第34話 シークレット・ブロッサム①

「璃湖さんの事件に関してですが、ゆゆ先輩が後に自殺を図る理由を考えれば、彼女が璃湖さんを殺害してしまったことは、本意ではなかったと言えます。それを苦にゆゆ先輩は自殺をしようとしたのですからね。ゆゆ先輩は、本当は璃湖さんを殺害するつもりなんてなかった。でも結果的に殺害に至ってしまった。だとしたら、そうなってしまう理由として、一体どういったものが考えられるでしょうか。ここはあえて茉莉華先輩?」


 まるで教壇に立つ教師のように、確信犯的に茉莉華に尋ねる舜。これは彼女にしか答えられないし、彼女にしか頼めない役だ。申し訳ないと思いながらも、舜は茉莉華をまっすぐに見つめる。


「もう……馬鹿舜。あんたの言いたいことは大体わかったわ。つまりさ、私の場合と同じように、生きる気力がなくなってしまうくらいの事態が起こってしまったら、人は自殺するし、誰かを殺すこともあり得るんだって、あんたは言いたいんでしょ? それこそ女として、人間としての尊厳が傷つけられたりしたら」


 流石は茉莉華。舜の言って欲しいことを見事に汲んでくれている。


「その通りです。茉莉華先輩が、自殺しなければならなかった事柄と、類似の理由がゆゆ先輩にもあったということです。そしてそれは彼女にとって、人を殺害してしまうほど、致命的なことだったということです。では、それが何だったのか、ゆゆ先輩に答えて頂きたいところですが、女性に言わせるのは、かなりきついことですので、僕が話そうと思いますが、ゆゆ先輩、よろしいですか?」


 ツインテールを揺らしながら、儚げに息を吐き出すゆゆ。その目は赤く腫れ上がり、まるで舜が意地悪をしているかのような後ろめたさを感じてしまう。彼女の黒目が動き、やがては睨むように舜を捉えた。


「好きにしたらいいよ。どうせ言わなくちゃいけないことなんだからさ」


 舜は茉莉華の勇気ある言葉に大きく頷き、全員を見回した。


「あの日、ゆゆ先輩は、璃湖さんに呼び出されたのだと思います。そしてその理由は、茉莉華先輩の時と同じように、ある映像が撮影された動画を見せられたのですね。そしてそれこそが、かつてDOLLのメンバーだった愛さんが自殺した理由でもあった、ある会社に無理矢理撮影されたビデオ映像です。内容は察して下さい」


 そこには触れないことが、彼女たちのためだ。


「大丈夫よ。そんなことくらい、ずっと前から噂されてたんだから。今更誰も驚かないわ。ねえ?」


 ゆゆはそう言ってみんなの顔を見回す。今さら隠すつもりはないらしい。しかし、みんながそのことを察していることに舜は少し驚いてしまうのだった。みんなの中で暗黙の了解だったのか。


 ――知らなかったのは僕だけか。


 今まで散々他人に無関心を貫いてきた舜のツケが、そういうところに表れていた。


「わかりました。では言わせて貰います。簡単にいうと、ある悪徳アイドルプロダクションが、彼女たちの夢を食い物にして、集団レイプしたわけですね。そして、その行為を撮影した動画が、何故か今このタイミングで脅迫に使われたということです。そして、それはゆゆ先輩に対しても行われた。つまり、この件に関しては、であったわけです。そしてその動画のファイルは、元々のですから、間違いのないことだと僕は思います」


 そう、甘木璃湖は被害者でもあるが、加害者でもある。そして彼女が動画を持ち出さなければ、事件は起こっていなかったのかもしれない。


「つまり、璃湖が犯人だったってこと? でも、あの子はもう死んでるよね? えっ、それでもゆゆが脅されたって、どういうこと?」


 茉莉華が怪訝そうに問う。確かに事件の全体像を把握しなければ、頭がこんがらがってしまうだろう。


「全ては数珠繋ぎに連鎖しているのです。ですからまずは、何故璃湖さんが殺されなければならなかったのかを確認するところから始めましょうか。そして、璃湖さんは一体何をしようとしていたのか。それが全ての発端ですから」


 そう言って舜はゆゆを一瞥するが、彼女の表情はさして変わっていなかった。


「ここに関してはいくつか可能性があると思います。しかし、璃湖さんに脅されたから、ゆゆ先輩が彼女を殺害したのでは話がうまく繋がりません。ですからまず間違いなく、璃湖さんがゆゆ先輩を怒らせるようなことを言ったのだと考えられます。ただ怒らせるのではなく、それはゆゆ先輩の怒りが心頭に発して、人を刺してしまうくらいの常識はずれのものだった。つまり、ゆゆ先輩はそれほど追い込まれていたということです。そうですよね、先輩?」


