第8話 独鈷杵
上人村は日が暮れると真っ暗になった。その暗闇の中に、3人の人間が姿を現した。
「いくぞ」
荒木は先頭に立って、上人天地寺の境内へ入っていった。本堂には確かに人の気配がある。どの扉もがっちりとした鍵がかかっていた。荒木は、窓ガラスを見つけ行動を起こす。
テープを貼り、ガラス切りで巧みに穴をあけ、手袋をつけた手を差込み、フック状の鍵を開けた。荒木にしてみれば、これくらい児戯に等しい。やすやすと3人は侵入に成功した。
真っ暗な本堂の中で、荒木は水中眼鏡のような赤外線暗視スコープを付けた。
壁沿いをゆっくり進んでいく。
「誰だ」
いきなり低い声が聞こえた。だが、どこから声が出ているのか方向がわからない。
荒木は、ナイフを抜いた。
「泥棒か、警察に通報するぞ」
再び聞こえる。荒木は暗視スコープで見渡すが、大きな柱がたくさんあり、声の主を捜せない。
紀子は目を閉じ集中し始める。
「左よ。いちばん左の柱の陰にいるわ」
紀子の集中がピークになる。
左奥の柱の後がわずかに青白く光っている。とても微弱な光だが、真っ暗なのではっきり目視できる。
「あの光よ」
荒木はいきなり走り出した。暗闇での攻撃は得意なのだ。
青い光を放っている柱の斜めに走り出す。男はすばやく移動する為に反対の方向へ動いた。走りながら男へナイフを投げる。男はかわし損ね、もんどりをうつ。足に命中したようだ。
荒木は素早くもう一本のナイフを手にしている。倒れている男に、右手にナイフを構え、滑り込む。
「ぐっ」
短いうめきが漏れた。ナイフは見事に心臓を貫いている。荒木が動いて、5秒もたっていない。
次の瞬間、「ヒュー」と音を立てて荒木の背中へナイフらしきものが飛んできた。
体をひねらせ刃物を交わす。次の瞬間、荒木の体に衝撃が走る。さすがの荒木も、ショックで身を縮める。床を回転しながら、柱の陰へ逃げ込んだ。
声一つ立てないが、荒木の顔は苦痛にゆがんでいた。左手の上腕に見事に見慣れぬ武器が突き刺さっていたのだ。荒木はそいつを引き抜いた。両側に鋭い錐のようなナイフがついており、中央を握るようになっている。
独鈷杵だ。密教の法具だが、こいつは実用だ。
独鈷杵は、荒木に向けて2本、時間差で投げられていた。1本目は音がでる独鈷杵で、二本目は無音だった。
荒木は、長袖の防弾シャツを身につけている。そのシャツを突き通っていた。恐るべきスピードだ。ご丁寧なことに、その上にしびれ薬が塗りつけられている。荒木は一時的に身動きが出来なくなってしまった。
沢田と紀子は隅でじっとしていたが、沢田が肘で紀子をこづく。紀子は頷き、再び思念をこらした。
紀子のテレパスは電気だ。人間の微弱な電波を感じることが出来るのだ。さっきの仕業も、紀子の力だった。紀子は相手の生体静電気を増幅して、相手を青白く光らせたのだった。今回も、同じ事を試している。
沢田はゆっくりと動く。男が動く気配がする。急に自分の体が光り始めたので驚いたのだろう。沢田はわざと足音を立てた。その瞬間、いきなり羽交い締めにされた。
「お前達は誰だ」
腹に響く声が耳元でささやく。沢田は精神を集中する。
「ぐわっ」
突然、羽交い締めにした男が目をむいて崩れるように倒れた。
「ふう・・」
思わず息が漏れた。そのまま、沈黙が流れた。荒木が足をもつれさせながら駆け寄ってきた。
「警備は2人だったようだな」
やっとしびれがとまったみたいだ。
「何をしたんだ、沢田」
荒木は何が起こったのか、理解できなかった。
「これが俺の超能力さ。奴の脳味噌の神経を引きちぎってやったんだ」
「凄いわね」
「俺の念力は1メートル以内じゃないと、きかないんだ。頼むぜ、荒木の旦那。こういうのには慣れてないんだ」
沢田の顔は汗びっしょりで、青ざめている。
「只の寺じゃないな。これを見ろ。独鈷杵だ。こんなものを武器に使う奴らなんてあったことがない」
「同感、同感。早いとこ用事をすまそうぜ」沢田は、臆病風に吹かれている。
荒木は、2人を引き連れて本堂の奥へ進んだ。長い廊下を渡りきったところに、鍵のかかったドアがあった。荒木はその鍵も造作なく開ける。静かに中へはいる。
広い部屋だった。奥の方にロウソクの炎が2つ見える。祭壇があり護摩壇もある。その前に一人の男が布団に入っている。眠っているのだ。
紀子は思念をこらした。
「大丈夫よ。何か薬物で眠っているわ」
「よし」
荒木は祭壇の前まで注意深く進む。ロウソクの揺らめきに祭壇の中の仏像が照らし出されている。
「何だこりゃ」
沢田が素っ頓狂な声を出した。その像は2人が抱き合っている奇怪なものだった。しかもおまけに頭部が象なのだ。
「気味が悪いわ。早くして」
荒木は、その眠っている男を軽々と担ぎ上げた。そして3人はその場からいなくなった。
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