第31話 トカゲ男

赤城はフラフラと電車に乗り新宿まで出てきた。空は青く、ウィルスのことなど誰も気にしていないようだった。相変わらず、人は波のようにあふれ出てきて、どこかへ押し寄せていっている。赤城の目はうつろだ。


阿修羅の言葉が耳鳴りのように、残っているのだ。自分の生死など今まで考えたことがなかった。ゆるゆると回りを見渡すと、こいつらは一年後みんな死んでいくんだ。そんな妄想が実際に沸いてくる。


ふと、目の前を若い女性が通った。条件反射のような性欲がゴンとわいてくる。無意識のうちにポケットの財布を確かめる。確か50万ほどつっこんできたはずだった。厚みで、確認する。


これまで赤城は女にもてた事など全くなかった。女は金で買うものなのだ。今32才なのだがそう信じ込んでいるのだ。赤城はフラフラとミニスカートの後をついていった。3時間後、ラブホテルから赤城は一人で出てきた。「ちぇ、10万も取りやがって」唾をペッと道にはいた。


「しかし俺はセックス王に生まれ変わったようだ。阿修羅のウィルスがきいてきたようだな」


赤城はこれまでの自分の情けないセックスに極度の劣等感を持っていたのだ。短小、包茎。これまでの人生で一度たりとも、女を征服することなどなかった。金を出したうえ、あまりの早さにいつも、せせら笑いを浴びせかけられたのだ。それ故、ほとんどがマスターベーションで性欲をするのが常だった。


しかし今回は違った。自分の身体にエネルギーが無尽にわいてくるように感じるのだ。貧弱だったペニスが、ビール瓶のように巨大な膨張をするのだ。自分も驚いたが、相手の女はもっと驚喜した。


本能のままに何度も射精したが、いつものように陰茎は情けなくしぼまなかった。何度も何度も彼女を突き上げることが出来た。遂に3度目の絶頂で彼女は失神したのだ。赤城は生まれて初めて性行為で征服感を味わっていた。


今までの赤城とは一変してしまった。自信たっぷりに、女を品定めするような目つきで歩いていく。赤城は秀才だった。中学、高校、と彼の学力にかなうものはいなかった。ただ、優等生にありがちな、女性恐怖症の一人だった。


東大に楽々パスした秀才でも、学歴に反応しない女は必ずいるものだ。何気なく知り合った、純情そうなお嬢さんから、初めてベットを共にしたとき、緊張のあまり、ズボンを脱ぐ時に射精したのを見られてしまったのだ。


彼女は、純情そうなだけで男性遍歴は、そこらの娼婦より上だった。彼女は、ばつの悪そうな顔をしてブリーフの前を精液でぬらしている赤城をみるなり、屈託なく大笑いをしてしまったのだ。


それ以来、赤城は金でしか、女と接することはなかった。そんな自分が女を失神させることが出来たのだ。彼の心はいきり立っている。


二日間の間、女を見つけてはセックスを続けた。


50万の金はあっと言う間に使い果たし、自分の口座から何百万かおろして使っている。赤城は金持ちなのだ。「俺は生きている」彼はそうつぶやいた。


これまでにない幸福感と、満足感を腹一杯満喫しているのだ。疲れはほとんどなかったのだが、ふと足下がふらついた。ほとんど2日寝ていないことに気づいた。こまれでにない上機嫌で高級ホテルへ向かった。


どのくらい眠ったのだろうか。赤城は、日の光を感じて目が覚めた。いつもより、強烈な光だった。時計を見てみるともう朝の10時だ。


やけに頭が重い。昨日の爽快感がなかった。なかなかベットから起きあがれなかった。やっとの事で起きあがる。洗面所へいく。鏡を見て、くらりときた。


「ぐぐぐっっっ・・・」


そこには赤城のいつもの顔がないのだ。のっぺりとした緑色っぽい鱗のような皮膚。目は極端に離れ、鼻はつぶれたように穴だけが見える。口はぱっくりと大きく裂け、舌がちろちろと動いている。


蛇かトカゲの顔だ。手を見てみる。なんと鱗がびっしりだ。赤城はあまりのことに、その場で失神してしまった。


ドアをノックする音で我に返った。がちゃりと音がして、人が入ってきた。掃除のおばさんだった。もうチェックインしたと勘違いしたようで、そのまま洗面所へ入ってきた。いきなり赤城と顔を合わしてしまった。


ホテル中に響きわたるような悲鳴がとどろいた。赤城は部屋から飛び出した。どたばたしている割には動きが素早い。ホテルのあちこちで悲鳴が沸き上がる。赤城はタオルを頭からかぶり命がけで逃げ出した。



新宿は人が多すぎて、奇妙な格好をした赤城を気にする人などいなかった。赤城は必死で人目をさけながら人のいないところを必死で探した。


「阿修羅の奴め。だましやがったな。こんな化け物に変身するなど一言も言わなかったぞ。そうだ。彼奴なら元の姿に戻れるに違いない」赤城は麻布のシェルターまでどうやって帰ろうかばかり考え始めた。一時間ほどうろうろしたが、だんだん背骨が曲がってくるような感じがする。


頭の中は、阿修羅へ罵倒ばかりが続く。頭の芯が痛い。だんだん化け物に変化していくようで、涙が出てきた。


「こんな化け物になりたくない。死んでもいいから人間に戻りたい」全身にぎしぎしと痛みが走る。「阿修羅の奴、殺してやる。八つ裂きにして喰い殺してやる」赤城は半分トカゲの化け物になったまま、公園の隅にうづくまってしまった。


どこをどう走ってきたのか、あまり覚えていないのだが、やっと見覚えのある会長のシェルターのある場所まで来た。会長宅の玄関には、環視カメラがついており、腕利きの警備員がいるはずだった。


この姿で現れたら、直ちに射殺されるのは間違いなかった。さきほどまで月が出ていてあたりを照らしていたのだが、むら雲が急に月を隠してしまった。赤城は警備のうすい2メートルほどの壁を軽々とジャンプした。


庭木の茂みに隠れるとそのまま四つん這いで、シェルターの入り口まで素早く移動する。二本足で立つより、四つん這いで行動する方が敏捷になってしまっているのだ。


入り口までたどり着いたが、ここは声紋と指紋のオートキーになっており、今の赤城では入るすべがなかった。


赤城ははいつくばったまま、入り口から動こうとしなかった。阿修羅が出てくるまでここで待つ覚悟を決めたのだ。そう考えて、隠れ場所を探そうとしたときである。いきなりシェルターのドアが開いた。


「赤城か。待っていたぞ。中に入いれ」阿修羅の声だった。赤城は言われるままにシェルターの中へ飛び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る