第35話 シークレット・ブロッサム②

「もう一度言いましょうか? 藤堂先生。あなたが璃湖さんを脅し、ゆゆ先輩を脅し、そして茉莉華先輩を脅し、そしてそれだけにも飽き足らず、ですね!」


 そう、この学園の校区内で起こった事件も、ほぼ彼の犯行である。彼が四階の女子トイレにカメラを設置し、その映像を元に、女子生徒たちを脅していたのだ。そう、彼こそが、山代美里亜をあんな目に遭わせた人間なのだ。


「たはははっ、何だい、何だい。みんなして僕を睨んで。まさか、本当に僕がそんなことをしたとでも思っているのかい? そんな馬鹿な話があるか、だって僕は甘木さんの事件の時間帯は、ここにいる北野先生たちとずっと職員会議を行っていたんだぞ?」


「それは知っています。でも、そうなるようにするためのセッティングだけは先生には出来ましたよね? この部屋の構造を一番理解していて、なおかつ、自由に行動出来たのは、あなたしかいないじゃありませんか。業者にこの部屋の工事を依頼したのはあなただ。だから、あなただけはこの部屋を思い通りに細工することが出来た。だから、それを気づかせないために、入り口の扉をあえてコンクリートで固めさせた。そうですよね? 先生」


「はあ……頭の良すぎる子はこれだから困る。君は僕の想像を超え過ぎてるよ、舜君。しかし、いささか思考が飛躍しすぎだとは思わないかね? それに僕は教師だ。その教師がまさか生徒たちを自殺に導くなんて、どうかしているとしか思えないぞ、舜君」


「はい、だから先生はどうかしているんです。いいえ、! !!」


 その瞬間、藤堂の顔から余裕の笑みが消えた。舜の予想が図星だったのだろう。そう、藤堂大吾は、間宮愛との間に何かしらの関係があった。少なくとも藤堂は、愛のことを溺愛していたはずだ。そうでなければ、ここまでのことを彼がするはずがなかったのだから。


「どうして……そう……思うんだい……?」


 藤堂はまっすぐに舜のほうを向き、微かに息をつく。


「どうしてなのか、ですか? そんなことは決まっているじゃないですか。元DOLLの他のメンバーを、愛さんと同じ状況で自殺させようとしている時点で、犯人なんてその関係者だって誰だってわかるじゃないですか。いいですか? この状況で人を自殺に追い込むなんて、よっぽど愛さんが自殺したことを悔やんでいる人間、もしくは自殺させた人間たちを恨んでいる人間しかありえないってことなんです!」


 そう、最初からこの一連の事件に理由や動機を求めるならば、それしかありえなかったのだ。それを舜はずっと気づかなかった。事件の猟奇性や連続する恐怖に気圧されて、そんな簡単なことが見えなかったのだ。


「はははっ、なるほどなるほど。君はよくもまあ、そんなところまで調べたものだ。余程情報通の友人に恵まれたのだろうな。素晴らしい思考、そしてだ!」


 どうやら藤堂は諦めの悪い男らしい。それならば、こちらも多少の事実を捻じ曲げるくらい許されると舜は思った。人々から買う情の大きさは、意外に真実を変えることが出来るのだから。


「妄想ですか。では、一つ僕もあなたの言う妄想を言いましょうか。さっき、ゆゆ先輩は、璃湖さんを自分から刺したと言いましたが、真実は違うのです。本当は、璃湖さんはゆゆさんに刺されたんじゃないんです。動画で脅されて、夢も希望も未来さえも失って震えるゆゆ先輩を見てられなくって、自分からゆゆ先輩に刺されにいったんです。せめて彼女にだけは生きて欲しかったから。藤堂先生のシナリオ通りにみんなが殺されていくのが嫌だったから。璃湖さんはあなたに脅されながらも、最後まで親友のことを思っていたんですね」


 ハッとした顔をするゆゆ。これには藤堂も苦笑するのだった。


「まあ、僕が見たわけじゃないからが、犯人の決め手となると君が言っていた速乾性のセメントキットは、僕には拾えないのは明らかじゃないか? 君はそれでも僕を犯人扱いするのかい?」


