第13話 その夜①

 汐莉との帰り道、ふと舜は繁華街を通ってみることにした。自殺を見たせいだろう。茉莉華のことが気になって仕方がなかったのだ。


 時刻は午後の八時。ラビエル学園から繁華街までは、およそ徒歩で三〇分ほどかかる。その間も阿孫汐莉は嬉しそうに自分のことを話してくれるのだった。どちらかというと話すのが苦手な舜にとって、それはありがたいことだった。


「へへ、夜の見回りですね。舜君」


 怪しい雰囲気を匂わせる汐莉。アプローチの仕方が以前よりだいぶ上手くなってきた気がする。普通の男子なら、イチコロかもしれない。

 

「まあ、僕らが補導されなければいいんだけどね」


 それでも二人とも高校生だ。二十二時までに帰れば、一般人に怪しまれることもないだろう。その時間くらいまでであれば、大人に声をかけられても、塾帰りだと言えば、何の問題もないはずなのだから。それにまだ一時間半ある。あくまで軽く繁華街を覗くだけのつもりだ。


 夜の煌びやかな電飾が、イルミネーションのように街を彩っている。行き交う人々が舜と汐莉を見ては、微笑ましそうに口元を緩める。確実に若いカップルだと勘違いされているだろう。汐莉はそれを見てまた嬉しそうに、舜の腕に抱きつくのだった。


「あれ、茉莉華先輩だよ、舜君」


 昨夜に引き続き、同じ場所で煙草を吹かしている茉莉華。金髪ロングに薄ピンクの制服は、本当に目立つと思った。舜は人差し指を唇にあて、しーっと小さく声を出す。


「ど、どうしてなんですか、舜君」


 汐莉はわけがわからないようだったが、ここぞとばかりに、腕に胸を押しつけてくる。しかし、声だけは小声にしてくれたから、舜はそれ以上を望むことはしなかった。


「ああ、もう……。お願いだから茉莉華先輩に見つかるんじゃないぞ?」


 それを聞いて、キラリと目を輝かせる汐莉。


「本格的なパトロールですね。わかりました」


 何か別の意味で解釈してそうだったが、舜は「そうだ」と頷くのだった。そのまま、二人で彼女に会っても良かったが、昨日の件がある。女性と二人で歩いている姿は、彼女の精神的にも良くないはずだ。そして、わき上がる後ろめたさに、舜は抗うことが出来なかったのだ。


 ――それに。


 彼女は何かを知っている。少なくとも、璃湖やゆゆが襲われるだけの理由がわかっていたはずなのだ。だから、彼女が自分を守るために、何か動くかもしれないと舜は睨んでいた。


 ――そして、それが今日。


「あっ、何か車が止まった」


 ――やはり。


 汐莉の言う通り、黒いミニバンが茉莉華の前に停車している。後ろのガラスもスモークが貼ってあり、中は良く見えない。茉莉華が一歩前に出ると、運転席の窓が下げられ、サングラスをかけた男性の顔が一瞬見える。


「暗くて良く見えないな」


「そうですね。若そうな感じはしますけどー」


 もう少し近づけば、写真くらいは撮れそうだが、これ以上の接近は危険だ。窓を開けた男性に近づいていく茉莉華。彼女はそのまま男性と話し、彼から何かを受け取っているようだった。


「何を貰っているのでしょうか、舜君」


 茉莉華の交遊関係は広い。学校関係もあれば、愛ドール関係もあるだろう。しかし、昨日の今日で接触を取るとしたら、それは事件に関係した人物かもしれない。昨夜の彼女はあれだけ自分を追い込んでいたのだから。


 ーー


 舜は震えた。その可能性が十分にあったからだ。茉莉華が接触する必要があるとしたら、命を守るためしか考えられない。だとするとやはり――。急に心臓がバクバク音を立て始めた。


「ちょっと、私が見てきましょうか? 暗いし、女の子のほうがきっとばれないですよ」


 汐莉が舜の言葉を聞かずに、勝手に飛び出そうとする。


「駄目だっ! 汐莉!」


 彼女の腕を無理矢理に取る舜。強引過ぎたのだろう、痛そうに片目を瞑る汐莉。心音は更に高くなっていく。


「大丈夫ですよ、舜君。胸は大きいですけど、私、案外身体は小さいんですから」


 舜の腕を振りほどこうとする舜。きっと舜に良いところを見せたかったのだろう。しかし、今は駄目だ。タイミングが悪すぎる。


「駄目だ、駄目なんだ!」


「えっ? どうしたんですか、舜君」


 舜は離れそうになる汐莉の指先を握り返し、一気に胸のほうまで引っ張り上げた。彼女はバランスを崩すように、そのまま舜の身体に抱きついた。


!!」


「えっ?」


「行ったら殺される」


 二度そう言ったからだろう。汐莉の抵抗はすぐに無くなった。


「そう、あいつが犯人かもしれないんだ」


 その言葉で悟ったのか、血の気が引いたように、顔を真っ青にする汐莉。舜だって近づきたい。この機会を逃したら、もう二度と追い込めないかもしれないのだから。しかし、下手をしたら、こちらが襲われるどころか、茉莉華さえ命を失う可能性がある。それだけは絶対に避けなければならない。


「すまない。訳は後で話す。今は動いたら駄目だ。危険なんだ」


 唖然としながらも、舜の言葉に頷く汐莉。


「……わかりました。舜君がそう言うなら。でも、ちゃんと後で詳しく教えて下さいね」


 舜の脅しのような言葉が効いたのか、その後の彼女は静かだった。舜は安堵の溜め息をつきながら、再び車と二人に注視する。


 何か名刺サイズの箱を受け取った茉莉華は、車の人物に何か言葉を発し、郊外の方向へ歩いていく。相手に手を振らない。つまりは仲の良い相手や敬うべき相手ではないということだ。


「舜君、車が出ます!」


 意外にも、男の運転する黒いミニバンは、彼女を載せることなく、繁華街へ消えていくのだった。何処か安心してしまう舜。


 ーーでも、何だ?


 茉莉華は何を受け取った。つまりはそれを受け取る約束をあの男性としていたことになる。それが重大なものの気がして、舜の動悸はなかなか収まらないのだった。


 ーー何処へ?


 茉莉華は明らかに、自宅とは別の方向に歩いている。スマートフォンを弄りながら、バックライトに照らされるその顔には、生気が感じられなかった。


「茉莉華先輩、何処まで行くんでしょう?」


 不安そうに茉莉華を目で追う汐莉。


「わからない。ただこの先に何かがあるはずなんだ。そしてそのために、彼女は今歩いている」


 でなければ、襲われるリスクのある彼女が、今、平然と夜道を歩けるはずがない。この先に何があるのか、舜も汐莉も気が気でならなかった。

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