第30話 終わらせるために
このある意味連続殺人事件を終わらせるために、まず舜が取った行動は、今もっとも信用出来る女の子に、あるお願いをすることだった。
「汐莉に調べて貰いたい場所がある」
「何なりと、ご主人様」
アニメに出てくる従順なメイドキャラのように、目をキラキラと輝かせながら、汐莉は上目遣いをする。まるで使命を与えられることが喜びであるかのようだ。
「ラビエル学園内の女子トイレを調べてくれないか? 多分、隠しカメラがあると思う」
「えっ……? それはどういうことですか、舜君。まさか汐莉の姿も盗撮されているってことなのですか?」
一瞬で蒼褪めてしまう汐莉を安心させるために、舜は言葉をつづけた。
「君は大丈夫だと思う。設置されたのは、おそらく一ヶ所か二ヶ所。そのトイレを使った女の子たちの中から、犯人に選ばれた人間に脅迫の手紙と映像、そして大麻の錠剤が送られ、それに耐えきれなかった女の子たちが、自殺していったと推測される」
「な、何を急に言うんですか? 舜君、さっきまで何もわからないって、それがどうして今? まさか適当に言っているんですか?」
目を丸くしている汐莉に、優しく微笑みかける舜。
「今は不思議とわかるよ。人間の心は前に進むか後ろに下がるか。左に行くか右に行くか、その場に留まるか。それしかない。つまり人の考えはどれかの方向・ベクトルに予測出来るということだね」
「ん? ん? よくわからないですよ、舜君?」
「わかりやすく言うとね、まず、自殺した人間が、女子生徒に限られる点。これは自殺しなければならない理由が、女の子として致命的なものであったと考えられる。そしてなおかつ高確率での自殺を鑑みると、身体的なもので、なおかつ人には絶対に見られたくない部位または行為を盗撮されたのではないかとなるわけだね」
「それが女子トイレというわけですね? なるほど!」
「そういうこと。これがもし男子相手ということになると、脅迫された生徒たちが犯人探しをすることはあっても、自殺をしようとは思わないだろう。男子の中には、あえて見せたがりの特異な子もいるようだから」
目を大きく見開き、舜の下半身を見つめる汐莉。どういうわけか嬉しそうだ。
「それは舜君もですか? 汐莉にも見せてくれるんですか?」
舜は噴き出しそうになり、慌てて下半身を手で隠す。
「い、いや、一つの事例だから」
「楽しみにしておきますね、舜君」
「断る」
彼女に対してだけは、冗談も選ばないといけないなと舜は思い直した。
「他に汐莉がやることはありますか?」
「いや、汐莉はそれだけやってくれたらいいよ。見つかったら、僕に連絡だけしてくれ」
「どうやって……ですか?」
そういえば舜も汐莉の連絡先は知らなかった。その場で、スマホのSNSアプリのIDの交換をし、別で『見回りパトロール部隊』という専用チャットのグループも作成した。汐莉は何故か軽くガッツポーズをしていた。
「これで二人はいつでも繋がりますね。後は身体だけ……ふふふっ」
聞こえない振りをして、舜は言葉を被せる。
「何かあったら、すぐ連絡してくれ。学園内は危険だから。出来れば、誰か女の子と一緒が好ましい」
「はいです。ではひよりちゃんに付き合ってもらいます」
それは一石二鳥だと舜は嬉しくなった。汐莉の行動で、ひよりも気づくだろう。いや、既に気づいていたとしても、舜のやろうとしていることはわかるはずだ。三島ひよりはそういう人間だ。
「あっ、返事ありました。ひよりちゃん一緒に来てくれるって。これで安心ですね、舜君」
「じゃあ、そっちは任せた。僕はどうしても、先に会わないといけない奴が一人いるから」
その言葉に、汐莉は大きく頷き、やがては道の途中で別れた。
※
「今から会えないか」
事件解決のために、どうしても会わなければならない人間。舜は親友カルキに、スマホで連絡を取った。
「どうした、急に。お前がわざわざ俺を呼び出すなんて珍しいな」
土曜の午後ということもあってか、カルキは制服姿でなく、かなりのお洒落をしていた。今まで外で会うにしてもジャージやジーパンなどラフな格好が多かっただけに、その意味を悟り、舜は頬を緩めるのだった。
「どうしても、歩くウィキペディアの知識を借りたくなってな。カルキ、お前に聞きたいことがある」
「オーケー、オーケー。しかし、久しぶりだな。お前のそんな顔を見るのは」
「どうしても、助けたい人たちがいる。どうしても、終わらせたい事件がある。そういうことだ」
「なるほどな、了解。で、何を聞きたい?」
