第29話 世界の神たち
その時インターフォンがなった。
「会長、赤城です。彼らのウィルスの感染者を拉致しています。立木を実験室までよこすように指示して下さい」
「うむわかった。立木行くんだ。滅びゆく定めの人類にも、何らかの道が残されているはずだ。もしかしたら、彼らがばらまくウィルスに対抗して生き延びることが、本当の神の意図かもしれないのだ。立木の出現もプログラム済みかもしれんからな」
立木は黙って立ち上がった。彼も実はそう考えていたのだ。私は神と戦う宿命にある。只の突然変異ではないのだ。神の攻撃を出し抜いて生き延びることこそ、本当の使命なんだと。
彼は、3重に密閉されたドアをぬけ、研究室へ行った。分厚い強化ガラスの奥に赤城が待っている。いよいよ、神の作り出したウィルスに出会うのだ。
情けない顔をした赤城が完全防御のバイオハザード用のビニールスーツを着込んでいる。とんでもない臆病者だ。赤城は阿修羅のことを全然信用していない。しかし、会長には絶対服従だった。
「阿修羅」 赤城は立木を必ずこう呼んだ。
「この奥の部屋に、あの進化種達のウイルスが感染していると思われる人物を監禁している。神たちに接触して、極端に性格が変わったものが数名いたので、憶測だけで確保してきたのだ。残念ながら何度検査してもウィルスは特定できなかった。本当にウィルスは存在するのか」
赤城はいらいらした口調で阿修羅に詰め寄った。「それでこそ、神のウィルスだ。今の人類の科学力をしてもわからないのはしょうがないことだ」
阿修羅は涼しい顔をして答えた。こんな顔が赤城は気にくわないらしい。しかし会長の命令でもあるので、いっさい逆らうことが出来ないのだ。もし、ゴッドウィルスの感染者なら、近づけばわかるはずである。
阿修羅は、そのままの服装で感染者らしき人物の部屋に入った。入り口には、消毒通路があり、自動的に完全殺菌する仕掛けである。30秒ほど光線とガスで消毒をされる。それが終わると扉が開いた。
感染者らしき人物は、実に温厚で落ち着いた顔をして椅子に座っている。阿修羅はその男に何か話し、肩に手をおいた。その瞬間阿修羅は全てを了解した。そのままその部屋を出た。
出てきた阿修羅を憎々しげに睨み付け赤城は話す。「その男は現在の所、きわだった負の症状が現れていない。それどころか、非常に他の細胞が活性化しているんだ。このリポーターは慢性の胃潰瘍だったらしいのだが、接触後、自然治癒している。更に薄くなった頭髪が生えてきている。そのほかにも、若返り的な効果が現れているのだ。本当にこのウィルスは殺人ウィルスなのか」
赤城はパソコンの資料を見ながら、疑わしそうに阿修羅に聞いた。阿修羅は、過去帝釈天と戦った昔のことを思い出すように話し始めた。
「うむ。つまり、このウィルスは急速な細胞の活性化を促すのだ。その結果、本人は若返り、病気は治癒し一時的に非常な健康体になる。しかし、実は急速に命を燃やしていることになる。その後2次症状として常時、脳内モルヒネが多量に分泌されるようになる。そして自然死をする。発病して1年後には死ぬのだ」
「それでは、病気のような苦痛はいっさいないのか」
「そうだ、むしろ幸せになるだろうな。しかし確実に死ぬ」
「さすがに神のウィルスだな。かかりたくなる病気だ」
阿修羅は無造作に研究室に入ろうとした。「ちょっと待ってくれ。最後に確認したい。阿修羅が神のウィルスに感染するとウィルスの方が変異を起こすといったな。阿修羅のウィルスはどんな症状を起こすのだ」
阿修羅はちょっと考えた。「厳密にいうと、かかってみないとわからない。前回の戦いはかなり昔のことだったからな。大気の変化もあるし神のウィルスも微妙に変わっているだろう。ただ一ついえるのは、1年後には死なないということだ。どういう変化が起こるにしろ、神と対抗できるのだ。時間がない。入るぞ。何時間かかるかわからないが、俺がOKを出すまで、ここは封鎖しとくように」赤城は黙り込んで、首を縦に振った。阿修羅は強化ガラスの向こうに消えていった。
世界中に似たような現象が起きていた。
キリストがイスラエルで復活したり、モハメッドがよみがえっている。
エジプトではモーゼ、ギリシャではアポロンが現れていた。よく考えると、内容が統一していないのだが、宗教というのはいともたやすく、その非合理性を埋めてしまうのだ。
ただ一つ一致しているのは、彷徨していることだ。聖地と呼ばれる場所を目指して進んでいるのだ。特にキリスト教圏の騒動はすごかった。各地で暴動が起き、パニックを引き起こしていた。
