第6話 放課後パトロール2

 放課後、やる気に充ちたカルキを部活に見送った後、舜は少し足早に生徒会室に向かっていた。


 不安もある。疑念もある。しかし、与えられた責務からだけは、逃げ出す気にはなれなかった。


 二階の廊下を歩きながら、事件現場の状況を思い出す舜。今現在、事件のあった演習室には近づけないよう、警察官が制服姿で仁王立ちしている。昼夜問わないのだから、犯人がいたとしても、容易に中に入ることは出来ないだろう。つまり証拠は中に残されたままだということだ。


 ーー犯人は現場に戻る。


 殺害した手段はわからないが、これに関してはありえないということだ。では次に考えなければならないのは、目的つまりは動機である。亡くなった甘木璃湖は、誰かに殺されるだけの何かしらの恨みを買っていたということになる。もしくは彼女の死によって、一方的に利益を得る人間がいたということか。部活絡みでは、陸上での怪我での引退という不幸もあるから、同情こそされても嫉妬を買うようなことはなかっただろう。その筋力を生かしたボルダリングでは、全国レベルで凄いらしいが、これも個人種目だから近くにライバルがいない限りは、襲われる理由とは考えにくい。


「七大天使……か……」


 あんな殺され方をしたのだ。やはり知り合い以外にはありえないだろう。別のファンからの恨みを買っていた可能性もあるが、学園に容易に侵入出来たことを考えても、関係者の線で間違いない。


 ーーだとすると。


 良くない思考だとは思いはしても、色々と巡らせてしまう舜。動機は定かではない。手段も曖昧だ。そして何よりにしてしまわなければならなかった理由が、舜には意味不明だ。


 思考を巡らせながら歩いていると、あっという間に生徒会室についた。放課後特有の騒々しさを予想していたが、あいにく中には誰もいなかった。昨日の事件の影響で、生徒はみな早々に帰宅させられたのかもしれない。


 ーーとりあえずパトロールでもするか。


 それが美里亜と交わした約束だ。初日からサボるわけにはいかない。その後、舜は黙々と学園の敷地内の見回りをしていった。


 校庭や体育館、テニスコートと見て回るが、ここでも生徒の姿は見当たらなかった。部活動も今日は制限されたのだろう。見回りなど必要なかったかもしれない。


 続いて校舎を歩き回る舜。一階の掲示板には、部員募集のポスターと共に、全国制覇をした生徒の写真や、愛ドールのポスターが貼られている。ゆゆを中央にして、両側から茉莉と璃湖が腕を回すように、笑顔で抱きついている。こうして見ると、確かに彼女らはアイドルだったのだなと舜は思った。そしてもうこの三人は二度と揃うことはないのだ。写真の中の三人の笑顔が痛々しく感じられ、舜は物哀しくなってしまった。


 一階は何の異常もなかった。もっとも、職員室では電話のコール音がひっきりなしに鳴り響き、教師たちがその対応に追われているようだった。流石に先生たちに見つかれば、瞬も強制的に帰宅させられるだろう。舜は逃げるように二階への階段を上っていくのだった。


 二階には、主に舜たち二年生の教室が並んでいる。一学年でクラスが六つほどあるのだから、そこそこの規模の学園だとは思う。もっともマンモス校と呼ばれる規模の学校には、数では決して敵わないのだけども。


 自らの教室である二年六組の教室に入ると、舜は思いっきり校庭側の窓を開けた。風が嬉しそうに飛び込み、教室に飾られた張り紙が迷惑そうにバタバタと揺れている。舜は窓から顔を出し、上の階を見上げる。


 ――絶壁だな。


 事件のあった四階の演習室は、皮肉にも舜のクラスの二階上の部屋だった。ここから何とか壁をよじ登ることが出来るか舜は想像するが、四階からロープを垂らさない限りは、不可能に思えた。


 ――三階ならどうだ?


 そのままの足で、舜は三年生の教室である三年六組の教室まで疾走する。二階と同様に窓を開け、そこから頭を出して頭上を窺う。壁には突起物もなければ、ロープなどで擦ったような跡も見当たらなかった。


 ――ですよね。


 今度は左右を見る。左のほうに、おそらく雨水の排水用の配管が一階まで繋がっている。ただそれも、しがみつくことが出来るような部位は特になさそうだった。あるのは一メートルごとに、固定用のナットがあるくらいだ。


 ――ボルダリングねえ。


 亡くなった璃湖は、ボルダリングが得意だったという。それも全国レベルとなれば、かなりの実力を持っていたことだろう。


 ――石をつかむやつだよな。


 舜は頭上を見上げたまま、石を掴むように両手を前で握る。瞬の両手には、石の硬さはなく、何故か柔らかい感触と温かさが伝わってきた。


 ――ん? 柔らかい?


「あんっ」


 ――んん?


 違和感を覚える舜。


 ――あんっ?


「ん、ふうっ……」


 まただ。何故か女の子の声が聞こえたような気がする。その柔らかい感触に包まれながら、舜はようやく顔を正面に戻す。 


「えっ……?」


 舜の目の前には、顔を赤らめ、足をもじもじさせて立っている栗色の髪の女の子がいたのだった。


「ええっ?!」


 何を掴んでいたのか舜が悟った時には、女の子が一歩前に出て瞬に覆いかぶさろうとしていた。


 ――殺される。


 それは直感だった。こういうケースの時、大抵男子は平手打ちか、絶叫されて突き飛ばされるものと相場が決まっている。そして今舜の状況を考えると、そのまま転落という結末しか見えないのだ。


 ――ドサッ!!


 女の子は舜に覆いかぶさり、そのまま耳元で何か囁いた。


「責任取ってね」


 ――責任?


 戸惑う暇も与えられず、舜の口にその唇を重ねてくる女の子。温かく、唇の先が痺れそうになる。


 ――キス?


 理由はわからない。何故彼女に唇を奪われるのか。何故彼女がここにいたのか。しかし、そんなことは問題ではない。今はそれよりも遥かに舜を凍りつかせる事実があったのだ。


「おっ、落ちる……落ちるっ……んぐ」


 舜の身体が窓から落ちそうになるほど背を反っているのに、何故この女の子は平然とした顔で舌を入れてくるのだ? そしてその目は舜の目を見つめたまま、とろんとしている。まるでドラッグでもやっているかのように。


 ――死ぬ。


 このままでは落ちてしまう。彼女の胸にあった舜の両手は、今はただ必死で窓枠を握りしめている。キスで力が抜け、指先が震え始めた。もうそんなにも持たないだろう。最後まで冷静な自分を舜はただただ嫌になるのだった。


 ――ん?


 どこからともなくカツカツと靴音が近づいてきた。唇を重ねたまま顔を強引に右にずらすと、目の前にあったのは見覚えのあるサイドテールのシルエット。そして心をも射抜くようなその純粋な黒い瞳。


「天田……さん?」


 救いなのか、災厄なのか、このタイミングで教室にやってきたのは、あのIQモンスターの三島ひよりだった。

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