第32話 進化の真相

無菌室に赤城と阿修羅がいた。分厚いガラスのぞき窓がありそこには会長の顔が見える。赤城は苦しそうに立ち上がっている。しっぽが生えてきているので、二本足ではバランスがとりにくいのだ。しかし、自分は人間だという思いだけが消えないのだ。


「阿修羅、よくも騙してくれたな。俺はお前を喰い殺すことだけを考えてきたのだ」赤城は今にも飛びかかろうとしている。「まあまて、赤城。会長も見ているんだぞ。お前の変身がこんなに早いとは思わなかったが、トカゲ男とはな」


くっくっくっ、阿修羅は思わず笑ってしまった。その笑いは美しく、そして残酷だった。「きさまー、殺してやる。いや、その前に俺を元の姿に戻せ」阿修羅はあくまでも優雅に答える。


「赤城、お前は姿こそトカゲ男だが、もう1年後に死ななくていいんだぞ。それに常人にはない能力を身につけた。普通の人間などお前にかなうものなどいないんだ。それと、頭の中は人間のままだし、完全にはトカゲにはならないんだ。

 私のウィルスは、どうもかかった人間の性格がどうも全面に出てくるらしい。トカゲの能力と姿を得たのはお前自身の問題なのだ」


うーと赤城はうなったままだった。阿修羅はまだ続けた。


「赤城、お前は俺の分身でもあるんだ。俺の言う事を聞け。いいことがあるぞ。しかしどうしても元の姿に戻りたかったら、私の力ではどうしようもないのだ。たった一つだけの方法は、神々の肉を喰らい、神々の血をすすればいいのだ。まあ、これはお勧めしないけどな」


阿修羅はそういうと、タバコを取り出して火をつけた。旨そうに煙を吐き出す。赤城は黙ったままだった。「よく考えるんだな」そういい残すと部屋から出ていった。赤城はじっと考えたままだった。そしてぽつりとつぶやく。


「神々の肉と血だな。そうすれば戻れるんだな」赤城は四つん這いになって、部屋から出ていった。



会長の稲川は、細長いのぞき窓から部屋を出ていく赤城を見つめていた。その目は悲しみに満ちていた。そしてその横に、美しい阿修羅がいた。彼の目は恐ろしいまでに澄んでいた。


阿修羅と会長は特別室にいる。50坪ほどの室内は、イタリア製のロココ風の調度品で統一されている。様々な装置が付いてあり、地上で何があっても、5年は暮らしていける様になっている。稲川は、革張りの椅子に腰を下ろしている。目の前には阿修羅が座っていた。


「阿修羅よ。少し私の話を聞いてもらえないだろうか」ブランディを口に持っていきながら阿修羅は静かにうなずいた。


稲川は考え考えながら淡々と話し始めた。「私は老人だ。様々な延命処置を受けているが、もう少ししか生きないだろう」稲川の身体は、現代医学の粋を集めて生体移植をおこなっている。


「私は私なりに考えてみた。神とお前のことをな。私は、まだ若い頃、戦争を経験している。一兵隊として中国大陸にいたのだ。その時、数多くの人間を殺した。もちろん戦争だからだ。

 その時、私は自分の中に悪魔がいることを知ったのだ。人間はいとも簡単に悪魔になれるのだ。こんな生き物が地球上にいるだろうか。そう、人間だけだ。だが、私は思ったのだ。人間は進化の途中にあるのだと。まだ未完成だから、愚考を起こすのだと。

 そして私は、自分の生きているうちにその証を見てみたかった。しかし結局見つけることが出来なかった。

 阿修羅よ、人類は進化することはないのか」


阿修羅は静かに答える。「進化とは何でしょうか。よりよいものに変わっていく事だったら、間違いでしょう。

 ダーウィンの言うとおり適者生存という法則が生物に当てはまるのなら、弱いものや不適合な生物はもう淘汰されて生まれてこない事になります。しかし、現実には病気の生き物や、弱いとされる生き物も相変わらず生まれてくるのです。

 人間は原始時代から生活のレベルを上げてきたように思われています。しかし、なぜ人間だけが文明を持ち変わっていったのか。確かにそこが問題だったのです。

 地球は、星が誕生してから何度も生命を作り出していっています。そしてそのたびに絶滅させている。なぜでしょうか。それは遺伝子しか知らないことです。

 生物の誕生と言っても、いきなり現在のような生物が誕生したわけではないのです。ビックフォイブと呼ばれる大量絶滅。言い換えれば、さまざまな進化の塊があったのです。

 なぜ生物は創造されて、滅んでいったのでしょうか。今までは何がだめだったのでしょうか。それを知っているのは遺伝子だけです。遺伝子はある目的のために、静かに考えを実行しているのです」


乱造は、目を伏せじっと聞いていた。「ダーウィンの進化論は残念ながら根本から間違っています。大脳新皮質の異常な発達で人類は現在の姿にたどり着きました。後の人間はその変化を進化と呼びました。

 しかし、進化などはどこにもありません。全てが刺激による変化に過ぎなかったのです。変化を進化とは言いません。

 遺伝子は、無限の組み合わせがある命という実験場で、偶然にたより、組み合わせのサイコロを振り続けているのです」


「なぜ、ウィルスはサイコロを振るのか」「それは私にもわかりません。ウィルスはある目的の目が出るのをまっているのかもしれません。

 カンブリア紀の生物も、恐竜も、そして人類もウィルスの振った目のためにうまれ、次に振った目のために滅んでしまったのか。そこには何の脈略もないのか。

 この世界は原因があって結果が生じているはずです。神の遺伝子の復活は人類への罰のためでしょうか。

 確かに、神の種は人類の自殺因子なのかもしれません。人類という突然変異種を駆除するための地球の防衛本能の具現だとも思えるのです。しかし、それだけでは根本的な理解だとはいえないでしょう。

 人類ががん細胞のように暴走し始めたので駆除されるのか、それとも人間は必然の結果、今の文明を築き、役目を終えたのか。どちらなのかはこれからわかることです。その人間の役目とは何かというのはこれからわかるはずです。

 どちらにせよ、遺伝子はもう一度サイコロを振るつもりなのです。我々がもしこの世界で生き延びることが出来たとしたら、それもまた運命なのかもしれません」


「阿修羅よ。遺伝子は神なのか。創造主なのか」


「遺伝子は設計図に過ぎません。その設計図を描いたものこそ創造主でしょう。宇宙を誕生させ、星を作り、そして地球に生命を誕生させた。深い理由があるのかもしれませんし、ただの気まぐれかもしれません。その理由はわかりません」

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