第9話 歓喜天

高千穂の宮崎自然科学研究所の電話が鳴った。


立川真は、パソコンから目を離して手元のコードレスホンを取った。電話を聞く真の顔が曇る。


「それで、親父はどうした。いなくなったのか。よし、すぐ行く」


真は電話を置くと怒鳴った。


「弘子、出かけるぞ」


奥の部屋から弘子が顔を出す。


「どこへ行くの」


「上人村だ。親父が誘拐されたそうだ」


「そんな・・・」「お前も来るか」「すぐ用意するわ」



2人は支度をすませ、車に乗り込んだ。弘子がドアを閉めたとたん黒いパジェロは急発進する。


「なんで、法師様が」


「事情がまったくわからない。親父は涅槃の時が近まっている。夜は紫紺湯で眠り込んでいるので、何もわからないはずだ。それよりも、運慶と知念が賊に殺されているということだ。あの2人を殺せる奴などいないぞ」


「とりあえず、一族と相談しなければ」


すべての不安が走馬燈のように、前頭葉を駆けめぐる。ありえない速度でパジェロは夜の道を突っ走っていった。



荒木と沢田そして紀子は、立木の前にいた。


「ご苦労、収穫はあったか」


「はい、男を1名拉致しまして、研究所で収容しています」


荒木は直立不動で答える。


「細かいことは車で聞こう。お前達は帰っていい」


「ありがたい」


沢田と紀子は一刻も立木の前にはいたくないらしい。


2人とも逃げるように部屋を出ていった。


「どうだ、あの連中は使えるか」


「はい、状況により戦力として使えるかと思います」


荒木は沢田の恐るべき力を報告した。感情と任務は、はっきり区別できる男なのだ。


「よし、研究所へ行くぞ」


立木は、荒木を連れて執務室から出ていく。



荒木と話しながら歩く。


「お前の話を総合すると、どうもただ者ではないな。お前が見た仏像は歓喜天の双身像といって立川流の象徴だ」


「密教ですか」


「そうだ。一般的にはセックス宗教といって、江戸時代には絶えているのだが、形を変えて生き延びているんだろう。当て推量は、本質を見誤る元となる。所長の調査をまとう」


あくまでも、立木は理論派なのだ。



二日後。研究所からの報告で、会長の稲川乱造は研究室に来ていた。


「所長、あの報告は確かか」「はい」


まるで借りてきた猫だ。よほど怖いのだろう。


「あの男の細胞と遺伝子を出来る限りくわしく調べました結果、遺伝子に明らかに今まで発見されていないパターンが多数発見されました。更に細胞内に多数のミトコンドリアの痕跡が見つかったのです」


「具体的にはどういうことだ」


「遺伝子の進化論の中に隠れ遺伝子論というのがあります。つまり普段使わなくても、非常時には活躍するといった考え方です。

現在全ての遺伝子が解読されたわけではないので新型のパターンと判読するのは難しいのですが、鳥や、魚など人間以外で解読されている遺伝子がかなりの量で混在しているのです」


「もっと具体的に話せ」と、所長を怒鳴りつけた。


乱造は、機嫌が悪かった。移植した胃が、やはり調子が悪いのだ。所長は、硬直したようになり目を白黒させた。


「私が代わりに話しましょう」


所長の後ろに控えていた鋭い目の白衣の男が話し始めた。赤城龍彦である。東大で大秀才と折り紙を付けられた副所長である。身長は168cmくらい。扁平な三角の顔に細い目、いまどき珍しい鼈甲のメガネフレームがダサい感じに拍車をかけている。ずんぐりむっくりの体形。決してもてるタイプではない。しかし、30才と若いがその理論はまさに剃刀の切れ味がある。


「この男は、新しいタイプの遺伝子を持っています」


「うむ、龍彦君か。話を続けてくれ」


乱造は、この孫みたいな年齢の男に好意を持っている。


「今までの概念をうち破った存在です。つまり鳥人間や、魚人間といった人類が生まれる可能性があるのです」


「うむ、つまり進化種か」


「はい。しかし最近起こった突然変異ではないですね。たぶん大昔から、人間と共存していたと考えたほうが自然でしょう。ただこの違う動物の遺伝子は不活性です。つまり今は役に立たないのです」


「すると、妖怪のたぐいだろうか」


「そうとも言えますが、可能性が多すぎるのです。一つの生物がこれだけの可能性を持つことはあり得ません。さらに普通心臓の筋肉にみられる多数のミトコンドリア、これは活力の源ですが、普通の細胞に存在していた痕跡があります。もしこの不思議な遺伝子が活性した時に使われるとも考えられます」


「つまり、この男は化け物の可能性だけを持つのだな」


「その通りです。更に不思議な事はその寿命の短さです。なぜ自殺遺伝子が50才前後でいっせいに働いて老衰しなければいけないのか、必然性がわかりません」


赤城の話は、まさに立て板に水でありよどみがなかった。


乱造は考え込んでいた。乱造の考えている進化とは、能力の増大であり、寿命の長さであった。超能力者達を調べるのも、現在の人間種にプラスアルファーを求めていたからだ。


しかしこの男は、鳥や、魚、獣の遺伝子を持つという。これではまさに化け物である。その上寿命が短い。


どうとらえていいのかわからないのだ。

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