「あの……先生。僕の頭の中では全てが繋がっていて、あなたが犯人なのが明らかですが、それでもわざわざ説明しなければならないのですか?」


 藤堂の表情が一気に曇った。いや、悟ったのだろう。全てが舜に見透かされていることを。


「この、め」


 ニヤッと笑う舜。舜は今の言葉で、藤堂に投降を迫っていたのである。そしてそれが彼にもわかったのだろう。藤堂は横を向き、大きく溜め息をつくのだった。それは彼もまた良い頭脳を持っていることの証でもあった。


 ――そう。


 だからこそ、彼は狂った方向にその力を使ってしまった。だからこそ、彼は自らの愛する人と同じ目に、その関係者を遭わせようとした。そしてそうだからこそ、彼は人の心を失ってしまったのだ。


「他人を平気でにしようとする人間のほうが、よっぽど化け物だと思いますよ、藤堂先生」


「ははっ、何もかもお見通しか。本当に化け物じみてるよ、君も。その仲間もね」


 それは藤堂から送られた最高の褒め言葉だった。藤堂は目を閉じ米神に右手の人差し指を当てると、何度も左右に首を振った。きっと反撃の手段を見つけ出そうとしていたのだろう。しかし、舜たちには、校舎の四階で発見した決定的な証拠がある。それがある以上、彼は自らの犯行を否定することは出来ないだろう。彼が犯したミスは二つ。その盗撮用のカメラを早めに回収しなかったこと。そしてもう一つは、舜に、使用後のセメントキットを拾うことの出来た他の人物がいる可能性を示唆してしまったことだ。後者に関しては、舜にも彼の気まぐれがわからない。


「見事な詰みだな。舜君」


 目を開き、息を吐きながらも晴れやかな顔を見せる藤堂。今、彼の中で全てに納得がいったのかもしれない。それを見て、舜も安心したように笑みをこぼし、彼に頭を下げるのだった。彼から勉強させられたことは多い。必ずしも情に熱い人間が、正義だとは限らないということ、そして信用出来ると思った人間が、裏切らないとは限らないということを、彼は身を持って教えてくれたのだ。そしてそれこそが、担任の藤堂の最後の授業だったのだと、舜は悲しくなるのだった。


「ちょっと、ちょっと舜君。私、全然わかんないですよ? どうしてセメントのキットを先生が拾えたはずがないのに、先生が犯人になるんですか? ねえねえ?」


 汐莉には少し難しすぎたかもしれない。それにはわかりやすくひよりが答えてくれる。


「あのね、汐莉ちゃん。まず最初の事件では、脅しの手紙の指示通り、または璃湖先輩にゆゆさんが指示されて、使用済みのセメントのキットは、ゆゆ先輩が持って部屋を抜け出したの。次にゆゆ先輩の事件では、ゆゆ先輩は動けないから、その時学園内を自由に動けた北野先生と藤堂先生のどちらかが、キットを拾ったということになるの。そして茉莉華先輩の事件では、既に回復したゆゆ先輩を、藤堂先生が脅して、キットを拾わせにいったとそういうことなの! これでわかるかな? 大丈夫かな?」


 汐莉のムスッとした顔。どうやら理解出来なかったらしい。舜は後でわかりやすく説明してあげると彼女に約束した。


「えっ、でも、密室は? 部屋の中は誰も入れないし、出られなかったんですよね? ねねっ? ゆゆ先輩は一体どうやって、この部屋から抜け出したんですか? 璃湖先輩が首を吊りながらも、ナイフで自ら刺されに行った後、先輩はセメントで入り口のドアを固めたんですよね?」


 汐莉の好奇心は止まらないらしい。そしてその件に関しては、弓那も茉莉華も同じ気持ちであるようだった。ヤジのような形で、彼女たちが次々に疑問を口にする。


「やっぱり言わないと駄目ですか? ミステリー小説にも出来ないくらい単純過ぎるものだったので、説明するまでもないかなって。なあ、ひより?」


 サイドテールをいっぱいに揺らして、ひよりはその目をキラキラと輝かせるのだった。


「ふふふ、私はあなたの説明をもっと、ちゃーあんと聞きたいですよ? 天田さん」


 ――ひよりめ!


