第17話 屋上の景色

 屋上に出ると、眩い光が差し込み、色なき風が、まるで遊び相手を見つけたかのように身体にまとわりついてくる。入り口の真横には、花壇のような鉢が大量に並べられ、この温かな太陽を浴び、すすきのようにすくすくと育っているようだった。風が何処か甘い匂いを運んでくる。雨露で濡れた草が、成長と共に甘みを醸し出しているような。しかし、嗅いだ事のない強い匂いには違いなかった。


 一昨日来た時には気づかなかったが、屋上にはいくつかのビニールハウスがあった。そこでもいくつかの種類の植物が育てられているようだった。


「で、そこから下に降りれるか、調べるんだよな、ひより?」


 数歩動いた舜は、得意げに屋上の校庭側を指差す。そこにロープや何かしらの小道具、またはそれをひっかけたような跡があれば、密室などそもそもなかったことになるというのが舜の考えだった。


「そこには多分何もないですよ、天田さん」


 ――えっ?


「だって、ほら、密室の謎を解きに屋上まで来たんじゃないのか?」


「違います。そこには何もないはずですから」


「いやひより、どうして、それが断言出来る? まだ見もしていないのにさ。何か証拠が残っているかもしれないじゃないか」


 舜は納得がいかなかった。どうしてひよりは不確かな結論を導き出すのか。


「先日そこから二人飛び降り自殺をしたのです。そして私があなたに出会う前、この学園の生徒が一人自殺したという話は知っていますよね。その子もそこから飛び降りたそうです」


「だったら、何なんだ? それと密室の事件は別じゃないか」



 ――えっ?


「みんなが自殺に至った流れは一緒だということです。もっとも殺人事件でもありますけどね、天田さん」


「意味がわからない。お前が何を考えているか、やっぱり僕にはわからない」


 もしかしたら、永遠にわからないのかもしれない。それほど舜とひよりの間には圧倒的な差があった。


「話を戻させて下さいね、天田さん。校庭側に何もない理由ですが、二人が亡くなった後も、警察は現場検証に来たわけです。その時怪しいものがあれば、そこで証拠として何か上がってくるはずなのです。もっともここに来た警察官も、何かしら理事長と癒着してそうな感じですけどね。でないとを見逃すはずはないと私は思うのですよ、天田さん」


「いや、だから何もないんだろう? ここには」


 ひよりから出た矛盾。何もないのに、何かあるなんて、それこそ可笑しな話だ。


「ここには普通の学校には不要なものが並んでますよね? 可笑しいとは思いませんか? 天田さん」


 可笑しいとしたら、いやそもそも物があるとしたら、それはビニールハウスや植木鉢だろう。


「確かに、一般的な校舎の屋上で植木鉢やビニールハウスなんて珍しいな。誰が手入れしていたんだ?」


「白石ゆゆさんと喜多川茉莉華さん、そして亡くなった甘木璃湖さんの三人だそうです」


 ――何だって?


「生徒会の人たちが鍵を管理しているのです。その人たちが手入れをするのは当然のことです」


「それでこの植物は何って品種なんだ? 緑色の紅葉みたいだけど。それにしても、これ背が高いな。僕より高いんじゃないか?」


「この植物は、麻の実が発芽して大きくなっていくんですけど、鳥の餌などに使われている麻の実は、発芽しないように予め処置されているのです。ですから何処かの国から輸入したものを手に入れたか、誰から譲って貰ったのだと思います。一体何の植物かもわからずに、代わりに栽培しといてとか言われてね」


 勿体ぶった言い方をするひより。でも、何となくだが、舜にも答えがわかってきた。


「大麻ってご存知ですか? これは乾燥させたりする前の大麻草です。花冠や葉を樹脂化させたり、液体化させたりして摂取するのが通常の使い道です。別名はマリファナとも言いますよね」


「ああ、栽培や所持さえ禁止されていたよな」


「はいです、天田さん。資格がなければ、そもそも所持も駄目ですね。ですから医療用大麻としての有資格者がいるのか、秘密裏に栽培しているかのどちらかなのですが、この場合、後者である可能性が高いです」


「そんなことが……。つまりだ。少なくとも誰かがその窓口になっていたとそういうことだな。誰かの命令なのかもしれないけど。まさか、生徒会長も知っているのか?」


 美里亜が知っていたとしたら、これは大問題どころではない。


「彼女は知らないはずです。知っていたら、こんなこと許すはずがありませんから」


 そう信じたい。彼女には舜と異なり、明るい未来しか待っていないはずなのだから。


「それで、茉莉華先輩が、殺される理由があると言っていたのか。知った上で大麻を栽培していたから」


「彼女がそう言ったのですか? 確かに犯罪は犯罪ですが、それだけですと、警察に捕まるだけで殺されるまではいかないと思いますよ、天田さん」


 確かに殺される理由としては弱いか。でも、これが事件の根底にあることは間違いがないと舜は思った。


「これを見せたかったのか、ひよりは」


「はいです。これを見れば、天田さんはきっと間に合わせてくれると私は信じています。私の力では無理でしたから」


「えっ? 間に合う? 何がだ?」


「間に合います」


「えっ?」



 ――ああ。


 聞こえない振りをしていた。何処かで信じたくなかったのかもしれない。その結論を考えること自体、舜は拒絶していたのだ。


「心から彼女を救い出すことが出来れば、まだ止めることが出来るはずです」


 ――そう。


 愛ドールで、唯一生き残っているのだから。





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