第20話 世紀末

2012年5月。世間ではマヤ文明の2012年人類滅亡説の事で、テレビ、ラジオがおもしろおかしく大騒ぎをしている。ほとんどの人々が、信じていないのにも関わらず、世紀末の恐ろしげな話題に心の引っかかりを感じているのだ。


何か起こるんじゃないか…

誰もが感じている漠然とした不安。それが世紀末だ。


真の衝撃的な復活からすでに5ヶ月たっている。真は復活を遂げた一族を引き連れ、葛城山の山奥へ籠もった。


葛城山は奈良県西部、金剛山の東斜面一帯の地域にある霊山である。役小角という修験道の祖は、この大和国葛城山に住んで修行したといわれている。不思議な霊気を持つ山であった。そして葛城山は天地事一族の聖地だったのだ。


車道からだとほとんどわからないが、注意深く歩くと、笹がわずかに踏み分けられた、けもの道がわかる。


そのけもの道沿いに20分ほど分け入ると、至る所に真言が書かれた板きれや紙が、見えないように樹木に貼られている場所がある。


結界を張り巡らしているのだ。その結界の中心には、3階建てのコンクリートの建物があった。九州の宮崎にある「宮崎自然科学研究所」と造りは全く一緒である。ただ違うのは、小さな看板に「葛城自然科学研究所」と書かれている点だけだった。


研究所の中は、ハイテク機器が並べられており、パソコンが5台ほど常に稼働している。インターネットも専用線でつながっており、時折ファックスがカタカタと音をたてている。全て真が以前準備していたものだった。真は立川流を受け継ぐ真言僧だがアメリカの大学の講師をしていたほどのインテリでもある。やることにそつがない。


なんと総本山の九州宮崎の宮崎自然科学研究所の完全なバックアップを作っていたのだ。もちろん非常時の為のものだったが、昔からパソコンになじんでいる彼ならではの発想ともいえるだろう。このビルの中に総勢80名ほどの仲間がひっそりと潜んでいる。今年初めの山の冬は寒く、そして静かだった。


徐福会研究所の所長室で阿修羅としてよみがえった立木との遭遇。


あの時は警察と消防のサイレンが鳴り響き、ビル中が大騒ぎとなっていた。研究所の防犯ベルが警視庁に直通になっており、赤城が通報ボタンを抜け目なく押していたのだろう。


変身を遂げた真達は、駆けつけた武装警官達をあしらうようにやり過ごすと、研究所所有の大型のライトバンで一路奈良県へ向かったのだ。立木も、共に所長室から煙のように消え去った。


「阿修羅」も復活を遂げたばかりで、人間社会と接触をまだ持ちたくなかったようだ。真達は世界に散らばっている一族と連絡を取り合っている。やはり、各地で進化現象が起こっていた。進化は同時に進行していたのだ。


真の奇跡ともいえる「リセット」で世界中の進化種の「シンクロニシティ」の引き金を引いたらしいのだ。


現在、日本で進化が具現したのは一族の約20分の1で、総数50名ほどだった。真達は、進化のおかげでスーパーマンといえる能力を獲得している。しかし、それは神になったわけではない。


あくまでも生物としての枠を持っているのだ。確かに、彼は自分をリセットによる変身を成功させた。しかし、これから、どういう風に行動すればいいのか考える必要があった。


また、立木という存在も気になった。彼が「阿修羅」ということは直感でわかった。阿修羅というのは日本でいう恐るべき鬼神修羅のことで、帝釈天という神様と戦った鬼神のことである。


姿は、三面六臂(三つの顔に六つの腕)で描かれることが多い。単純な悪の権化ではなく正義の神として敬われている側面もある。阿修羅と出会っても、深い憎しみより懐かしさを感じた。いやもっと親密な感情かもしれない。


一族に伝わる言い伝え通りに、仏へと変身したのなら、人間を遙かに超越した存在になるはずだ。ところが、今の自分は生身のスーパーマンである。もし、拳銃で撃たれたのなら死んでしまうだろう。一族に伝わる伝説と微妙にニュアンスが食い違うのだ。


私は戦うために再生したのだろうか。あの「阿修羅」と戦うためにだろうか。いろんな矛盾が一度に吹き出してきた。


真は自分の肉体が変化したことを科学的に確かめるため医療チームを結成した。自分自身の五感が異常に発達したことを実感していた。しかし、これが進化なのか、変態なのかという科学的な検査の結果を知りたいと思ったのだ。


自分の身体が一回りも急激に大きくなり、様々な変化が起きているのに、進化と盲信できないのだ。真は、科学者である。遺伝子レベルでの変化や数値が気になるのだ。


一族の言い伝えである神の遺伝子が復活したと、みんなは思っている。いや信じ切っているのだ。我々は世界を救うために仏として進化した一族なはずだ。この思いは、みんな一緒であろう。


しかし真には心の中に引っかかるものがあるのだ。

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