第29話 古い写真
北川弓那は、誰もいなくなった職員室のデスクの上に、ふと、古い新聞記事を綴じたファイルを取り出した。ページを開くと、茶褐色に変色した記事が我が子の成長記録のように、いくつも貼られている。
一人は、三島ひよりの記事。
小さい頃からIQモンスターと呼ばれた彼女。その数値は一六〇を越え、かの偉人たちにも近い数字だ。もし、彼女が百年前に生まれていれば、歴史に名を残す科学者にでもなっただろうと弓那は思う。
「あいつは化け物だから」
彼女は幼い頃より、周囲にそう言われ続けたらしい。確かに彼女の発想や計算の速さは、この学園でも群を抜いている。誰も追いつけないから故の化け物である。そしてそれは教師を含めてのことだ。
続いて男子生徒の記事。彼に関しては幼い頃の記事しか残されてはいない。
――わずか六歳児、数学の天才たちと渡り合う。
第六帝国大学の天田士朗名誉教授(物理学専攻)の子・天田舜君(六歳)が、日本ジュニア数学オリンピック大会に出場し、並みいる強豪を押しのけ見事金賞を獲得。今後、日本数学オリンピックへの参加も予想され、国内最年少記録でのIMOやIMCにも参加の期待が高まる。また舜君は、父親である天田博士の下、物理学にも興味を持ち始め、今後の更なる活躍が期待される。
――未来のフィールズ賞へ、舜君、また一歩。
これは天田舜が日本数学オリンピックにて、銀賞を獲得した記事。高校生たちに囲まれ、笑顔の姿が眩しい。彼が金賞を逃したのは、使わなければならない定理を無視した解答をしたからだという。
――サイエンスジャーナル紙。特集『神童④ 天田舜』
父親である天田士朗氏と一緒にホワイトボードの前で、数式を指差しているのが天田舜君(七歳)である。彼は今は物理数学の分野に興味を持っていて、複素関数論を士朗氏に教わっているのだとか。末恐ろしい逸材である。
弓那はいくつかファイルを捲り、別の記事に目を移す。
――天才一家に何が?
第六帝国大学の天田士朗名誉教授の自宅で、士朗氏が殺害されているのを妻・百合子氏が発見・通報した。自宅は鍵の施錠など戸締まりがなされており、中には舜君だけが取り残されていたという。警察は外出していた百合子氏から詳しい話を聞くと共に、自宅内にいた舜君からも事情を聴取している。
この記事の後、天田舜は、「化け物」やら「悪魔」など学校内で罵声や暴言を浴び続け、平凡な学生になってしまったのだという。自らの父親を殺したと言われ続けた舜には、それしか生き残るすべがなかったのかもしれない。
化け物と呼ばれ、悪魔と呼ばれた男子。彼を三島ひよりと共に、この学園に入学させるように仕向けたのは弓那だった。全ては、愛を死に追いやった犯人を見つけ出すため。
――大丈夫。
弓那は写真の向こうで微笑みかける、幼いころの天田舜を見つめる。そして指で顔をなぞり、やがてはそこに口づけをする。
――だってあなたは、三島ひよりを唯一超える逸材なのだから。
「信じているわ。あなたが愛の仇を討ってくれると」
弓那は、胸ポケットに入れていた古い親子の写真を取り出し、そっとその少女に笑いかけていた。
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