第11話 侵入
乱造と赤城は足早に会長室に戻った。乱造は使い込んだマホガニーの机に座ると、机上のインターフォンを押し立木の名前を呼んだ。
「立木、早く来い」
緊張感のある沈黙がわずかに発生する。その沈黙を、ドアを開ける音が簡単に打ち砕く。軍隊式に部屋に入り、乱造の机の前に直立不動の姿勢をとる。流れるような動きで、ためらいも躊躇もない。
「立木、真という奴を捕まえてこい」 乱造が命令を出す。
「わかりました。直ちに部下を」
乱造の興奮は冷めていない。「いや、お前がいけ。失敗は許されんぞ」
「わかりました」
わずかな会話で、重大な事が決まり、スタートした。
「会長のために、進化の遺伝子を発見します」 赤城はお世辞も抜け目ない。
「頼むぞ赤城君。君なら出来るだろう。わしは神になれるかもしれんのう」
乱造の顔がほころび始める。立木はじろりと若い赤城を見据える。赤城はそれに気づくとクルリと背を向けた。立木も、直ちに会長室を出た。
立木は夕刻6時に、荒木達を武蔵野の野外訓練場の司令部の地下駐車場に集合させた。
ここは、元自衛隊の野外演習地だった場所を東セラグループが譲り受け、徐福研究所の実行部隊の訓練場にしている。
今回の作戦は、会長の命令で立木が自ら指揮を執ることとなったが、立木が実働部隊として指揮を執るのは非常に珍しい。
部隊には緊張がはしっている。黒づくめの部隊は全員で7人だ。荒木を行動隊長として、超能力者を2人、行動隊員が4名の編成だ。
精鋭部隊である。念力の沢田だとテレパスの紀子も前回の働きを買われて強制的に参加されられた。
「いいか、標的は日向真、一人だ。後は必要ない。妨害されたら容赦せずに殺せ」
荒木は返事をする代わりに、素早く武器を点検する。集団はヘリポートに向かう。
立木と荒木は陸上自衛隊をカムフラージュしたAH64Dアパッチ・ロングボウに乗り込む。世界最強の攻撃ヘリコプターである。残りはUH60ブラックホークで移動だ。
天地一族の生息する宮崎県上人郡上人村の侵入作戦を開始した。
日向真は、事件の一部始終を聞いたが、誰が父を誘拐したのか見当がつかなかった。警備役の運慶と知念は死亡しているからだ。
特に知念の死因は外傷がなく、脳障害の痕跡があるがショック死のようで、ますます謎は深まっていた。2人とも、武術に関しては達人である。2人を殺せる奴など思いあたらないからだ。とりあえず事件の日から真も弘子も、この寺にとどまっている。
「弘子。みんなとも相談したのだが、親父がいなくなった理由はわからんが、ここは一族の掟に従い、隠れようと思う」
「そうね、只の事件ならいいけれど一族の事をかぎ回っているとしたら、大問題だわ。明日にでも、仲間に連絡を取って移動しましょう」
「とりあえず、重要書類と秘宝は地下の金庫室にしまい、五人衆で警備をすることにした。まさかと思うが念の為だ」
「真の飛翔が近間っているのよ。真も奥の間にいた方がいいわ」
「そうしようと思う」
2人は本堂に行った。本堂には一族が集まっている。一同は真を待っていたのだ。50人ほど集まっている。
みな板張りに正座しており無駄話は一切ない。本堂の静寂さは事の重大さを物語っている。真は本尊の前に立ち、冷静さを保ちながら話し始める。
「皆の者、このたびの事件は原因が不明である。しかし、我が一族の掟どおり、隠れることに決定した。隠れは2日後に行う。それまでに準備を済ませておくようにしてくれ」
一族は黙ったまま頷く。
「また念のため、警備を厳重にすることとした。皆の者も気を付けといてくれ。それと、こんな時にいうのもあれだが、私は飛翔の入り口に立った」
本堂の中の空気が変わった。一族の危機と悲願達成への希望が入り交じったピンと張り詰めた空気だ。
おう・・と言うざわめきが本堂に集まった一族に広がった。
「完全ではないが、目安は付いた。失敗すると死ぬかもしれないが、一族の悲願を叶えられるかもしれない。以上だ」
一族に不安と期待の興奮が伝染していく。無言のまま解散を始めた。
風が吹いている。冷たい風だった。月も出ている。満月である。月夜は隠密攻撃には不適当である。
冷たい月の光がこの山奥の村に降り注いでいる。90余名もすんでいるというのにこの村は静まり返っている。不自然な静けさだ。おまけに30軒近くの家々の明かりは消えている。
まだ夜の8時なのだ。普通なら1軒ぐらい電気が付いててもおかしくない。警戒しているのだ。家々は粗末な作りだが、統一感がある。明らかに計画的に作られている村だ。
立木達は、寺の手前の雑木林に潜んでいた。
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