第10話 進化種
「赤城君、この男と話が出来るかね」
「通常の方法では無理でしょう。衰弱がかなり進んでいますので。
ただアストロミンを使えば真実を語ってくれるでしょう」
所長は驚いた。若造がとんでもないことをいうからだ。
「アストロミンは危険だ。麻薬と自白剤をミックスしたものだ。この男に打てば、30分後には確実に死んでしまうぞ」
「所長。この男は、ほっといても死んでしまいます。30分話が聞ければいいじゃないですか」
抑揚のない口調で赤城は言い放った。
「赤城君のいうとおりだ。さっさと用意したまえ」
乱造の一喝で、まわりがいっせいに動き出した。所長はさらに青くなっている。完全に赤城と立場が入れ替わっている。もう一言も話し出せなくなった。
人工呼吸器、デフィリレータ、脳波計、脳波トレンドプログラムなど複雑な医療器具が整然と置かれている白い部屋。
その中央に置かれている手術台に、日向守がアストロミンを打たれて横たわっている。まだ50才にもなっていないのに、80才とも90才にも見える。急速に老化が進んでいるのがよくわかった。
赤城がベットの横に立っている。所長は頭が痛いといって退席してしまった。乱造も、赤城もそんなことは気にもしていなかった。
立川守の顔に赤みが差してきた。薬が効いてきた証拠である。
「もうそろそろいい頃だろう」 赤城は日向守に話しかけた。
「日向さん、話せますか」 日向守は赤城の声に必死で答えようと口が開いている。薬のせいで答えなければという強迫観念が唇を動かした。
「き、こ、え、る」とぎれとぎれだが話し始めた。
「あなたは誰ですか」
「私は法師である」
次第に声がなめらかになってきた。薬の効果が安定しているようだ。
「法師とは何ですか」
「立川流の種を守るものだ」
「立川流とは何ですか」
「密教真言立川流はダキニ天法の秘法を受け継ぐ大和の国の守護法である」
「立川流はセックス邪教と呼ばれ江戸時代に途絶えたはずですが」
「そんな、禍々しいものでない。性の力を敬う神の理りである」
赤城は話の筋道を変えた。
「あなた方は人間ですか」
「我々は選ばれた民である」
ほう、と乱造は聞き耳を立てる。
「あなた方は、妖怪ですか」
「我々は神の種を持つ者である」
「神の種とは何ですか」
「一子相伝の秘密である。我々の一族から、神が生まれ、仏が生まれる」
「それはどうしてですか」
「それが我々の宿命である」
話が堂々巡りになりそうなので、又話題を変える。赤城はなかなかの聞き上手である。
「あなたは神になれるのですか」
「私は成れなかった。力と法が足りないのだ」
「あなたの一族で神になった人はいますか」
「全ての仏と神は我々の出である」大胆な答えに、赤城はとまどった。
「お釈迦様も、天照大神もそうですか」
「そうだ」
「そんな一族がなぜ立川流を?」
「立川流が我々の法を継承しただけだ。我々の法はイザナギ、イザナミより発生し、男女のまぐわいの力を利用できるただ一つの法である。まぐわいの力こそ、飛翔の源である。この力しか神への道はない」
「飛翔とは何ですか」
「飛翔は転生である。進化である」
「進化とは何ですか」
「進化とは、神の事である」
進化という言葉がでて、乱造の心はふるえている。興奮しているのだ。
「人は神になれるのですか」
「人は神になれない。これは理である」
「なるほど」
赤城は額の汗を拭った。乱造もつられて汗を拭う。
「もう少し聞いてみましょう」
「あなた方は寿命が短いですね」
「それが宿命である」
「仏や神になれる種を持つ一族なのになぜ早く死ぬのですか」
「早いとは思わない。自然のことだ。種の受け渡しがすめば我々は役目を終えるのだ」
答える日向は、声が震え始めた。薬の副作用で死が近づいているのだ。
「よし、わしが尋ねる」
乱造はベットのそばへ行った。
「お前の一族はどこにいる」
「世界中に・・・散らばっている」
「神になれる奴がいるのか」
「真が・・・真が神の道を・・・」
「真とは誰だ」
「真が・・飛翔・・できる・・・」
がくりと顔が倒れた。そして、それっきり口を閉ざしてしまった。日向守は、その生涯を閉じた。
そんなことにはお構いなしに二人はうなずき合った。
「おもしろいですね。会長」
「真という男をまず探し出すことだな。赤城君、この男を徹底的に調べるのだ。大事な標本だ」
「それでは所長と相談として」
「所長?。あいつはもういい。役にたたん。赤城君がここの責任者だ」
「ありがとうございます」
赤城の目が光る。赤城にしてみれば、出世などたやすいことなのだ。
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