第6話 短命種
もう日が暮れかかっている。18年ぶりの暖冬だった冬が過ぎもう3月上旬になったのだが、肌に感じる風はやはり冷たい。
東京でもやはり夕日は美しい。濃いオレンジ色の夕暮れの夕日はどこか郷愁を人々に思い出させるものだ。東京の一等地の広尾に建てられた徐福研究所も残照に映えて濃いオレンジ色に染まっていた。
3階建ての白い壁のビルの3階。1階2階は研究室になっていて3階が所長室だ。立木は応接セットに深々と座り、所長に詰め寄っていた。
「所長。御大は短命種が気になっているようだ。その後の追加調査と進化種への可能性を報告しろ」
「ああ、短命種ですか。あれは関係ないですね」
いきなり入ってきた立木にむっとしたのか、定位置の部屋の中央奥にある大きな机で所長は、渋い茶を飲みながら無愛想に答えた。小心なのに横柄なのは、小役人の証だ。
「私は報告しろといっている」
立木の顔は無表情だが、その声はすこぶるコワい。
「は、はい」
一瞬にしてはげ頭の所長は萎んでしまう。
「短命種の報告は3年前の秋、えーと、10月30日に、九州担当の調査班からありました」
あわてて所長はパソコンのモニターをみながら説明を始めた。
「えー、場所は宮崎県西臼杵郡日之影町上人村ですね。大腸菌O157騒ぎの時、強制診療の際のデータです。上人村総人口98名。平均死亡年齢が50才。死因は全て老衰です。現在の最年長者は、日向守 47才ですね。
この村は宗教関係者が多く、かなり過酷な修行を若い時からしているというので、その影響かと思われます」
立木の目が細くなる。
「宗教関係者とは、なんだ」
「エー、なんでも真言宗の流れをくむ天地教と称しているのですがありますが、調査の結果、立川流という流派とわかった、とあります」
「何、立川流だと。あの邪教がまだ生き残っていたのか。その他にわかっていることは何だ」
「短命種との呼び名は、新自殺遺伝子が彼ら達から検出されたからです。まあ自殺遺伝子は細胞の自殺機構アポトーシスとよばれ、ガンなどはこの機構が働かないため、異常繁殖するのですが、彼らのは40才ぐらいからこの細胞の自殺システムが働き老衰死を引き起こします。すなわち自然死が50歳前後にセットされているのです。
まあ、何らかの遺伝子異常でしょうが、アポトーシス自体がわからないことが多く、未知の分野です。我々が探しているのは、優性遺伝の進化種です。短命の遺伝子など劣性でしょう」
「所長。短命だから劣性とは限らないぞ。カメはの最長飼育記録は250才だ。それよりも立川流が気になる。再調査をしろ」
「はあ、調査員の都合もありますが、来月には報告書を作成できると思います」
「俺の命令は最優先だ。特殊部隊を使え」
又、声がコワくなる。
「特殊部隊はまだ使えるかどうか、はっきりしていませんが、いいのですか?」
「かまわん。特殊部隊がどれだけの力を持っているか調べるのにいいチャンスだ」
立木は冷たく言い放つと、さっさと所長室から出ていった。所長は恐怖の呪縛から解放され、汗びっしょりになっている。いそいで、インターホンのスイッチを入れる。
「木下、木下はいるか。特殊部隊に連絡をしろ。出動だと」と、がなり立てた。インターホンからは、あわてた声で返事が聞こえる。
「まったく立木という奴は何を考えているのかわからん」
所長は、冷や汗をびっしょりかいていた。少しめまいクラッとしたようだ。眼鏡を外して目頭を揉んだ。
徐福会の徐福とは、秦の始皇帝に「ここより東方の山に不老不死の薬がある」と進言し、三千人の童男童女と百工をつれて旅立ち、日本にたどり着いた中国の伝説の人物だ。その壮大な話が乱造は好きだった。
だが決して宗教的な盲信や疑似科学などに心惹かれないタイプである。若い頃病気がちの妹を献身的に支えて、その治療代を稼ぐのに何でもやってきた乱造である。30才で会社を立ち上げ、利益の高いものだけを片っ端から商売にしてきた。次第にのし上がっていく過程で人間の弱さやずるさ、醜さを人一倍身に染みている。
妹の病気のせいで、金目当てで寄ってきた怪しげな連中を信じたばっかりに、痛い目に遭ったのも原因だ。それから彼が信じるのは科学のみだった。
彼の徐福会研究所は、バイオテクノロジーを専門に研究しており、クローン技術を専門に研究させている。もうすでに、90才を迎えようとしているのに、不思議な若さを保っているのは、徐福会の研究成果である。しかし、それだけでは満足していない。
「人間は欠陥が多すぎる」
これが乱造の口癖である。彼は遺伝子に目を付けた。このあたりから乱造の科学万能という考えが微妙に変化していったのだ。遺伝子の不思議さに心がとらわれたようだ。
それだけ未研究の部分が多すぎて、常に推測と仮定の繰り返しが、乱造の心に一つの考えを根付かせてしまった。人間は進化しなければいけないという信念は、もはや神がかっている。最終目的は人間種の改造である。
アメリカの研究所でカンブリアシンドロームが報告された。つまり、遺伝子の変化が現実に始まっている可能性があった。大昔の種が蘇ってきたのは、進化の予兆であると信じている。そうすると、人間種にも新しい種の出現がすでにあるかもしれないのだ。
乱造は、徐福会の中に秘密組織を作り、遺伝子狩りを始めたのだ。しかし、その成果はうまく上がっていなかった。金にあかして探させた結果、偽超能力者と呼ばれる人間しか集まらなかったのだ。
中には、実用に値する特殊能力を持っている人間もいた。 乱造は、超能力者達を徹底的に調べさせた。だが遺伝子的に見れば普通の人間だった。
念動力、精神感応、予知、いずれも微弱な人間に起きる電気の作用で起こる現象で、進化と考えにくいものだったのだ。たしかに不可解な能力もあり、研究の余地があったが、乱造にはピンとこなかったのだ。
「彼らは、前座じゃ。本物のミュータントは必ずいるぞ」
彼の号令は、一段と強まってきた。あの立木でさえ、震え上がる妄執であった。
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