第21話 破壊者

その時、インターフォンが突然叫んだ。


「真さん、大至急、第3室まで来て下さい」


美雪のアナウンスだった。インターフォンのスイッチを送信に切り替える。


「何があったんだ。」


「美春がついに出産しました。ところが・・・」ひどくおびえた声で言葉に詰まっている。


「美春」というのは真の弘子の従妹である。いろいろ事件があって心配だったが、胎児に異常はなく順調に育っていっていたのだ。出産予定より、2ヶ月早いのだが、医療班に万全の態勢をとらせていたのだ。


妊娠8ヶ月での出産は、早産なのだが産まれてくる子供が、一族の変身後最初の子孫で、真も注目していたのだ。


「いますぐ行く」


真は部屋を飛び出して医療棟第3室へ急いだ。美春はすやすや眠っていた。母胎には異常はなさそうだ。


生まれたばかりの赤ちゃんは保育器に入れられていた。保育器の回りでみんなは立ちすくんでいた。


「どうしたんだ。詳しく状況をはなしてくれ」


看護師は生まれたばかりの赤ん坊の股間を指差した。そこにはあるべき性器がなかった。つまり無性の子供なのだ。


「この子はいったい…」


真の頭は混乱してしまった。




立木は新宿のビジネスホテルにいた。自宅のマンションは警察に知られているに違いないからだ。真の変身に伴い、自分の身体にも変化が起きた。細胞の隅々が活性化されて、体中に力がよみがえることがわかった。


ただ、時折、すごい睡魔におそわれ、倒れ込んでしまうこともあった。時折、高熱が津波のようにおそってくる。病気にかかっているようだ。冷や汗がひっきりなしに出てくる。たちの悪いインフルエンザにかかったようだ。


深い眠りだった。

記憶の螺旋がほどけていくような感じだ。

夢の中で遠い声がする。


「阿修羅、目覚めよ」


「わたしは阿修羅か」


「そうだ」


「おまえはだれだ」


立木は混沌の中でたずねた。


「私は命だ」


声は答える。


「私は、全ての命だ。ついに神が目覚めた。私たちを滅ぼしに来たのだ。私たちを救えるのは、阿修羅、おまえしかいない。思い出すのだ。永き時間を」


「神とは何者だ…」


立木は混沌に意識があることに気づいた。


そして問う。


「神とは命亡き者だ。そして神とは滅ぼすものだ。我々は滅ぼされる。阿修羅よ。おまえは命の望みなのだ。神の前に立ちふさがるのだ。神と戦え。今度こそうち負かすのだ」


その声は、立体感が全然なく、遠くとも近くともいえる。

ただ、確信に満ちた、聖なる声とだけは理解できた。

立木の頭の中に突然、閃光がひらめいた。


「おう、お、思い出したぞ」


何度かの混沌の意識との対話の時間が遂に阿修羅をよみがえらせた。


 ウォウォ

 ウォ

 ウォ

 ウォウォ

 ウォ

 ウォウォウォウウォウォォォォォォ・・・


立木は、がばっと跳ね起きた。

「阿修羅」として遂に覚醒したのだ。


ベットから立ち上がった立木、いや「阿修羅」は仁王立ちになった。

何度かの昏睡状態の内に、変態を繰り返していたのだろう。

美しい黒髪に、褐色に輝く肌がアポロンのようだ。

均整のとれた肉体に、涼しい瞳がうるむ。


あの凶悪な立木とは想像も付かないほど、身体全体がシャープになっていく。

まるでゴリラから、チーターのように変身していたのだ。

立木の変身は、「命」の輝きそのものだった。


「私は命だ。そして神は破壊者だ」


阿修羅は確信した。

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