第28話 パフォーマンス

吉祥というのは吉祥天のことである。もとバラモン教の女神で、のちに仏教に入った天女だ。顔かたちが美しく、衆生に福徳を与えるという女神の事である。


彼女の進化は、美の女神への美貌と人をひきつけるフェロモンの放出だった。彼女の至福フェロモンは体内から分泌・放出されて、人間の行動や生理状態に影響を与えるのだ。この場合、彼女の濃厚なフェロモンの影響により、強烈な至福感を味わったのだろう。


驚いたのはテレビ局だった。生中継での出来事だ。テレビカメラがストップしたので大急ぎでCMを入れたのだが、不思議な光景と美女を見た視聴者から問い合わせが何千と来て、ワイドショウの電話はとっくにパンクしている。


あまりの反響の大きさにテレビ局は驚いた。


公園で座り込んでいるディレクターの携帯電話がさっきから、10分間も鳴り続けている。やっと我に返ったディレクターは鳴り続けている携帯電話の通話スイッチを入れた。


「もしもし、なんですか」


ひどく間の抜けた話し方だ。


「何ですかは、ないだろう。たけちゃん。何があったんだ」


たけちゃんと呼ばれた中年ディレクターは、少し考えながら話し始めた。


「彼ら達は、神様だよ。正真正銘の神様だ。あの女性は吉祥天さまだ。あの瞳を見たら真実が直感的に分かったのだ」


「何、もう一度いってくれ。吉祥寺がどうしたって。もしもし、もしもし」


たけちゃんは通話ボタンをオフにした。そしてスタッフにいった。


「さあ帰ろう。神様が世直ししてくれるぞ。これで世界がかわるんだ」


みんな、てきぱきと機材を片づけ始めた。みんな顔がさっぱりしている。


吉祥天の強力な効果はテレビをとおしても効果絶大だったらしい。日本人の心を揺り起こすような美貌は、まさに女神を具現した傑作だろう。


各テレビ局は一斉にロケチームを組んであの不思議な一団の元に走った。国道を集団で歩いているのだが、早々と道々に数々の人々が土下座して拝んでいる。車も完全に脇に寄せてストップしている。グループの後ろには何百人も、白装束をきたお遍路さんや、太鼓を打ちならす宗教団体が付いてくる。


テレビ局は、車でそばまでやってくるのだが、途中でエンジンが止まったり、テレビ機材がおかしくなったりで、そばへ近づけない。


この一団が発している、強力な電磁波のせいである。彼らの静電気は尋常ではないのだ。半径百メートルはその影響を受けている。だから、真がそばを通ると時計が止まったり、何かとショートして火花が散ったりするのだ。


身体に電気を持つ生物など地球上たくさんいる。例えば南アメリカの河に産する、長さ約2メートルの電気鰻は三〇〇~八五〇ボルトを現実に発電する。


彼ら達の進化は、物理学的にも生物学的にも地球上で起こっている現象の寄せ集めに過ぎない。しかし、この人間の姿で様々な現象が起こると神様の奇跡に思えるのだ。


真達は、大きめの神社や仏寺があると必ず休憩をとった。そこには何千人者の人々が、神様を一目見ようと集まってくるのだ。



真達は、効果的なパフォーマンスをだんだん大規模に展開していた。


羽の生えた、鳥に変態をした子供が、みんなの前で衣を脱ぎ飛んで見せる。もちろん身体の変化は構造的に鳥と同じなので、ワシと同じように自由に飛べるのだ。


しかし、それが人間の姿をした子供の場合、まるで天使に思えるのはしょうがない。日本の神様や仏様の中に翼を持つものはいないが今の日本人には違和感はない。そしてそれは、民衆に対しては効果抜群だったのだ。


大きな翼を大きく羽ばたきながら、神社の境内に舞い降りる姿を見た年輩のグループは石畳の上に土下座して、頭を地面にこすりつけている。


「なんまいだ、なんまいだ、ありがたや、ありがたや」


一人がこう念仏を唱えると、回りにいる何百という人々が一斉に土下座を始めた。こんな光景が超望遠のテレビカメラで日本全国に映し出されていた。



東京都麻布にある謎の豪邸があった。


この土地に五百坪の敷地の中に立てられている、稲川の自宅であった。回りは高い雑木で囲まれていて、中の様子はほとんど分からないようになっている。この家の地下には秘密の核シェルターが作られていた。


今、核シェルターの中には、稲川乱造と赤城、そして立木がいた。


「馬鹿騒ぎが地上では起こっているな」


稲川乱造は苦い声でいった。立木も、モニターの前に座っている。


「彼らは、世界中で出現しています。宗教を利用したうまいパフォーマンスです。

 彼らみたいな変種が地上に現れると、現在の社会機構では警察などの防衛機構が関知して、犯罪者として抹殺されるおそれがあるのを熟知しているからでしょう。

 いきなり神という演出を使えば、かなりの時間が稼げます。彼らはすでにウィルスをまき散らしているでしょう。私たちも対策を早く立てねばなりません」


「うむ、その事は赤城に段取りを任している。


立木、少し疑問が出てきた。


「あの進化種どもの目的は殺人ウィルスのばらまきにある。それはよくわかる」


会長がつぶやく。


「まだそのウィルスの効果は不明か。ただ、この芝居じみたパフォーマンスは、誰の指示でやっておるのか。誰かみんなを操っている者がいるのか」


「会長。それは彼らの本能に近い行動だと思われます。民衆に対するパフォーマンスは特別組み立てられたものではなく、その時その時の対応の結果でしょう。


ただ心の指導者といえる者がいるのかもしれません」


「ふむ。彼らは自然の営みが生み出したものだ。自然のやることはわからん。私たち人類も自然が作り出した傑作だとおもう。しかしそんな種を自然は滅ぼそうとしている。それも納得がいかん」


「会長。人間の身体にも、似たようなことはあります。人間の細胞はある程度役目を果たしたら死ぬように設定されています。自殺遺伝子とよばれるものです。ただ時折、暴走して死なない細胞があるのです」


「ああ。ガン細胞のことだな。そうすると我々人類は地球の中のガン細胞ということか。だからこそ抹殺する必要があるというのだな」


「そう考えた方がわかりやすいでしょう」


阿修羅に変身した立木には、真たちの行動の真意はもっと深いものがあると直感で思っていたのだが、人間の会長には理解できないだろうと考え、会長に調子を合わせている。

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