第25話 弥勒の誕生
乱造は考え込んでいる。
「どうだ、赤城。理論的にはどうなのだ。立木の説明に真実味はあるのか」
赤城はじっと考え込むような顔をしていたが、頭だけは天才的な科学者であることは間違いではない。今、猛スピードで仮説の構築をやっていたのだ。
「会長、この男のいうことも、残念ながら一部信憑性があります。ウィルスの脅威はエイズなどで十分知られているとおり、人類を滅亡させる生物兵器としては完璧に近いと思われます。もし風邪のように空気感染するとしたら防ぎようがないでしょう。
次に、変身した直後、過去の知識を得たという話ですが、全然でたらめというわけでなく、大腸菌の実験で獲得形質が遺伝するという実験の報告があり、未知の生物では知識が遺伝するといった事柄も全くのでたらめではないでしょう。
また、ウィルスによる進化は日本の1971年に慈恵医科大学の中原英臣博士がとなえた、生物はウィルスに感染して進化するという考えは少数の支持を得ていますので、科学的な根拠があると思われます。
神と呼ばれる進化種ですが、個体数が何百という数字では進化した生物として固定化される個体数としては絶望的なほど少なすぎますので、一時的な突然変異と見たほうがいいでしょう。
彼らが悪性化するウィルスの宿主、もしくは媒体という話ですが、エイズがアフリカミドリザルから人間に感染したという説が一般的になっていますので、違う生物にウィルスが入り、悪性の病気を広めるというのは理論的にはかなりの信憑性があります。
利己的遺伝子と呼ばれるホーキンズ博士の論は賛否両論ありますが、この考え方のほうが説明がつきやすいのも事実です。ただ遺伝子を超えた存在というと、科学ではなく宗教の世界でしか説明がつかないでしょう」
騒がしい赤城も、理論を展開するときはいかにもインテリらしい。
「うーむ。いずれにしても、人類最悪のバイオハザードということじゃな。しかし、バイオハザードなら、10年前に完成した、バイオシェルターで対抗できるじゃろ。
赤城、総理に連絡して万一の事態の危機管理を詳しく伝えよ。立木が変身したのが幸いだったかもしれん。
ワシらは恐竜ではない。ウィルスごときに滅ぼされてたまるか。神々のことはまた対策を練ることにしよう。まだまだ資料不足じゃ」
「さすがは会長。これは地球規模のバイオハザードです。神達がどんな行動に出るかは、今の時点では不明ですが、十分気をつけて下さい。」立木はしおらしくいった。
さらに赤城にむかった。
「赤城さん、私は悪魔の阿修羅ではありません。阿修羅というのは後の神話で悪魔の代名詞のように語り継がれています。
しかし、本当は阿修羅族という神と同列の種族なんですよ。もっとも、族といっても今は私一人しか存在しませんけどね」
ぞくりとするようなウィンクを赤城に投げかけた。赤城の背中に官能のインパルスが走った。阿修羅のすごみのある美貌に、開いた口がふさがらなくなってしまった。
真一族の本拠地施設
真達の一族は、戒律のせいで長い年月の間に知らずに血が濃くなってしまっている。その為日本以外の同族と結婚させる習慣があった。そのせいか西洋人の血が混じっており、みんな彫りが深くエキゾチックな美男美女が多いのだ。
そんな一族の中で、美春はとびきりの美人だ。去年、インドの一族の青年と婚礼が決まり、無事懐妊して日本に戻ってきたのだ。婚礼といっても一緒に住むわけではなく、その血筋を絶えさせないための古来からの知恵であった。そんな美春の子どもだ。何か重要な意味があるはずなのだ。
軽い失神状態にあった美春が我に戻った。
「赤ちゃんはどこ」
「ここですよ、保育器の中にいますよ。元気な赤ちゃんですよ。」
そういって保育器をベットに近づけようとしたとき、看護婦が「あっ」とさけんだ。
「どうしたんだ」
看護婦は赤ちゃんの股間を指さしていた。そこには、何にも付いていなかった。
「しんじられん。性器の付いていない人間などいるはずがない」
「どうしたの。ミロクはだいじょうぶなの」
美春は心配そうに真に聞いた。
「美春、この子の名前はミロクというのか」
「そう。私のあかちゃんが生まれた瞬間、私の意識はどこかへ飛んでいっていたの。
気が付いたら、真っ暗な空間の中に大きな球が浮かんでいたの。最初は一つだったけど、どんどん分裂していくの。
まるで曼陀羅のようになっていて、その中心にある球から、声が心に響いてきたの。
その声は、こういったわ。
ミロクじゃ。弥勒が生まれたのじゃ、そういっていたわ」
「この子が弥勒様か。そういえば生まれたばかりだというのに、泣きもしないで、ほらにこにこ笑っているぞ。この子が生まれたのは大きな意味があることだと思われる。よし、みんな万全の介護体制をとるように」
真は、そう指示して医療室をでた。
弥勒菩薩はマイトレーヤともいう。数多い菩薩の中でもこの弥勒菩薩は別格な存在だ。なぜなら未来に生まれる仏だからである。釈迦が入滅してから56億7千万年後に仏となって、衆生を救済するという言い伝えがある。
部屋に戻るとインターホーンで秘書にすぐさま連絡をした。
「藤堂先生をここへ呼んでくれ」
藤堂というのは一族の医師だった。彼に私たちの進化の変化を詳しく調べさせていたのだ。何分か後に藤堂がやってきた。中年の温厚そうな医師であった。
「真様、およびですか」
「うん、藤堂先生。私たちの診査の結果と、ミロクの誕生について、あなたの意見を聞きたいのだ」
藤堂は、大きくうなずき気分を落ち着かせながら話し始めた。
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