第13話 眠る蛇

その時に、ダダドドド・・・・という立木の銃声が目の前の敵を吹き飛ばしていた。至近距離からの機関銃の乱射である。


目の前まで来ていた死神は、ぼろぼろになって吹き飛んでしまった。右の影は一瞬とまった。今度は「ドン」という音がしてその影も吹っ飛んだ。ラテン語で「偉大なる」という意味の形容詞を冠せられたマグナム44だ。


「荒木行くぞ」


立木の声がした。荒木は我に返った。


「躊躇するな、銃を使え。相手はただ者じゃない」


立木と荒木は、本堂の奥に踏み込んだ。さすがに立木は躊躇がない。機関銃をぶっ放しながら踏み込んでいく。荒木も、マグナムを2丁手にしている。今度は見境もなく、ぶっ放していく。


派手な総攻撃だ。ただ影はもういないようだ。前回と同じように、奥の間へ進む。立木がドアをマシンガンでぶち抜く。ぼろぼろになったドアに荒木が飛び込む。


回転をしながら、マグナムをぶっ放す。一瞬の突撃で、2名の影が死んでいた。立木は2つの死体にマシンガンをたっぷりぶち込んだ。


容赦も、躊躇も、立木にはない。まして、力比べなどという考えが全くない。戦いでは「躊躇」した方が死ぬのだ。


荒木は、傭兵時代、立木が味方からおそれられているのを知っている。味方であろうと、子供であろうと敵の可能性がある奴はまず、ぶっ放すからだ。


立木と行動するときは、要注意だ。味方といえども不穏な動きをすると躊躇なく、マシンガンが火を噴く、そんな男だった。


奥の祭壇には歓喜天が祭ってある。


「前回はここにあの男が眠っていました」


「ふむ、この奥を探して見ろ」


奥には人の気配が確かにあるのだ。


秘密の部屋に日向真はいた。この部屋は薄暗く、壁には曼陀羅が貼ってある。しかし普通の曼陀羅ではない。天地寺立川流掛曼陀羅だ。


大日如来が中心ではない。頭が象で抱き合っている双身歓喜天が中央に据えられている。実はイザナギ、イザナギをモチーフにしているのだ。釈迦如来、阿修羅、帝釈天、薬師如来、天照大神など神仏が入り交じったでたらめのような配置で書かれている。さらに、回りには髑髏が飾ってある。


この曼荼羅が意味するものは何かを不明だが、正真正銘の天地寺立川流であろう。江戸時代以前の立川流の本尊は髑髏本尊という。


その作り方は吟味された髑髏の表面に性交の際の精液と愛液の混ざった液を幾千回も塗り、金箔や銀箔を貼り付け、呪符を入れ、曼荼羅を描き、肉付けし、山海の珍味を供え、7年間、本尊の前で性交し真言を唱えるということである。


しかし、その目的は7年間の間に男女がお互いを理解し合い悟りを得ることである。密教の経典である理趣経には本来男性と女性の陰陽があって初めて事が成就すると説いている。



古来より、宗教の中で男女和合はその力を認められている。古事記のイザナギ、イザナミの国つくりの描写は男女の和合から国は生まれたとあからさまに書いてあり、日本人なら誰でも知っている話である。


そんな神話を持つ国民なのに、女性は不浄だという考えが根強い。特に仏教は女性蔑視の方針である。


変成男子という言葉がある。女性は女性のままでは仏になれないので、一度男性に生まれ変わる必要があると説いている。この女性差別は、仏教の創始者釈迦が持っていたようで、女は愚かなのだと語っている。


仏教が体系化され、日本に伝わり、広まっていく過程でさまざまな変化が起きている。その中で空海が日本に持ち込んだ密教でさえ、女性の力を借りるという考えには否定的であり、唯一立川流だけが、その和合の力を公にして認めたのである。


それゆえ立川流というのは邪教ではない。精神の昇華に男女の力を取り入れているだけである。人間本来の力をちゃんと評価している宗教なのである。



仏教は性欲を力として認識している。その力の使い方は2通りだ。1つは徹底して押さえ込む。一般の宗教は、禁欲がベースになっている。立川流はその逆で和合を認め昇華させる。


西洋の性魔術や、インド、チベットの「タントラ」、中国の「道教」にも、そのエッセンスは脈々と流れている。


ただ、その特殊性や、実践法が道徳を逸している場合が多く、秘法として一般に漏れることは少ない。


しかし、日本では鎌倉時代に登場し、陰陽道と真言密教の教義を混合して立川流を確立し、南北朝時代、真言密教の僧のうち、9割が立川流の信徒となっていたといわれる。


セックスによって得られる力は「シャクティ」と呼ばれ、生命の力のことをいい、「とぐろを巻く蛇」とか「眠る蛇」と呼ばれている。


天地寺立川流の神髄は、この「眠る蛇」を覚醒させ、脊髄に沿って走る霊的器官を上昇させて頭部にある「男性原理」と合流させることにある。


密教ではこの男性原理に金剛界の大日如来を、シャクティの蛇に胎蔵界の大日如来を当てはめている。


日向真は、このシャクティ、眠る蛇を遺伝子イメージだと考えた。瞑想により、シャクティを捕まえた。そして合流させることには成功した。


問題はそれからである。最後の難関のリセットが出来なかったのだ。


リセットできなければ、眠れる蛇は目を覚まさない。

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