エルサレム近郊の丘。つまりキリストが十字架の刑に処せられた地、ゴルゴダの丘に突然、神とおぼしき13人の集団が現れたのだ。キリストらしき人物の頭には茨の冠をかぶっており、そこを動こうとはしなかった。
各国々に、不思議な能力を持つ人物が30人ほど突然現れた。彼たちは真と同じ能力を有していた。要するに生物的なスーパーマンであった。
最初は彼らはその地にとどまっていたが、ある一定の時期が来ると、各人バラバラに移動し始めた。彼らの神々しさと、美しさは特筆されるものであり、彼らは鳥や、獣、虫などと話が出来るように見えた。
やはり、身体には強力な静電気が常に帯電しているらしいのだが、それを制御出来るようだった。彼ら達は全て穏やかで、静かだったが誰の目にも、まるでロールスロイスがすごくゆっくり走っているようなパワフルな雰囲気が感じられるのだ。
彼らに触れたものや回りにいるだけで、全ての病気が治癒していくのだ。更にどんどん健康になっていき、若返りをしていくことだけは同じだった。次第に彼らを神と呼ぶ人々があふれだした。彼らはそう呼ばれても否定はしなかったので各宗教の聖人達の名前を付けて呼ぶようになった。
世界中のテレビ局と報道機関は我先に、この聖者達を追いかけ始めたのだった。あっという間に世界中は大混乱の渦に巻き込まれた。しかし、世界中はこれまで、人類が経験したことのない、至福の時代が訪れていた。
世界中のジャーナリズムは、最初面白がって、こぞってかき立てたが、半分は辛辣な事ばかりだった。しかし、3ヶ月もするとその影響力は驚異的なものとなった。神達の回りに行くと、確実に病気が治るのだ。
エイズもガンも見る見るうちに治癒するのだ。これほどの奇跡が、現実に起こっている。世界各国は一斉に本格的な調査に乗り出した。各国政府の諜報部隊は秘密裏に盛んに動いていた。しかし、人類よりも優れた能力がある集団というだけで、それ以上は憶測のみで何一つわからなかった。
神々がばらまいているウィルスは現在の医療レベルでは発見すら出来ないのだ。しかし、全ての世界の人々が歓迎しているのではなかった。悪意を持った集団がたくさんいるのだ。至る所で神々に対するテロが頻発した。
アメリカにも神々の一族が出現していた。30名者もの天使達の一団はカリフォルニアからニューヨークを目指していた。彼らは全て背中に大きな羽が生えている。彼らが進んでいく道は大騒ぎになっていた。
ある時、テロリスト一団が車で神々の列へ、つっこんできた。ところが50メートル手前でエンジンがストップしてしまった。そのままだれも出てこないので警官がおそるおそる車のドアを開けてみると、中にはあらゆる毒虫におそわれた、テロリスト達が3名息絶えていたのだ。
神々は虫や鳥、動物達と自由に交信が可能なのだ。神々にはテロリストの来ることは、すでにわかっていた。虫達は神々の指示通り、車についている様々なコードを食いちぎり、サソリや、蜂、毒蛇などは車の中のテロリスト達に一斉に襲いかかったのだ。
つまり、神々は人間以外のあらゆる生き物からガードされていたのだ。人類は人間以外の動物達の本当の恐ろしさを知らなかった。イヌの嗅覚、虫の飛翔力、毒を持った生き物、これらが神の意志で統一された動きをすると、強力な軍隊さえひとたまりもないのだ。
ハイテク機器は、コードを小型の昆虫に全て切断され使いものにならなくなってしまう。考えてみれば死を全くおそれない動物達の攻撃など人類は今まで考えたことなどなかった。そんな動物に守られた神々を攻撃できる人間などいやしないのだ。神々に悪意を持っている人間達は、秘密のうちに行動不能になっていたのだ。
アフリカ、ヨーロッパ、中近東、アジア、ロシア、日本、オーストラリア、アメリカ、中南米、あらゆる文化圏で彼ら達は突然現れ、わずか3ヶ月でその影響力は絶大なものになった。 現在まで紛争が絶えなかった、アフリカ、中近東、東ヨーロッパなどの国々に現れた聖者達はいつのまにか、紛争を集結させてしまった。
聖者達が通るだけで、あらゆる兵器が使用不可能になってしまう。さらに自然に戦闘能力が衰えるのだ。次第にだれも武器を持つものがいなくなった。
神々達は現在も行進を続けていた。そしてその神々の数は正確に666人だった。
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