第35話 スサノオ
帝釈天に変身した真は、東京の皇居の東御苑に座っていた。回りには真の一族たちが思い思いに座っている。この場所に入る時、天皇陛下からの命令で皇宮警察は整列して敬礼したという。
帝釈天一行について回っていた民衆は、皇居の中に入ろうとせず皇居の周りを十重二十重に取り囲み静かに座っている。皇居の森の中から一人の大きな男が現れた。その後には何人かの神々と思われる集団が付いて来ている。
静かに帝釈天の前に立ち口を開く。
「スサノオと申す」スサノオの後ろにいた女性がずいと前にでる。
「卑弥呼でございます」他の神々を見れば、日本古来の衣装を身に着けている。
「帝釈天である」真は静かに答える。
卑弥呼に後ろにいた、やや張り大柄で鼻が伸びた男が口を出す。
「猿田彦です。帝釈天様がおいでになるのをお待ち申していました」帝釈天は静かにうなずく。
「そなた達も復活していると思いたずねて来た」スサノウは軽く頭を下げる。猿田彦が続ける。
「大和族は2000年以上神の血を絶やさずに来たおかげで、復活する事が出来ました。そして、その血の中からスサノウ様、卑弥呼様、それ以外にも大和の神々が復活しました。遺伝子というもののせいだと教えてもらいましたが、私どもは難しい事はわかりません。ただ、復活した意味はわかります。私たちは人々の最後を導くものとして再び現れたのです」
卑弥呼が口を開く。「ただ、阿修羅というものが生まれたという意味がわかりませぬ。古来よりあの者は大和の地にはいなかったと存じますが・・」
真一族の吉祥が話す。「阿修羅は特別でございます。元は神の一族ですが、西洋の地で生まれたと聞いております。そして私たちの役目を妨害する為だけに血を保ち続けたらしいのです」
「人の生きる欲望の現われなのだ」 初めてスサノウが話す。
「人はなぜ生きているのか知らぬ。それ故に生きる執着がすさまじいのだ。その執着が阿修羅というものを生み出したのであろう」
「そうじゃ、もしかすると私たちを滅ぼす力さえ持っているかも知れぬ。あのものの力を知っているのはミロク様だけじゃろう」
「そう、ミロク様だけがすべてを知っているのだ。われらは考えてはならぬ。人のさだめも星のさだめも、われらの手の届かぬところにある。ただ、人の執着は恐ろしい怪物を生み出す。あの八岐大蛇も人の思念が生み出した化け物だった」スサノオは昔を思い出したようだ。
猿田彦は一行を見てたずねる。「皆様方はこれからどちらに行かれるのですか」
「うむ、大陸に戻る。私たちの血の元はインドあたりだという」帝釈天とスサノオはお互いに軽く会釈をする。その時、猿田彦の顔が険しくなった。
回りの木の茂みや端の影になにやらうごめいている気配がある。「化け物どもの匂いがするぞ」スサノオは低くつぶやく。
ガサガサと回りの垣根がざわめく。ブンと風が吹き上げる。いつの間にか、伊達なスーツを身にまとっている阿修羅がいた。涼やかな瞳の奥には冷徹さを隠しきれない色がある。
「いやはや、大御所が二人そろっていますな」そういいながらスサノウに近づく。
「はじめて見る奴だな。貴様が阿修羅とかという化け物か」スサノウの低音の声に、きな臭い気配が立ち上がる。ひょいと阿修羅は後ろに飛びのく。
「スサノオさんよ。別に戦おうと思ってきたわけじゃないんですよ」おどけた口調で後ずさりをする。
「お二人を見たかったんですよ。神様ってやつをね。人類の敵がどんな顔をしているかと思ってたんですよ」そういい終わらないうちに右手でパチンと指を鳴らす。
茂みのざわめきが影に変わる。その影たちが吉祥とアメノウズメに向かってくる。天手力男命と毘沙門天がその間に入る。
バキッという鈍い音が複数する。足元に猿のような奴とカラスのように羽の生えた生き物が転がっている。天手力男命のこぶしと毘沙門天の剣が同時に化け物たちを叩き潰している。
「おっと、見たか。赤城よ。まともには戦わないほうがいいぞ」笑いながら阿修羅は逃げていく。阿修羅の足元にいた赤城は、呻きながら阿修羅のあとを追っている。
「また会おう」阿修羅の声が遠くから聞こえる。その阿修羅を追って影たちが遠ざかっていった。
何事もなかったようにスサノオは皇居に向かって歩いていく。大和の神々もその後に続く。いつの間にか帝釈天たちもいなくなっていた。
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