第12話 それは連鎖するのか

 救急車と警察の応援がかけつけた後は、担任の藤堂に連れられて、舜は職員室で汐莉と共にお茶を入れてもらっていた。普段なかなか職員室には入らないだけに、緊張からか縮こまってしまう。ただでさえ嫌な光景を見てしまった後だ。舜は余計にいろんな部分が委縮してしまっていただろう。


「大変だったね、天田君。阿孫さん」


 自らもコーヒーを飲みながら、担任の藤堂が必死で二人を宥めてくれようとする。今日はグレーのスーツ姿で、動物の柄の入った黄色いネクタイが何だか可愛らしく見える。実際彼の顔も三十代に差しかかろうという割には、ベビーフェイスで若く見られるようだった。少し長い髪に縁なしの眼鏡が良く似合っていると舜も思う。後は、気が弱くなければ教師としても十分やっていけるだろうが、今のところ学年主任の北野弓那の前では、小間使いのようであるし、担任のクラスのホームルームでも、真面目に話を聞いている生徒は少ない。だから舜としても、何処か印象の薄い先生といったイメージだ。


「流石にびっくりしました。見回りをしていたら、まさか本当に自殺者が出てしまうとは」


 汐莉と共に三年七組の教室を探っていたことは、当然内緒にしている。あくまでパトロール中に汐莉が人が落下しているのを発見したという流れだ。


「まあ、そうだろうな。先生もあんな酷いのは久しぶりに見た」


 学校で教師をしていれば、そういう光景を目にすることも一度はあるのだろう。舜はある程度は気丈でいられたが、やはり女の子である汐莉は、だいぶ身に応えているようだ。


「それにしてもうちの生徒がまた自殺か。これはいよいよ理事長も隠しきれなくなってきたな」


 そう言った後に、藤堂がまるでしまったとでもいうように右手を口元にあてる。どうやら口が滑りやすい人間のようだ。これはつつけばまだ何か出ると舜は思った。


「藤堂先生は、やはり何かご存知なんじゃないんですか? この学園の事件についての報道が全くされない件について」


「たははっ、天田君、また随分とストレートな質問だね。直球過ぎて、先生困ってしまうよ」


「それでも警察の動きに関してもそうですが、色々とおかしいと思うんです」


 「ほお」と感心するように頷く藤堂。美味しそうにコーヒーを啜ると、藤堂はまた口を開いた。


「最近の高校生を見ていると、他人に興味がない子ばかり多くなっていっているから、君みたいな子がいてくれると、先生としては助かるよ。これだけ自殺や自殺未遂などが起こっているのに、何処かみんな他人事で、事件に向き合おうとしている生徒なんて一人もいないんだって、先生はさっきまで嘆いていたんだ。でも、天田君、君がいてくれた。だから先生たちももう少し頑張らないといけないな。勇気づけられたよ。ありがとう」


 何故か感謝される舜。しかし、見てくれている人がいるというのは、人間として嬉しいものだ。


「それでさっきの質問の答えだが、今はまだ大人の事情としか言えないんだ。すまん」


「そうなんですね」


「だがな。もし、うちのクラスの生徒にそんなことがあったら、先生一人ででも、テレビ局や新聞社に突撃しようと思っているからな。先生がそれくらいの気概でいるってことだけは、どうかわかっていて欲しい。まあ、北野先生のヒールで踵落としを貰いそうだけどな」


 そう言って申し訳なさそうに笑う藤堂。珍しく彼が頼もしく見えたのは、舜だけではなかったはずだ。そしてそれは、今までホームルームの時にも決して見せたことがない男らしい顔だった。


 その後、しばらく雑談をしたおかげだろう。汐莉もようやく平静を取り戻したようだ。少し冷めたお茶を美味しそうに啜る姿が、何とも微笑ましかった。


 それは藤堂が正面玄関まで、二人を見送ってくれた時のことだった。


「なあ、天田君。自殺が伝染することがあると思うかい?」


 ――伝染?


 甘木璃湖が亡くなった日の夕方、確か藤堂が、学年主任の北野弓那にそう問いかけていたのを思い出す。その時はそんなことはないと断言出来た。しかし、今はどうだろう。二人も同時に自殺をした現場を見てしまった今はどうだろう。それをはっきりと否定することは出来るだろうか。


 ――わからない。


 ただ、何かしらの力が働かなければ、自殺の連鎖などありえないと舜は思った。


「人は他人の影響をたえず受ける生物です。ですから、たまたま何らかの影響で、みんなの意思が同じ方向に向かうことも考えられなくはないと思います。それがSNSサイトなのか、アイドルや何らかの宗教の影響なのかはわからないですが」


「そうか、そうか」


 藤堂は満足そうだった。きっと今まで色んな人に散々否定されてきたからだろう。つまり、彼は自殺が伝染すると信じているということだ。もしそうだとしたら、自殺は伝染し、自殺に感染し、そして自殺が発症することになる。


「そんなわけないよな、汐莉」


 汐莉は何のことかわからないように、首を何度も傾げていた。


 ――それでも。


 愛ドールの二人がもし自殺だったとしたら? そんな疑念が、それを捨て去った舜の脳裏に焼き付いて離れないのだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る