 その瞳が微かに揺らぐ。ゆゆはその時の光景を思い出しているのだろう。全てを舜が言ってもいい。しかし、本当の意味でゆゆを救うためには、彼女自身に言わせる必要があった。


「ゆゆ先輩。あの日何があったのか、僕らに真実を話して頂けますか?」


 ゆゆは溜め息をつき、静かに目を閉じる。唇が微かに動く。まるで言葉を選んでいるかのように……。


「別にいいよ。どうせあなたはわかっているのだろうから」


 目を見開き、諦めたように天井を仰ぎながら、ゆゆは大きく息を吐いた。


「璃湖はね。あの日、。少しずつ愛ドールの名前が広まり出した今なら、インターネットとかSNSで一気に炎上して、愛ドールの売名が出来て、更に一気に大金が手に入るって璃湖は言うの。あの子はね、その人気にあやかって、その動画の続きを売ろうとしていたの。信じられる? 自分の恥ずかしい姿さえ大勢の人に見られるのに、あの子は金儲けのことしか考えていなかったの。有名になりさえすれば、後は何とでもなるって、目の前で自信満々に言い張ったわ。私、どうしていいかわからず、足が震えて、目の前が真っ暗になって。やっと手に入れた平穏だったのに。やっと掴みかけたアイドルへの道だったのに。私はそれらを諦めたくなかった。いいえ、今度こそは汚したくなかったの。だから、私は気づいたら、璃湖からナイフを奪って、彼女を刺していた。だから、私が彼女を殺害したことに間違いはないわ」


 なるほど。。いや、そう言わざるを得なかったのが正解だろう。しかし、そのシナリオでは、問題が二つ出てくる。一つは、という点。そして、二つ目は、何故、ということ。


「では、どうして璃湖さんはナイフを持っていたんですか? それではまるであなたに刺してと言わんばかりの自殺行為に思えます。そもそも彼女はあなたへ動画を流出させて良いかの確認だけをしたかったんじゃなかったのですか? それだと、まるで従わなければ、最初から殺すとでも言っているかのようです。女子高生がそこまでやるでしょうか? よっぽど恨みを持っている人間に対してならともかく、親友と呼んでいた相手を前に。僕は未来ある女の子が、そこまではしないと思うんです。違いますか? ゆゆ先輩」


 そこまで深読みしていなかったのだろう。だからこそ、彼女の顔は蒼褪め始めたのだ。


「それにです。僕はあの部屋の光景はおかしいと思うんです。だって、重くて大きい長机を三つも、並べているんですよ? まるで最初からそうするかのように置かれていたんです。もちろん、ゆゆさんが後で璃湖さんの遺体を猟奇的に見せるためにそうした可能性もありますが、一人の女の子が、その上に、同じくらいの、しかも筋肉質の女の子の身体を乗せるなんて、なかなか難しいと僕は思うんです」


 事件を肯定しながら、ゆゆの話を否定する舜。話が見えない人間には、きっと頭がおかしくなったとでも思われているだろう。しかし、それが真実であり、絶対に曲げてはならない現実だったのだ。


「だから、僕が思うに、あの部屋には予め、ということなんです。違いますか? ゆゆ先輩」


 違わないのだろう。ゆゆの顔は更に青くなり、手足が一気に震え始めた。


「ちょっと、待って。天田君、それはどういうこと? それじゃあ、まるで甘木さんさえも、脅されていたみたいじゃないの?」


 弓那が口を挟んでくる。確かに、舜はそういう風に誘導している。何故なら、それが真実だから。 


「その通りです。茉莉華先輩も脅されていた。ゆゆ先輩も脅されていた。そして、んですね」


 ひよりだけが涼しげな顔をしている。他のみんなは一様に驚きを露わにしている。そう、全ては悲劇の連鎖。まだ精神的にも肉体的にも大人になっていない女の子を利用し、


「ねえ、ゆゆ先輩。二年前にDOLLが結成され、アイドル同好会があった頃、そうですね。そして一つの事件以来、その顧問は退いてしまったと聞きました。僕はその教師に心当たりがあるんですが、みなさんはご存知ありませんか?」


 ざわつく室内。それはそうだろう。



 固まる藤堂。そしてなおも震え続ける可哀相なゆゆ。舜は彼を絶対に許すわけにはいかなかった。

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