第14話 その夜②

 五分くらい歩いただろうか、突然、茉莉華が立ち止まった。


 どうしたのだろう。目を凝らすと、彼女の進行方向から人影が近づいてきているのがわかった。


 ーーえっ?


 その姿を見て、息を飲んだ。


「舜君、あれ、……?」


 そう、今、茉莉華の目の前に、あのが近づいていたのだった。


 ――どうして?!


「まさか、あいつが関係者なのか?」


 驚きを隠せない舜。それは全く想定していなかったことだ。何故なら彼女は、少なくとも璃湖を発見した時には、ずっと汐莉と一緒にいたのだから。


 ーー


 ひよりが汐莉と合流したのはいつだ? もし、だいぶ先にひよりが、演習室に来ていたとしたら? そして予め殺人を実行していたとしたら?


 ――


 鳥肌が立った。


 ーー化け物か。


 人と違うのはわかっていた。恐ろしくIQが高い、それだけでない女の子だとは思っていた。しかし、あんな無邪気な笑顔を見せるあのひよりが、裏では平然と殺人を犯していたというのか?


「そんなわけないです。ひよりちゃんはそんな子じゃないですよ」


 そう信じたい。でも、このタイミングで彼女がここにいる理由は何だ? どうやったら、彼女がここで茉莉華を待つことが出来る? どうやったら、そんな結論に辿りつく?


 ――不可能だ。


 やはり、彼女は茉莉華の何か秘密を握っている。これだけは間違いがないだろう。そして、今日ここで直接茉莉華を脅しにきたのだ。


「何か言い争っているみたいです」


 やはり、間違いがない。でも、そうするとさっきの男はなんだ? 何のために茉莉華はあの男性に接触をした?


「ひよりに何かを渡すためか」


 それしかないと思った。そしてその何かはひよりにとって、重大なものであるということだ。


「あっ……」


 ――バチン。


 突然、茉莉華がひよりの頬を平手打ちした。茉莉華の声にならない声が聞こえる。泣いているのか? そのまま茉莉華はひよりを振り切るように、進行方向へ歩きだしていった。


 ――何が、何が起こった?


 今の光景を目に焼き付けようとする舜。これには必ず意味がある。そう確信していたから。


「舜君、どうしよう。ひよりちゃんが、こっちに来ます」


 ――


 背筋が凍りつく舜。ひよりの目が、舜を睨むように釘づけになっている。目を逸らせない舜。ずっと二人は目が合ったままだ。そして、再び心臓の鼓動は大きくなるのだった。


 ――ドクン。


 二人の目の前で立ち止まるひより。


 ――ドクン、ドクン。


 制服姿で、髪型もいつも通りのサイドテールだ。そして彼女は舜の目を見つめたまま、軽く息を吐くのだった。


「えへっ、しちゃいました」


 失敗? ひよりは何を言っているんだ?


「何とかのです。でも、駄目だったのですよ、天田さん」


「意味がわからない。お前が犯人じゃないのか?」


 驚いた顔をするひより。そして意味を理解したのか、クスクスと可笑しそうに笑うのだった。


「何をもっての犯人かはわかりませんが、彼女を止めることが出来なかったということの犯人なら、確かに私かもしれないですね、天田さん」


 可愛らしい顔で、舜を見つめ続けるひより。


「どういうことだ?」


「そうですよ、わけわかんないです、ひよりちゃん」


 ひよりの言動が理解出来ていない現状、その理由を聞かなければ、こんがらがった頭は、納得出来そうになかった。


 ――あっ。


 気づくと茉莉華がどんどん離れていく。彼女を追うべきか、それともここでひよりから全てを聞き出すのか、舜は迷ってしまった。その表情を見てだろう。また悪戯っぽくひよりが微笑むのだった。


「彼女を追うんですか? この先にはラブホテルしかありませんよ、天田さん」


「ラブホ?」


「えへへっ、それとも汐莉ちゃんと二人で、今からチェックインしちゃいますか?」


 ――????!


するわけないだろっ?!」


 汐莉との行為を想像してしまった舜。またひよりに手玉に取られてしまったような、そんな形になった。


 ――こいつは。


「じゃあ、この先に行くのは止めませんか? 天田さん」


「何故? 今行かなければ、何も変えられないだろう?」


 それには真顔で首を左右に振るひより。


「追いかけても、これ以上は無駄です。茉莉華先輩には、茉莉華先輩のやるべきことがあるみたいですから。彼女がどういう行動を取るのかはわかりませんが、私たちはただ信じてあげることしか出来ないのです」


 ――どういうことだ。


 ひよりは何を知っている? ひよりは一体何者なんだ?


「お前は何を考えているんだ? お前は何をしようとしているんだ? 僕には理解出来ないよ、ひより」


 彼女が見せるのは悲しみだろうか、失望だろうか。ひよりは月の光を浴びるようにゆっくりと夜空を見上げ、静かに目を閉じるのだった。


「天田さん。のです」


「どういう……ことだ?」


「あなたは真の意味で、まだ事件の当事者になっていないということです。今はそれだけしか私からは言えないのです。天田さん」


 何だ。何なんだ、三島ひよりは。全てをわかったようで、こちらの動きまで見透かしていて。一体何だ。何者なんだ。


「ですから、天田さん。私は今日は家に帰ります。後はどうかご自由になのです、えへっ」


 最後の笑みに、馬鹿にされたような気分になる舜。そしてそれ以上何も言えないまま、舜はひよりを目で見送るのだった。心音はいつの間にか小さくなり、舜はまた大きく溜め息をつくのだった。


 ――何だったんだ。


「舜君?」


 汐莉が腕に再び抱きついてくる。そして上目使いで何か求めてくる。


「ん? 何だ?」


「これからホテル行っちゃいます?」


「行きません!!」


 舜は弄ばれただけなのだろうか。そして、世界がいかに広いかを思い知ったのだった。


 三島ひより。やはり彼女は化け物だ。

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