第23話 阿修羅
立木は、新宿のビジネスホテルを引き払い自宅へ戻った。まるで別人のようになった立木は、着替えるために戻ったのだが、スーツがどれも体に合わないのだ。
厳つい筋肉の固まりだったときの体型が、いかに変形したかよくわかるのだ。彼は肉体だけではなく、精神も大きく変わってしまったらしい。今までの野暮ったい服など、見向きもしなかった。
結局、家にある金500万を全て持って家を出た。行き先はデパートの高級ブティックだ。2時間ほどで、靴から髪の毛まで整えたその姿は、どんな男性モデルよりも美しかった。センスの良さも、群を抜いている。
もし彼がパリを歩けば、パリのファッションデザイナーがこぞって服を着せたくなるだろう。その美貌は生身の人間ではあり得ない。進化種達の変身における容姿は東洋と、西洋では微妙に違っている。しかし、美しいという点では共通している。
美しさは神の印だ。
人類が「美」という物に神々しさを感じる特質を持っているのだ。当然、抜群な美的感覚が遺伝子に組み込まれていても不思議はなかった。
彼の行き先は、徐福会研究所の所長室だ。
先ほど、携帯電話でアポイントを取っておいた。ビル内は過剰ともいえる警備がしかれている。
立木にとって勝手知ったる場所。悠然とビルの中を進んでいく。要所要所に配置されている警備員は、そんな立木をチェックする。
本来は自分の部下である。しかし、彼らは変わった立木を確認できないのだ。苦笑しながら立木は進んでいく。
所長室には東セラのオーナー、会長の稲川乱造と、あの生意気な赤城が待っていた。急ごしらえの防弾仕様のドアが開く。
立木をみるなり、二人は驚いた。
「おまえは本当に立木なのか」
冷静で老獪な稲川でさえ眼鏡をかけ直して、立木をまじまじと見つめた。
狡猾な赤城は、機関銃のようにわめき立てた。自分の理解できない事態に出会うと、幼児的な性格が一気に吹き出すようだった。
「会長、こいつはあの立川一族の仲間ですよ。あの時「阿修羅」と呼ばれているのを確かに聞きましたよ。「阿修羅」というのは悪鬼のことです。日向達が神でこいつが悪魔なんです。近寄るととんでもない祟りがありますよ。その証拠に、昔の立木さんとは似てもにつかないじゃないですよ。
こいつは化け物のドラキュラだ。
やい、化け物。何のようで私たちを呼びだしたんだ」赤城は、ただの悪ガキになっていた。
立木は、優雅にソファーに座って二人に向き合った。細身のタバコを取り出して、デュポンのライターで火をつける。映画の一シーンのようだ。
「まあまあ、赤城さん。僕は正真正銘の立木ですよ。だいぶ見た目が変わりましたが、間違いありません」
「嘘いうな。元はそうかもしれんが、あいつらと同じように変身した化け物だ」
赤城は、完全に舞い上がっていて、少々うるさかった。そんな赤城を手で制し、今まで黙っていた乱造は重い口を開いた。
「立木、おまえの変化の説明をしてくれんか」
立木は、会長と向き合った。
「会長、いや稲川乱造さん。確かに、僕は生まれ変わりました。阿修羅という名で呼ばれたのは本当です。しかし、私はあなた方の敵ではないんです。
あの神と呼ばれた者達こそ人類の敵です。それはその内わかるでしょう。私があなた方とあう必要があったのは、会長の力が必要だからです。
会長は総理とご懇意でしたね。日本国が滅ばないようにするには今の内から手を打たなければならないんです」
「ほう、日本が滅ぶ?。それは聞き捨てならんな」
乱造の眉間にしわが寄った。
「ウィルスですよ。人類が滅亡するウィルスを日向達、いやあの神々の一団が巻きちらすのです」
「ウィルス? それはエイズみたいなものか」
「そうです。ただエイズみたいな半端なもんじゃありません。確実に人類は滅亡するのです。あの恐竜みたいに」
いままでむすっとしていた赤城が又動揺したように突然話し始めた。
「恐竜だって。恐竜がウィルスで滅んだっていうのか。どこにそんな証拠があるんだ。それに、その殺人ウィルスは神様達が撒き散らすだと。ばかばかしい」
立木は黙ってにこやかにその悪態を聞いている。
「立木。おまえ達の変化は、まさに神がかっている。ワシも驚いた。しかし、見た目のどんな変身でも今の自然界でも十分説明ができる。何らかの原因で、たぶん芋虫から蝶になるように、ヤゴからトンボになるように変態したのだろう。しかし、変態を遂げたとたん新しい記憶と、知識が備わるなんて科学的に証明が出来ない。妄想だと思われてもしょうがないんじゃないのか」
乱造はあくまでも冷静なのだ。
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