第16話 神の誕生


立木は作戦を変えた。この変幻自在さが立木の真骨頂である。


「真とかいったな。戦いはやめよう。お前の強さはよくわかった。だがこの村の住民は今頃、すべてとらえられているだろう。取引をしないか」


真は無言だ。


「このインカムで、命令を出せば今すぐ皆殺しできるのだ」


立木は、インカムにスイッチを入れて連絡をした。さらに真に聞こえるように受信部分のスピーカーをオンにする。


「第2部隊。状況を報告せよ」


すぐさま応答がある。


「こちら第2部隊の平田です。村人は全部とらえて集めています。直ちに射撃しますか」


真の顔がゆがむ。インカムをはずして、立木が尋ねる。


「どうする。皆殺しには10秒もかからんぞ」


真は即断する。


「わかった。お前のいうことを聞こう」


「なかなか聞き分けがいいな。平田。聞こえるか。人質はすべて研究所へ輸送しろ。射撃は命令は中止だ」


立木は座り込んだ。


「真とやら、外で輸送が完了してから、俺達も行こう」


真もどかりと座り込んだ。


「どこへ行くのだ」


「研究所だよ。そこで恐い人がお前を待っている」


部屋の中でも、ヘリの音と、車の音に混じって女達と子供達の悲鳴が微かに聞こえる。もう、夜が明けかかっている。


長い一日が始まった。



高級住宅地として知られる渋谷区広尾にある徐福会の研究所。真は3階建ての地下室の隅の一室に入れられている。6畳ほど部屋のドアの反対側の壁半分がマジックミラーになっている。ここには簡易ベットとドアのないトイレしかない。


真はマジックミラーに向かって座っている。立木から連れられてきたのは2日前である。真は一族を人質にとられているので、完全な無抵抗を貫いている。


その2日間、様々な実験をされた。CTスキャンには、何回もかけられた。血もたっぷり採られた。意味不明の実験もたくさんあった。真は、すべてに素直に従った。



村の一族は別室で監禁されているようだ。子供も20人ほどいる。立木は、時々無事でいることの証にビデオを見せてくれた。だいぶ憔悴しているようだが、一族の命は全員無事のようだった。


助け出すチャンスがないまま、2日も経ってしまった。この場所を抜け出すのは簡単だが、人質の身に何かあったら大変である。だから、言いなりになっている。


あの時の事を思い出してみる。


敵が来るのを察知して、弘子とともに瞑想に入った。瞑想の途中で萎えかけたが、弘子の力で立ち直った。瞑想の中で阿修羅に会い真は殺されたのだった。


次の瞬間、弘子から不思議な力を注ぎ込まれた。そして蘇生したらしい。生まれ変わったのだ。



「真君、聞こえるかね」


部屋のどこかにスピーカーがあるのだろう。声が響いてくる。真はマジックミラーを見つめた。


「真君、おかげでいろんな事がわかったよ。私と話をしよう。私は稲川乱造という。東セラのオーナーだといった方がわかりやすいかね」


「東セラという名は聞いたことがある」


「君は秀才の科学者だったな。それなら話が早い。君は自分の事を知らないだろう。教えてあげよう。ゆっくり聞きたまえ」


真は黙ったまま座り直した。


「君は、進化に成功したのだ。そう、立川流の奥義でだ。密教の力は知っていたがここまで出来るとは、正直思わなかったよ。


しかし、私は密教に興味がない。知りたいのは進化のことだけだ。もう少し協力してくれたら、一族はすべて解放しよう。確か君は瞑想中に1度死んでいる。そして蘇った。それはなぜなんだね。教えてくれないか」


真は弘子と話し合ったことを思い出した。


「瞑想とは、イメージの極地だ。我々はイメージの中で仏に会い、神に会う。しかし瞑想が終われば、又元に戻ってしまう。私も科学者だ。私達の遺伝子が、通常の遺伝子とは違う事は知っている。しかし神への遺伝子は常に不活性なのだ。どうすれば活性化できるのか、それが私の役目だったのだ」


「隠れ遺伝私論のことは知っていたんだな」


「我々の一族からは、神や仏が出現していることは法師から聞いている。キリスト、仏陀、マホメッド、神ばかりではない。空海、役小角、聖徳太子などの異能者達、妖怪、鬼、すべて人間でない者は私達の種から生まれているのだ。それは、私達の遺伝子の特殊性から来ることなのだ」



「ほほう鬼もか。なるほど」


乱造は、興味津々である。真は、自分の思考を整理するように話している。


「地球上の生物のあらゆる力を記録した遺伝子は、不活性のまま私達の種に取り込まれている。それはウィルスによる突然変異の可能性が高いと思われる」


「ウィルス進化論か」


「そうだ、私の研究ではたぶん人類がアフリカで誕生したとき、我々は人類と枝分かれしたと思われる。つまり私達は、ホモサピエンスといわれているお前達の次の種として誕生したのだ。そして私達の種には大きな特徴がある」


「特徴とは何だね」


「自殺遺伝子だ。私達は寿命が短い。それは遺伝子の進化サイクルでは、優位に働くのだ。」


「なるほど、遺伝子にとっては個体のサイクルが短い方が進化しやすいし、寿命が短ければ早期の結婚を必然的にするようになる。人間の体は15才ぐらいが、生殖にいちばん適しているらしいな」


「そうだ、私達の種は遺伝子の進化に適応している。しかしホモサピエンスは、個体の生存に適応しているのだ」


「話を最初に戻してくれないかね。真君」


「私が一度、死んだことか。キリストを知っているか。彼は一度死んでいる。そして復活を遂げた。私の結論は、この復活こそが飛翔の道だと理解したのだ」


「よくわからんが」


「パソコンのリセットだ。新しい遺伝子を活性化させるためには、リセットしなければいけなかったんだ。我々はパソコンと同じで、様々な機能を潜在的に持っている。しかし、それを使うにはリセットが必ず必要なのだ。仏教の即身成仏も、エジプトのミイラも、我々のリセットを真似しただけのことだ。そして、私はリセットに成功した」


「なるほど、なるほど。今の君の肉体は、スーパーマンと言っていい体をしている。獣の敏捷性と力をもち、コウモリと同じ、超音波を感じることが出来る耳を持っているぞ。まだある。のどには鰓が隠れている。まさに水陸両用だ。


考えてみれば、地球上の生物の能力は、超能力のかたまりといってもいい。脳味噌も80%に近い使用率という結果も出た。これがどんなふうに進行していくのか大いに興味が沸いている。つまり、進化とは地球上の生物のすべての能力で頂点に立つことだったんだと思われる。そう思わないか、赤城君」


初めて赤城が話し始めた。


「そうですね。だが、がっかりしました。200年前なら確かに、神に匹敵する能力でしょう。だが今の人間にとって、科学の力でほとんどの事は克服してきました。時代遅れのスーパーマンなら必要ありません。しかし、研究素材としては一級品ですね。神様を研究できるのですから」


「その通りじゃ。それでは真君、また合おう。そうそう、一族のことは赤城君に一任した。これからは赤城君のいうことを聞くのだな」


それいらい乱造の声はしなくなった。

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