつけてきてな。お前の家に避難しようと思ったんだがあの鬼の速度を見誤っていてな。すぐに追いつかれちまった」


 和人は目を見開いて、


「お前の速さに追いつくのか⁉ お前の本気ってかなり速いじゃん! 高校の短距離走の選手なんて余裕でぶっちぎりのお前が追いつかれるって、雪菜さん本当に人間かよ!」

「あれは人間じゃない。鬼のような顔に思わず叫んじまったよ……」


 ぶるりと震える冬夜につられて、和人も思わず震える。


「それで結局あれか」

「ああ、異世界に直送された。もう躱す方法なんてないと思い始めたんだが」

「すげーよな。俺も実際に行ったが、まだ信じられねーよ。異世界が実在するなんて……」

「そうか? 俺は小さいころから聞いていたからあまりすごいとかは思わないがな」

「いや、一般人からすれば異世界は架空の存在。アニメや小説の話であって、現実にはありえないものだからな」

「そういうもんか……それにしても、雪菜さんはなんでお前の記憶消さなかったんだろうな。いくら考えてもわからん」

「……そういえば見られた者の記憶は消すんだったな。物騒すぎるだろ」

「いやいや、重要なことだろ。考えてもみろよ。異世界に行く方法があるんだぜ? 騒ぎになって国のお偉いさんの耳に入ってみろ」


 和人は手を顎に当て、考えているようだ。そして何かに気がついたかのようにハッと目を見開いた。


「……ああ、やばいな。向こう側の資源がとり放題ってか?」

「そうだ。加えて言うなら、資源の取り合いで、こちら側の国とあちら側の国の戦争にもなりかねん。それがさらにほかの国にも知られようものならどうだ?」

「世界全体の戦争が起きかねないっていうことか。そりゃ怖いな」

「そういうこった。まあ、そのために俺らが記憶を消して回っているんだ。そんな事にはさせないさ」

「……お前が言うとなんだか頼りないんだが」

「大丈夫、大丈夫。それよりも、こんな話をしているとあいつが――」

「おっはよー! 二人とも、偶然だね! 何の話⁉ 宇宙人⁉ 超能力者⁉ それとも、異世界かな!」

「……来ちゃったよ」


 突如二人の後ろから現れた女子学生の名を春野桜という。

 桜は冬夜たちを指差しながら言った。


「今絶対に、何か面白そうな話してたでしょ! 私の嗅覚をなめちゃいけないよ!」

「……桜、そんな話してないし、もっと静かにしてくれ」


 顔をしかめる冬夜など気にもせず桜は言葉を続ける。


「いやいや、隠さなくてもいいよ! 私にはわかっているんだから! 私の不思議感知機能が働いたんだから二人は面白そうな話をしているに決まっているんだよ!」

「わけがわからん。それに嗅覚じゃなかったのか?」

「どっちでもよい!」

「いいのかよ」


 ふんすと、鼻息を荒くした桜は両手を腰に当て仁王立ちをする。

 頭頂部から飛び出る髪がピコピコと動く


「それで、何の話だったの?」


 冬夜と和人は顔を見合わせ、


「いや、和人が、昨日女子に振られたという話をな」

「そんなこと話してないだろ!」

「そう、それは残念だったね。あと、本当にどうでもいい話だった」

「酷くね⁉ 別にそんな事実はなかったけどどうでもいいは酷くね⁉」

「わたしの鼻、鈍ったのかな~」

「聞いてねえし! ってあっ!」


 突如、学校間近にして、授業開始のチャイムが鳴り響く。


「ちょっとまて、そろそろ授業が始まるじゃねーか! 急くぞ二人とも!」

「あー、もう面倒いし遅刻でよくないか?」

「良い訳あるか! ほら、急げ!」


 三人は視界に見えている校舎へと急ぐのだった。

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