「お前が誰から情報を得て、一体どこまで事件を知っているのかは、僕は知らないし興味もない。それ自体は今回の事件に関係がないから」
「やっぱり怖い奴だな、天田舜は。そうか、思い出したんだな。お前は」
お互いを理解し合っているから、わかることもある。そして彼は舜の過去を知っていた。
「まずは理事長のことだ。理事長が金の亡者という話を聞いた。でも、それだけで学生アイドル企画を推進し、多額の広告費などを支払っていくには、リスクが多すぎたと思う。だから、理事長には、娘か孫がいたんじゃないか?」
「ご名答。孫娘がいるよ。いや、もうすぐ過去形になるかもしれないがな」
「白石ゆゆだな」
「大正解。舜はやっぱり変態だな。お前の脳は化け物だよ。もちろん誉め言葉だけどな」
「ありがとう。僕が言いたいのは、その孫娘のために、理事長は今まで金を惜しまなかったんじゃないかってことだ。そしてだからこそ、理事長は白石ゆゆを本物のアイドルにしようとしていた」
「そうだな。孫娘に対する寵愛はかなりのものだし、今回事件の情報が、外部に漏れなかったのも、理事長の力が大きい。って、まさか理事長が?」
「さあね……。ただ理事長は資金と権力を使い、国家権力でさえ、抑える力があるということは、間違いがない事実だ」
惚けてみせる舜に、カルキは納得がいかない様子だった。
「カルキは、ゆゆ先輩の病院には、お見舞いに行ったりしたか?」
「いや、面会謝絶らしいからな。家族くらいだろう。あんな状態のゆゆさんを見守れるのは。多分、俺を含め生徒会長の美里亜先輩であっても、誰も会えていないと思うぜ?」
――やはり。
最初から事実は隠されていたんだ。舜は納得したように何度も頷いた。
「ありがとう。大体知りたいことはわかった。助かったよ。カルキ」
「ん。まさかそれだけか? それだけのために、多忙な俺を呼び出したのか?」
「悪い悪い。カルキに会えば、一気に二つのことが解決すると思ってね」
「おいおい、冗談だろ? 俺はもっと面白い話が聞けると思って、わざわざ忙しいのに走ってきたんだぜ?」
「邪魔してすまなかったな。折角の部活禁止期間だったのにな、新しい彼女にも、僕が謝っていたと伝えてくれ」
「へっ?」
きょとんとした顔になるカルキ。男らしい彼がそんな驚いた顔を見せるとは、舜はおかしくて仕方がなかった。
「俺、まだ誰にも言ってないはずだぜ? 彼女が出来たって話は」
「ん? 言わなかったっけ? ほら、何日か前に、駅前のカラオケ屋に追い出されるはずの時間になっても、中にいたって嘘ついてたじゃないか。あの時夜遅くまでデートしてたんだろ? やっと取れた部活の休みだったから」
「な……何で知ってるんだ? まさか、あの夜、舜は俺を発見していたのか?」
首を左右に振って否定する舜。もちろん、あの日は茉莉華のことで、そんな余裕なんて舜にはなかった。
「いや、あくまで推測だよ。カルキは案外女の子にモテるし、今まで告白されていないことはないはずだなって。そして女の子が好きなお前なら、誰か一人とくらいは付き合っていそうだ。細かく入ってくる情報なんかは、まさに女の子の噂話や女子会から流れてきたようなものばかりだったからね。そして、今日カルキに会ってそれは確信へと変わった」
そして舜はカルキの服を指差す。
「いつもジャージ姿のお前が、珍しくお洒落な恰好だ。これはお前の身辺に何か変化があったのだと、誰でもわかるよね?」
「ああ……まあ、違いねえ。はっはっはっ、あの時から、俺はお前に怪しまれてたんだな。まさか犯人とか思ってたんじゃねえの?」
「その可能性はあると思っていた。でも、放課後、お前は学園内に残っていなかったからな。カルキは何か知っているけれども、犯人ではないと確信していたよ」
呵々大笑としながらも、カルキは嬉しそうに頷いていた。
「それはそれはどうも。もう聞きたいことはねえんだろ? じゃあ、俺はもう戻るぜ? 彼女を待たせているからな」
「ああ、助かったよ。このお礼はいつか必ず」
舜がそう言うと、カルキは笑顔のまま、拳を握り親指をつきたてた。
「舜……犯人はなかなかのやり手だ。絶対に死ぬなよ?」
――わかっている。
相手はあの人だ。簡単には崩せないし、あの人の心の中に踏み込まなければ、本当の意味の解決はないのだと舜は理解していた。
――だから。
「終わらせてくるよ。この悲しみの連鎖を」
舜とカルキはその場で微笑み合い、やがてはハイタッチをした。
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