第15話 後悔の朝

 翌朝の学園では、昨日の自殺の影響で、授業前に緊急全校集会が開かれた。理事長自ら命の大切さを、例えばいかに親が子供たちを大事に思っているのかを、子供や孫に対する気持ちや思いの自らの実例を上げて熱心に説いていた。きっと心を動かされた人間も多かっただろう。


「また自殺だってよ」


「女の子二人なんでしょー?」


「怖いねー」


「いじめかな?」


「七大天使も自殺だってよ。案外悩みとかあったんだねー」


 何も知らない人間たちが、好き勝手に囁き合っている。理事長の熱い言葉を耳にしても、他人事である。舜は腹が立って仕方がなかった。体育館で全校生徒を出来る範囲で見回してみるが、金色の髪は見当たらなかった。茉莉華のことが舜は心配になった。


「それから、二年六組の天田舜君は、これが終わったらこのままここに残るように」


 みんながみんなこれが終われば、また普段通りの授業に戻るのだろう。舜は歯痒くて、この憤りを何にぶつければいいのかわからなくなった。


「天田君、聞こえていますか?」


「おいっ、舜! 呼ばれてるぞ?」


 溜め息をつく舜。ふと横からカルキが舜の肩を叩いてくれたのだった。


「えっ、ああ」


 舜を読んでいたのは、学年主任の北野弓那だった。白いジャケットに同じく色を揃えた白のタイトスカート、そして茶色の髪をおしゃれに束ねている。今日も相変わらずの派手な出で立ちだ。その弓那と目が合う。怒っているのか睨みを利かせる弓那。これでは蛇に睨まれた蛙である。舜は観念したように大きく頷くのだった。


 ――でも。


 一体何の用事だろう。彼女とはほとんど接点はないのだけれど。


「率直に言いますね、天田君」


「はい」


 何を言われるかわからなかったが、覚悟を決める舜。


「生徒会長の山代さんが作った見回りパトロールの件ですが、しばらく自粛して頂きます」


「どうしてですか? むしろ、見回りによって守られる命もあるかもしれないじゃないですか?」


 間違ったことは言っていない。舜の方が正しいはずだ。


「理由は単純に二つです。まず一つ。一部の生徒の中には、あなた方、見回り隊の面々が、んじゃないかって噂している子たちが出てきました。学年主任としても、このラビエル学園としても、これ以上、生徒の不安を煽るわけにはいきません。わかりましたか?」


 ――何……だって?


「そんな、なんてことを! そんなこと、するわけがないでしょう?! 僕らがどれだけの思いで、みんなを守ろうとしていたのか、先生は知らないんですか?」


「そうね、残念ながら知らないわ。いいえ、あなたたちの努力はまだ学園のみんなには何も伝わっていないというのが本当のところかしらね。確かに白石ゆゆさんを早期発見してくれた。でも、彼女は未だ生死の境を彷徨っている状態。何も救われてはいないのよ」


「そ……そんな……」


 でもその通りだ。しかし、それくらいのことで、誰かを助けようという思いを止めさせることは出来ない。


「そしてもっとも問題なのが、二つ目。あなたや三島ひより、そして阿孫汐莉の計三名は、明らかな自殺や自殺未遂を、あえて何者かによる他殺であるかのように噂を流し、学園の生徒たちを疑心暗鬼にしている。これは立派な犯罪よ」


「ちょ……っと、待って下さい。どうして僕らがそんなことをすると思うんですか? 自殺に関してはもちろん、現場の状況に関しても、他言しないでと言ったのは、北野先生。あなたではないですか?」


「そうね。そしてあなたたち三人はそれに反した。だから、見回りパトロールはしばらく自粛してもらいます。先生はね、それ自体は悪いことであるとは決して思わないの。むしろ褒められるべきことよね。それをあなたたちは身体を張ってやってくれている。でもね、タイミングが悪かったの。だから、解散ではなくて、あえて自粛の処分。頭の良いあなたならわかるわよね。私がどれだけのかを」


 舜は反論が出来なかった。いや、したところで学園側の決定は覆すことは出来ないだろう。


「そんな切なそうな顔をしないの」


 弓那は舜に近づき、悲しそうな表情で抱きしめてくる。


 ――えっ?


 弓那のバニラのような甘い香りが、舜の身体を一気に包み込む。


「心配しないで。後は先生たちがしっかり見回るから。あなたは自分を守ることだけを考えて」


 それはどういうことだ。自分の身が危ないとでも弓那は言うのだろうか。


 ――いや。


 彼女の言うとおりだ。考えていなかった。舜は何も考えていなかった。殺人を犯した相手を追い詰めようとしているのだ。それはつもり、自分も殺されてしまう可能性があるということなのだ。何より舜は、事件を止めようとしているのだから。


 ――僕が殺される?


「だから、探偵ごっこはここでおしまい。私は、のよ」


 意味深な言葉を投げかけてくる弓那。まるで過去に誰かを死なせてしまったかのような言い方だ。


「僕は死にません。僕はですから」


 彼女にこの意味は伝わらないだろう。精神的にも肉体的にも、舜は自らを高めているつもりでいた。


「いいえ、そういうところがあなたの弱さです。本当に強い人間は、自らの強さなど誇示しないのよ」


 流石にそれには、舜はぐうの音も出なかった。弓那は人生経験が長い分、舜よりも一枚も二枚も上手うわてであった。


「そして最後に、もう一言だけいいかしら」


「はい。駄目だと言っても無駄でしょうから」


 可笑しそうに口元を緩ませる弓那。しかし、その笑みから吐きだされた言葉は、舜の予想を大いに裏切るものだった。


「ねえ、天田君。お願いだから、これ以上、


 ――ドクン。


 身内? 学園の生徒たちと言いたいのだろう。


 ――ドクン、ドクン。


 しかし、彼女の本当に言いたいところはそこにはないことを、舜は知っていた。


「先生、何で知っているんですか。を」


 それは舜の根幹を担っている部分だった。そしてそれによって、舜は今の舜を作り上げたのだ。自分を守るために。そして自分を死なせないために。


「知らないはずがないでしょう。だって、山代さんにあなたを見回りパトロールに誘うように助言したのは、この私なのよ? そして気になる生徒のことは、職権乱用してでも、色々と知りたくなるものよ。学年主任の私がこんなこと言っていたら、懲戒処分ものだけれどね」


 ――ああ。


 だから、彼女は璃湖が死んだ後に、舜じゃなくて良かったと言ったのか。この人は最初から全てを知っていたんだ。もしかしたら、この学園で何かが起こるかもしれないことを。そして舜の本当の正体を。


 ――化け物は僕か。


 ひよりを化け物扱いしたことを、舜は今後悔している。舜にはそんな資格など何もなかったのだから。彼女は知っているだろうか。


「わかりました。出来るだけ、危ないことはしないようにします」


「お願いね。これ以上、この学園で問題が出ると、先生もこの学園にいられなくなると思うから」


 同情を誘う辺り、流石に人間慣れしている。他の教師たちとはそこが違う。きっと一度社会人になり世間の荒波に揉まれてきたのだろう。そして、舜に好意を抱いてくれているのはわかった。


 ――彼女は敵ではない。


 それがわかっただけでも、舜は大きく前進したと思った。でも、思い出す。茉莉華はやはり登校していなかったのだと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る