第25話 救われないものたち③

 ひよりの言葉に、苦しみながらも余裕の表情で頷く美里亜。彼女の中で、ひよりに対する好奇心が神経を蝕む痛みや苦しみよりも勝っているのだろう。


「では、どうしてあなたはのです? どうしてら問題があるのです? 私は、ここ最近の事件のほうが余程、信じられないと思いますよ。美里亜先輩」


 それは衝撃だった。いや、理解不能だった。何故、ひよりがそんなことを口走るのか。何故、ひよりはあえてそれを聞かなければならなかったのか。流石にこれは美里亜も理解は出来ないだろう。どんなに彼女の脳が優秀であったとしても。


「おかしなことを聞くものね。でも、そうね。受け入れられないのよ。私の価値観ではありえないことだから」


 それが真っ当な答えだろう。それほどひよりの質問はぶっ飛んでいる。美里亜だって舜だって、今呆れたような顔をしているのだから。


「本当にだけですか? あなたには他にも受け入れられないことがありますよね。あなたは何を受け入れられないんですか? 思い出せばわかるはずですよ? その日本当は何があったのか。


「見て来たようなことを言わないでくれる? あなたに何がわかるというの? 受け入れられないことは山ほどあるわ。でも、私が見た現実は、あの惨たらしい光景は変わらない!」


 腹が立ったのだろう。あの美里亜の語気が強くなる。しかし、ひよりには何のダメージもないかのように、再び美里亜を責めるのだった。


「まだ幻覚が見え、幻聴がするんじゃないですか? 美里亜先輩」


「な、何を言うの?! あなた頭がおかしいんじゃない? 私が話したことを信じていない証拠ではないの。話にならないわ」


「いいえ、おかしいのは先輩のほうです。今あなたがここにいることのほうがよっぽど私にはおかしいのです。美里亜先輩。私からあなたに言えることがあるとすると、早く病院に行ったほうがいいってことです」


「ひより、なんてことを!?」


 確かに美里亜はおかしくなってしまったのかもしれない。でも、それ以上に異常なのは、奇人・三島ひよりだ。


「よくそこまで言えたものね、三島さん。あなたには何がわかっているというの? まるであなたは私が知らない真実まで知っているかのようなもの言いだわ」


「先輩が知らない? そんなことはないはずですよ。先輩はただ受け入れきれないだけです。あの日何が起こったのかを」


「だから、受け入れたからこんなことになっていると、三島さん、あなたに何度言えば理解してくれるのかしら」


 二人の押し問答に、舜も困ってしまう。その後も二人はお互いに引くことはなく、それぞれの主張だけが、舜の目の前でぶつかり合っていた。口を挟めなかった舜は、ただ溜め息をつくのだった。


「じゃあ、先輩。どうして、カーテンだけが青いんですか? 他は女の子らしいピンクで統一しているのに」


 それには表情を曇らす美里亜。そこは突っ込まれたくなかったことなのだろう。長い黒髪が彼女の顔を隠した。


「母にね、外からもう何も見えなくなるようにカーテンを替えてってお願いしたの。母は、せめて中の気分だけは明るくしようと青にしたみたいだけど、周りがピンクだから色の組み合わせが変よね。そこだけがパステルブルーだなんて、浮いておかしなことになってる」


 遮光カーテンということもあり、室内に入る光は、昼間というのに完全に遮られている。だからこそ、余計に部屋が暗く、そして美里亜の姿が痛々しく見えるのだった。


「どうして青なんですか? 赤やピンクだと何か問題でも?」


「あなたねえ! 私をただ怒らせたいだけなの? あなたは何がしたいの? 話を聞きに来て、それを解決してくれるんじゃなかったの? 期待外れだわ、三島さん。あなたほどの頭脳を持っているのに、それがただ冷やかすことに使われるなんて。才能の無駄遣いね。がっかりだわ」


 美里亜の言う通りだ。舜でさえ、ひよりには幻滅している。一緒に彼女を助けにきたはずなのに、むしろ傷口を抉るような真似をして。一体ひよりは何を考えているんだ。これじゃあ、何も解決するはずがない。


「なあ、どうしてそんなこと言うんだ、ひより。先輩はあくまで被害者なんだぞ? それに事件の謎を解きに来たのに、これじゃあ、僕らが加害者になってしまうじゃないか!」


 舜の言葉に、何処かホッとしたような美里亜の表情。納得いかないのか、ひよりはなおも目を尖らせるのだった。


「天田さんも何を言っているんですか? 目の前に女の子の顔があったなんて、そのままの意味であり、そのままの事実じゃないですか? そして女の子たちが自殺したことは間違いがないことなんです。だから、先輩が見た光景もそのままの意味なんです。どうして気がつかないんですか? どうしてわからないんですか? こうしている間にも、先輩はどんどん傷ついていっているのに。先輩を見れば全てわかるじゃないですか! 何が真実で何が疑うべきなのか!」


 顔を真っ赤にしてひよりが声を荒らげる。そんなことを言われても、美里亜を傷つけているのは、ひよりだろうに。それに気づかないなんて、ひよりもやはり、この状況に魅入られ狂ってしまったのだと舜は思うのだった。


「三島ひより。僕から見たら君のほうが十分におかしいよ」


 その舜の言葉に、ひよりは今までで一番悲しそうな顔をしたのだった。


「話になりませんね、天田さん。最後にもう一度だけ言いますけど、美里亜先輩は早く病院に行ったほうがいい。私から言えることはこれだけです」


 ひよりの気持ちもわかる。そんなことが起こるなんて信じられないのだから。でも、被害者である美里亜を非難するひよりの人間性が、舜には到底理解出来なかった。


 ――しかも病院に行けと?


 そんな幻覚が見えるなんて、精神的に問題があると正面から言ってのけたひより。だけど、もしそれが真実だったら? 美里亜の見た光景が本当のことだったとしたら? その謎は永遠に解けないのかもしれないと舜は思うのだった。


 やがて、一人で部屋を出ていくひより。その細い背中も、可愛らしく横に出たサイドテールの髪の毛も、今は痛々しくて見ていられなかった。結局、舜は、ひよりを追うことが出来なかった。そして、舜はこの薄暗い部屋の中、美里亜と二人きりになってしまうのだった。


 望んでいたのだろうか。この状況を。だからひよりを追いだす結果になってしまったと? そんなことはない。そんなはずはない。舜はただ真実が知りたかったのだ。美里亜が何を見て、何を思ったのか。そうして今舜に何を期待してくれているのか。だから、舜はこの部屋に残ったのだ。


 ――そう。


 真実に辿りつくために。


 やがて舜は美里亜に想いを吐き出す。


「いいですか、美里亜先輩。ちゃんと僕が謎を解いて、ちゃんとあなたを迎えに行きます。だから、あなたはここで僕の答えを待っていて貰えませんか?」


「あなたに解けるの? 私がこんなにも考えてわからなかったのに。身が悶え朽ちるほど苦しんでも、答えに辿りつけなかったのに」


 そして舜はこう告げるのだった。


「だって、先輩にはが、今の僕にはあるから」と。


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