第16話 デートという方法もある

 放課後になっても、打ちひしがれたように机に頭を伏せる舜。カルキが色々話しかけてくれたが、舜は空返事をするだけで精いっぱいだった。何もかもが終わった。そんな絶望感に苛まれていたのだ。


「天田さん。行きますよ」


 その声を聞いて、思わず顔を上げてしまう舜。


「三島ひよりか?」


「はいです、天田さん」


 薄ピンクの制服に青いネックリボンを揺らし、ひよりが舜の机の横に立っている。いつも変わらずのサイドテールの髪を、今日は赤いシュシュでまとめている。


「行くって何処にだい?」


「見回りパトロールに決まっているじゃないですか、天田さん」


 丸く綺麗な瞳を最大限大きくして、ひよりはニコニコしている。彼女の中では準備が完了しているのだろう。


「いや、それがな……」


 口籠ってしまう舜。見回りは今朝、弓那に止められたばかりだったからだ。


「だって、今日は私の当番なのですよ、天田さん」


 楽しみにしてくれていたのか。昨日の彼女とは大違いの表情。そこには秘密めいたものは何もなかった。


「あのな、ひより。今朝、学年主任の北野先生に呼び出されて、この活動はしばらく自粛しろと言われたんだ。学園側の決定みたいだ。だから、一緒には出来ないんだ。ごめん」


 謝ることしか出来ない舜。だからこそ、舜はやる気を失い、今この机に張り付いているのだから。


「そうなのですか。それは困りましたね」


 天井を見上げ、頬に自らの人差し指を置くひより。柔らかそうな肌に指が嬉しそうに飛び込んでいるようだった。


「じゃあ、こういうのはどうでしょう? 天田さん」


「んっ? 何か名案でも?」


 何をしようとも、活動を自粛しないといけない以上、ひよりと一緒では何も出来ないと舜は思った。それこそ、一人でなら、何とでも言い訳が出来るかもしれないのだが、今日の今日での行動は、下手したら弓那に監視されているかもしれない。


「ねえ、天田さん。?」


「はい?」


「デートは禁止された覚えはないですよね、天田さん」


「ああ、校則では異性交遊は禁止はされていないのが、ラビエル学園の自由なところだ。しかし、何でだ? 他に付き合ってくれる男の子なんて、お前ならいくらでもいるだろう?」


 もしかしたらひよりは、気分転換に舜を誘ってくれているのかもしれない。昨日の舜を見た彼女なら、同情をしてくれても何ら変ではないのだから。


 ――でも。


 三島ひよりはそんな人間ではなかった。


「えへっ、だったらですよ。? 天田さん」


 ――ああ。


 なるほど、そういうことか。狡賢いというか、頭が切れるというか。その発想は、逆立ちしても、今の舜からは生まれなかっただろう。


「お前やっぱり凄いな。ひより」


「えへへっ、もっと凄いのですよ? じゃあ見回り改め、デートに行きますよ、天田さん!」


 今まで不気味で、何処か近寄りがたい存在だった三島ひよりとの距離が、この数分で一気に近づいた気がした。そして彼女の笑顔が作られたものではない、純粋なものであるとわかったのは、その眼差しや行動の実直さからだ。何より彼女の瞳には、嘘がなかった。ただ全てが彼女のあふれ出す好奇心を、表情全体で表しているだけなのだ。


 ――可愛い。


 見た目だけでなく、性格もである。普通の人間にはない、圧倒的にピュアな心を、彼女は持ち合わせていたのだ。


 ――だから。


 絶対に彼女も守らなければならないと舜は思うのだった。やがて、帰り支度をした舜は、ひよりと並んで廊下を歩くのだった。


「ん? で何処に行くんだ? この先は何もないはずだぞ?」


 てっきり外に行くものだと思っていた。まさか校舎内でデートとは、大人相手にはとても言い訳が立たないのだから。


「屋上です。デートでは、見晴らしの良い場所の景色を、男女が一緒に見るんですよね? 天田さん」


「何だ、その教科書でも見てきたような物言いは」


「違うん……ですか?」


 上目使いにその大きな瞳を虚ろに揺らすひより。汐莉と違い、身体の武器を使うわけではない。しかし、この吸い込まれるような黒目は、犯罪的だと舜は思った。


「間違ってはない。でも、学校の屋上の景色が良いかといったら、それは微妙と言わざるを得なくないか? 例えば、夜景の見える丘とか、例えば、観覧車の上から見下ろす景色とか。そういうのに比べたらという意味でだけど」


「なるほど。でも、空気は美味しいですよね、どちらもお日様の光を十分に浴びて、特にが良く育つのです」


 屋上への入口はやはり立ち入り禁止の張り紙がなされていた。ひよりがドアノブを握り、ガチャガチャ回すが、一向に扉が開く気配はなかった。


「鍵がかかっているのか。残念だな」


 舜は後ろを振り返り、念のため、誰か来ていないか確認をする。大丈夫。足音はしない。これでここまで来たことは誰にもばれないだろう。


 ――カチャン。


 何かが開いた音がした。


「ちょ、ひより。それどうしたんだ?」


 ひよりは振り返った舜の目の前で、タグのつけられた鍵を面白そうに揺らす。


「前もって生徒会室から拝借していたんです。この鍵はが管理していたようですから」


 そういうことか。それで自信満々に屋上に誘ったわけか。しかし、今更屋上を見て何をするのだろうか。


 ――あるとしたら。


 そうあるとしたら、屋上から三階や四階へ行く方法だろう。


 ――そういうことか。


 彼女はその決定的な証拠を探しに来たのだ。扉を開けたひよりに続くように、舜は校舎の屋上へと出るのだった。

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