 確信犯的な人間はここにもいた。わかっているくせに、全てを舜に説明させようとしているのだ。舜はまた大きく溜め息をついてしまうのだった。

 

「簡単に言います。ヒントは三つ。まず事件前に藤堂先生が、工事業者を中に入れたということ。二つ目が、何故、扉を速乾性のコンクリートで固める必要があったのかということ。そして三つ目は、何故、工事の業者が入ったのに、誰もその変化に気づかなかったのかということ」


「それで、それで?」


 茉莉華も話に乗ってくる。犯人がわかった安心感からか、彼女の金色の髪もキラキラして見える。


「何故、藤堂先生がこの演習室に業者を入れなければならなかったのかというと、この部屋にある加工をする必要があったからです。先生なりにこの部屋を密室にしたいという思いがあったのでしょうね。間宮愛さんが自殺したように、他のメンバーたちも自殺したように見せかけなければならなかったのですから」


「うん、うん」


 茉莉華は何度も頷くが、最早、話を聞いているのか怪しいものだ。


「ただここで問題は、ヒントの三つ目にあるように、業者が入って工事をしたにもかかわらず、この演習室に表立った変化がないということなのです。では業者は何を工事したのか。阿孫汐莉さん、どうぞ!」


「え? ええっ? 隠し扉? カラクリ? それとも地下迷宮? ええーわかんないよーひよりちゃーん!」


「地下迷宮はないと思うよ。ここは三階だし、ねっ、天田さん」


「ははっ、ひよりの言う通りだ。でも、カラクリは良い線をいっている。じゃあ、二番目のヒント、どうして、速乾性のセメントを使う必要があったのか。では、ここは北野弓那先生!」


 「私に振るか?」という鋭い視線を浴びる舜。しかし、答えられそうなのは彼女とひより以外にはいなかった。


「そうね。扉を固めるためではなくて、、だったのね?」


「大正解です。この演習室は、特殊な部屋で入り口が一か所しかありません。しかし、元々はこの部屋は教室をベースにしたものです。ですから、扉の一番下の高さと、扉のもっとも上の高さから水平に、横に伸びた壁にチェーンソーなどの工具で切れ込みを入れていき、最後に、廊下を向いて右側の壁に縦に切れ込みを入れれば、わけですね。そして壁自体、廊下側ということもあって、軽量気泡コンクリートパネルというある意味で、廊下と演習室を仕切るだけの簡易的なものになっています。だから、ゆゆ先輩は、藤堂先生または璃湖さんの指示通り、半ばフェイクとなる扉の周りにセメントを塗りまくり、わけですね」


「えっ、何なに? 壁が動いたの? 何その反則技ー!」


 茉莉華は驚きながらも笑っていた。確かにミステリー小説などでは反則技かもしれない。しかし、ここは現実世界だ。起こりうることは起こりうるのだ。


「そう。普通はそんなものは動かないと誰もが思う。みんなの中でんだ。でも、そんな人間の常識を、いや、人間しか持たない先入観の裏をかいた藤堂先生の見事な発想でした。僕らはその発想にずっと騙され続けたのですからね」


「なるほどー、すごいです! 舜君!」


 汐莉も目をキラキラさせている。何故かいつも以上に好き好きオーラを感じてしまうのは、気のせいだろうか。まだ藤堂先生が目の前にいるのに。


「常識は覆せないか。良い言葉だな。天田舜君」


 藤堂は窓の外を見ながら、しみじみと語る。この数日間、あれだけ流れの早く感じた時間が、今は空に舞う雲のようにゆるやかに感じられる。ようやく日常が近づいているのだろう。


「はい、常識はなかなか覆せません。ですが、未来は諦めさえしなければ、変えることが出来るかもしれません。だから、藤堂先生。僕は信じています。あなたがもう一度、何処かの学校の教壇に立つ日のことを。もう一度、人生の尊さ、命の大切さを子供たちに教えてくれる姿を見ることが出来るはずだと。僕は信じていますよ」


 穏やかで優しい目をする藤堂。眼鏡の奥の目が、キラリと光った気がした。


 その後、藤堂大吾は、懐かしい教室を惜しむように、このラビエル学園を後にし、警察に出頭した。弓那が終始切なげな目で藤堂を見ていたのが、何とも心苦しかった。ある意味で自殺した娘のために、動いていた藤堂を彼女はどう思っているのだろう。喜んでいるのだろうか。悲しんでいるのだろうか。どちらにしても浮かばれないなと舜は思う。


 空を見上げると、夕日に染まる電線にツグミの群れが止まっていた。舜は冬の匂いを感じ、そっと制服の襟元を寄せるのであった。

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