第15話 変身
立木と荒木はドアから出ていく。後続部隊に指示を出すためである。心なしか部屋の空気が暖かくなった。
「沢田さん、何か感じない」
沢田は突然声をかけられて、ぎくっとしたがすぐさま、精神を集中した。小動物の警戒反応に似ている。
「紀子、感じるぞ」
紀子は沢田にしがみついた。
「さっきこの人をスキャンした時、何か反応を感じたのよ」
「わかった」
沢田は真に集中する。一応超能力者だ。感受性は強い。
「こりゃいかん。こいつは生き返っている」
そういうと、すぐさまインカムで立木に連絡をした。
マグナムで顔を吹き飛ばされた時の鮮血で、真の体は血まみれである。水たまりのように溜まった血の中に真は裸で横たわっている。
その血だまりに浸かっていた真の左手の小指の爪の先に小さな波紋が生じた。
100倍の顕微鏡でやっとわかる波紋だった。突然心臓救命装置AEDを使った時のように、ビクンと体が跳ね上がった。それから1秒後に真の体に変化が起きた。1マイクロ秒ごとに変形していく。
ぼこぼこと体の表面が波打ちだっている。体の中から色んな気体が沸き上がるように脈動し始めた。真は何か別のモノに変わっていっているのだ。
ぎしぎしと音を立てながら、体のサイズが変わっていく。音は骨の伸びる音だろう。骨格がMサイズから、3Lぐらいに変化していく。
胸がモリモリと厚くなっていく。大腿二頭筋、大胸筋、腹直筋、上腕二頭筋等が自転車のチューブが膨らむ様に盛り上がり、それらが束になって骨にまとわりついていくようだった。
つぼみが一気に花開くように真は、変身を遂げたのだ。
「げっ」
その様を直視した沢田と紀子は泡をくってドアの外へ逃げ出した。それと入れ替わるように、荒木が飛び込んで来た。
右手にはアメリカ軍の制式採用拳銃ベレッタM92Fを持っている。今まで死体となって横たわっていた場所に、すでに死体の姿はない。荒木が秘密部屋の真ん中で、注意深く見渡す。
「なぜ、我々を襲うのだ」
部屋の隅から、声がした。荒木は、声の主を確認せずに、反射的に声の方へベレッタを装弾数15発の内の2発をぶっ放す。
撃つと同時に、反対側に身を転がす。体を伏せたまま、撃った方向を確認する。
しかし、いきなり銃を持った右手を蹴り上げられる。ベレッタは床を転がっていく。強烈なけり上げだ。右手の甲が砕けたようだ。
「お前達は、何者だ」
荒木は注意深く、声の主を見上げた。そこには、変身を遂げた真が立っていた。2メートル近い大男だ。さっき横たわっていた真と同じ人間とは思えなかった。
「お前は真か。どうやって変身したのだ」
驚きを隠せない。変身した真は無言だ。荒木はむっくりと起きあがった。
左手でフットバンドに隠してあるフォックスの刃渡り10センチの折りたたみナイフを開いてを握っている。
一か八かでナイフを真の下腹部をねらって突き刺す。至近距離からの必殺の突きだ。真は体を開く。今の真は反射スピードがまったく違う。荒木のナイフが真の腹に刺さっているはずだった。
ごん
荒木の後頭部へ真の手刀がぶち込まれた。今の真からみれば、荒木の動きなど超スローもションのように見えている。荒木はあっけなく床に落ちていった。
荒木が床に落ちて、頭が2回目のバウンドをした時、立木が飛び込んできて、フルオートでサブマシンガンをぶっ放した。
荒木の事など、考えていない撃ち方だ。2つの体は蜂の巣になったはずだが、真の姿はそこになく、荒木の銃弾を受けたぼろぼろの死体が踊っているような格好で転がっている。
一瞬の静寂が訪れた。
ヒュー
独鈷杵が右手から飛んでくる。立木は状態をそらして避ける。
ぐっ
無音剣が見事に立木の太股に深々と刺さっている。得意の2重攻撃だ。
顔をしかめた立木は、所かまわずぶっ放しつづける。10秒ほどで、60発の弾倉は空になった。部屋の中のすべての装飾は元の姿をとどめていない。
「ちぃ」
立木は、舌打ちをしながら入り口へ後すざりしながら、弾倉を取り替えた。ブンと棒が飛んできた。錫である。
とっさに機関銃の銃身で払う。体制が崩れた。後ろに気配を感じたとたん、真に羽交い締めにされてしまった。
立木はうろたえた。あまりにも、相手のスピードが速すぎるのだ。まるで子供みたいにあしらわれたのが理解できなかった。
「お前達は何者だ」
両腕は、万力のような力で固定されている。
「お前は真か、どうやって生き返った」
「私の質問の方が先だ」
真は声までも変わっていた。
立木は自分の不覚さをかみしめた。だが立木の頭はフル回転している。意識のプログラマーが猛スピードのブラインドタッチでスクリプトを打ち込んでエンターを打つ。その時間は1秒だ。2秒目にはそのスクリプトが走り出す。
「私達は、研究所の者だ」
「何という研究所だ」
「日本総理府直属の保健衛生研究所だ」
「なぜ私達を襲う。法師をどこにやったのだ」
「伝染病だ。新種の恐ろしい伝染病がこの村に発生しているとの知らせが入った。そこで私達自衛隊は、調査に来たのだ」
「なぜ自衛隊が殺戮をする」
「殺戮ではない。そちらの方が応戦してきたのだ。自己防衛のために仕方なく攻撃をした」
締め上げられてる腕が急に楽になった。真は立木の後頭部をチラリと見ただけでその急ごしらえのスクリプトを感じたのだ。
「もういい。すべてわかった。お前達の考えは今すべて感じることが出来る。出来の悪い嘘はもういい」
両手が自由になった立木は、振り向きざまに、右肘で真の脇腹をねらった。空を切る。
はっ
勢いのついた体を回して、左足で高い回し蹴りをを真の首元を狙ってたたき込む。虎のスピードを持つ回し蹴りだ。
パン
真は右腕でその足を軽々とはじき飛ばす。立木は飛び退いた。真も間合いを取っているが棒立ちだ。
「私は、人間とは違う。戦っても無駄だ」
立木はじわりと間合いを詰めてくる。
「ほう、そうかい。やっぱりな。しかし俺も人間を越えているぜ」
いつの間にか、ベルトに下げていた30cmほどのゾグ製のサバイバルナイフを握っている。ブレードは、AUS8鋼材・パウダーフッ素処理塗装でハンドルは鉄よりも強靱と言われるザイテルで、ノンスリップのチェッカリング仕様だ。
すり足で真の右側に回り込む。注意深く体を向き合わせる。しゅっとフェイントでナイフがのびてくる。真が軽くかわす。
タンと立木が間合いを急に詰めてきた。右手のナイフが動く。しかしそれはフェイントで、左のストレートが真を襲う。
真は逆に一歩踏み込み、蛇のように伸びてくる腕を肘で跳ね上げ、手のひらの甲で立木の顔面を打つ。裏拳である。
バキッ
頬の骨が折れた音がしたかと思うと、立木が吹っ飛ばされていた。
「ぺぇっ」
立木は口の中の血の固まりを吐き出した。
「少林寺か。ちゃちなことをするじゃないか」
真達の一族は、いわいる山伏と同じ修行を積む。格闘技も練習させられている。真は、少林寺拳法を子供の頃から習わせられていた。ただ、今まではそれほど強くなかった。
今までの戦いも、真は意識していない。体が勝手に反応するのだった。真の動きは人間の動きではない。このままでは敗北は必死である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます