神々の遺伝子
海 潤航
第1話 真言立川流
窓のない八畳ほどの黒光りする板張りの部屋を、1メートル程の飾りをほどこされた蜀台の上の一本の赤い和蝋燭の明かりが照らしている。和蝋燭の炎は不規則に黄色く輝き、すすを立ちのぼらせている。
和蝋燭の奥には黒い縁の畳が2枚しかれ、その中央に男女がいる。
畳の奥の正面には、祭壇が設けられており、極彩色で彩られている怪しげな物が安置されている。金箔で和蝋燭の明かりを反射し鈍い光を放っている人間の髑髏だった。
和蝋燭のほのおは隙間風で怪しく踊り、部屋全体に大きく深い影を落とし、その影を絶えず動かしていた。
男女は重なり合っている。女が上である。衣服は着ていない。女性と思われる体は小刻みに揺れている。
それは儀式のように見える。見えるといったのは、儀式ではなく性交だからだ。男は下から女の反応を冷静に確かめながら、低い声の呪文が口からもれている。
「オン・キリク・ギャグ・ウン・ソワカ」
歓喜天の真言だ。うなるような、ささやくような声で繰り返し唱えている。場面に変化があった。いきなり女は体がそり返った。
ぐっ。悲鳴に似たうめき声がもれる。
「オン・キリク・ギャグ・ウン・ソワカ」
「オン・キリク・ギャグ・ウン・ソワカ」
「オン・キリク・ギャグ・ウン・ソワカ」
歓喜天の真言を唱えながら、男もまた行為に没頭していく。
女は歓喜の為か、嫌々するように体を震わせる。下にいる男は胸元に手を置き、何種類かの印を結び続けている。女はあえぎ、体はしっとり汗ばみ意味不明の言葉をもらし始めていた。
部屋の中の気配は静寂を取り戻している。和蝋燭が半分ほどになっている。すでに2時間が過ぎていたのだ。
男は死んだように横たわる女の横で、静かに座禅を組んでいた。男の顔には、行為の後の虚脱感はない。先ほどの呪文をまだ静かに繰り返している。
女がやっと目を覚ました。男は目を閉じたまま、話しかける。
「イッた時に何か見えなかったか」
「そうねえ、そういえば白い紐みたいな物が頭の中をかけめぐったみたいな気がするわ」男の目が青い氷のように光った。
「それでどうなった」
「後は覚えていないわ。そのまま、いつものように頭の中が真っ白になったわ」
「ふぅむ」
つぶやくように頷いた。
男は
女は
日向真は真言立川流の一派天地教の僧侶である。弘子はその妻だ。
ここは九州の宮崎県にある高千穂峡の奥まったところにある古寺「天地寺」だ。高千穂は天孫降臨の伝説の地として有名な所である。
天孫降臨とは天上界を治めていた天照大御神が孫にあたる
その峰がある二上山には男岳と女岳があり、今はその真ん中に広めの道が通っている。天地寺はその男岳の中腹に、高い杉の木に囲まれて建てられている。
天地寺はいつ建てられたのかもわかっていないが、高千穂神社と同じくらい古いと言われている。
ただ日本に正式に仏教が伝わったのが6世紀といわれているので、その時代にお寺というのもおかしいのだが、天地寺は最初天地神社と言われたとも記録に残っているので、寺か神社かの区別は実は定かではない。
古来より存在していた天地寺の教義は一子秘伝として、ある特定の子孫のみに伝えられており不明だが、道教、神道、仏教などの特定の形ではないらしい。しかし時代の摩擦を避けるため形だけ神社や寺の形態をとっているのであろう。
天地寺の現在の教義は真言密教最大の邪教と誤解されている真言立川流である。
真言立川流とは、鎌倉時代から南北朝にかけて流行った髑髏を本尊とする秘密教といわれている。一般的には性魔術をベースにするといわれているが、事実はだいぶ違う。
密教とは仏教の中の神秘主義宗派のことだ。通常の仏教では、女性は女性のままでは仏になれないと説かれている。仏教の女性蔑視は、仏教の創始者釈迦にまでさかのぼる。釈迦は「女は愚かなのだ」と従者に語ったといわれている。それほど女性蔑視は根深い。しかし、密教の経典には女性を肯定している解釈もあり、すべてが女性排除の方向ではない。
その中で真言立川流は、男女交合による悟りを説いた現代的で、理性的な考えを持っている数少ない宗派なのである。反社会的な隠避な性交の儀式は弾圧する組織が捏造したと言われている。
性交はチベット仏教や中国密教では肯定されていて、女性を否定する後期の仏教に比べて素直で人間的であったと言えよう。
仏教も最初は新興宗教であり、バラモン教への反発から起こったものである。その仏教にも古代宗教と同じように神々の戦いがあり、正義を司る神、阿修羅と力の神帝釈天率いる四天王の戦いが有名である。
後に阿修羅は須弥山にすんでいた仏陀に諭され、仏教を守る守護神となったといわれている。この戦いの理由も、阿修羅の美貌の娘「舎脂」を強引に妻にした帝釈天への怒りである。
いずれにしても、女性が絡む内容であり、宗教の根源が女性をも含めての内容でスタートしたというのは事実である。
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