第33話 救われるべきものたちへ③

 舜が彼女を疑うことになったのは、甘木莉湖が殺害された事件だった。この事件においてだけは、甘木莉湖の自殺はあり得ない。何故ならば、包丁にしても、自ら刺せる深さではなかったからだ。そして窓の鍵を昔からの方法で開けることが出来たとしても、やはりそこからは飛び降りでもしない限りは、脱出は不可能だった。だとすると、答えはしかないのである。そして第一発見者を疑うことは、この手の事件の鉄則だ。この時悲鳴を上げたのは、まさに白石ゆゆ。彼女であれば、その部屋から脱出後、、脱出は可能だった。だから、彼女は璃湖を殺害後、から廊下に出たのである。


 事件を終わらせるつもりで、彼女を第二演習室に呼び出したが、そこにはすでに数人が集まっていた。きっと三島ひよりが気を利かせて、役者を揃えてくれたのだろう。大袈裟になるだけなのに、と舜は溜め息をついてしまう。役者は一人ずつで良かったのだから。


 演習室の椅子には、二年生では三島ひよりと阿孫汐莉。三年生では喜多川茉莉華。そして学年主任の北野弓那に、舜の担任である藤堂大吾が座っている。ひより以外の誰もが、白石ゆゆの姿に驚きを隠せない様子だった。そして彼女に対し、冷やかな視線を送ってしまうのは、至極仕方のないことだったのかもしれない。


「忘れて頂いては困りますが、何だかんだで、ゆゆさんはまだ完治していない病人です。ですので、あくまで話を伺うといった形を取らせて頂きたいのですが、異存はありませんか?」


 今の舜だけなら、数個質問の答えを聞くだけで、全てを理解出来るが、それでは他のメンバーが納得しないだろう。今回の事件で、一番頑張ってくれた汐莉にもわかるように、話を進めていこうと舜は思った。


 準備された椅子に座るゆゆの背中は微かに震えていた。、舜には痛いほどわかった。だからこそ、早く終わらせてあげたいと舜は口を開くのだった。


「まずみなさんが今一番疑問に思われているところからご説明しましょうか。ここにいる誰もが、ゆゆさんは病院で未だ意識が戻らない危険な状態なのだと信じ込まされていたと思います。もちろん僕もそうでした。ですが、事件の関係者の動きを確認する限り、別の誰かの存在がなければ、辻褄が合わない事態に陥ってしまっていたのです。それこそが、茉莉華先輩の事件のケースです。彼女は自殺しなければならないほど、精神的に追い詰められていました。その原因が、犯人から渡された女性特有の丸文字で書かれた脅迫文ですね。そして彼女は脅迫文通りに、予め犯人に指定された教室に行き、扉を閉め、速乾性のコンクリートキットで扉を固めたのです。ですが、問題はここからで、彼女が窓を開け、外に放り投げたはずのキットが何処にも見当たらなかったのです。そして僕が知る限り、学園の関係者ではそれを拾えるものはいなかった。つまりこの事件のその部分に関してだけは、僕は第三者の関係を疑ったのです」


「それがゆゆだったってこと? でも、どうしてゆゆだってわかったわけ? 彼女はずっと病院にいたはずよ?」


 彼女を一番に知る人物だからだろう。茉莉華の訝しげな表情が、容赦なく舜の目を突き刺す。


「それはからです。『あの場所にいないはずの人間』、そして『この世にはいてはいけない人』とね。後は親友の軽沢君にも、情報を提供してもらいました。そこでわかったのが、というか僕が知らなかっただけなんですが、当学園の理事長の孫娘が白石ゆゆさんで、彼女のためには祖父である理事長は何だってするということです。今回の事件がなかなか表沙汰にならなかったのもそうですし、屋上の風景を警察が見ても、何ら不審に思わなかったのも、その力が大きかったのだ思います。だとすると、そう、だとするとです。加害者であるにしろ、被害者であるにしろ、大切な孫娘を守るためには、その祖父であるなら何だってするということなんです。最初は本当に意識不明の昏睡状態だったでしょう。ですが、数日後彼女は医療チームの優秀さもあって、無事に目覚めてくれた。本来ならそこで公表するところでしょうが、理事長はほとぼりが冷めるまで、彼女の意識の回復を公表しなかったのです。だから、僕らは彼女だけがフリーになっているのを気がつかなかったというわけですね」


「じゃあ、意識の回復した白石さんが今回の事件を?」


 弓那の逸る気持ちは良くわかる。しかし、そこに触れるにはまだ少し早い。このままでは、ただゆゆが一方的に責められてしまうだけだからだ。舜は彼女を落ち着かせる意味でも、軽く笑みを見せ、ゆっくりと頭を振ったのだ。


「いいえ、目覚めたとはいえ、彼女は間違いなく重症でした。そして彼女は確かに死の間際だったのです。のですから」


 汐莉の驚いた顔。ひより以外は頭にはてながついていそうだ。いや、もう一人、舜の話に感心したように頷いている人物がいた。それは藤堂だった。もしかすると、彼にはわかったのかもしれない。舜がこれから一体何をしようとしているのか。


「えっ? どういうことなんですか? ゆゆ先輩が犯人なんじゃないんですか? 舜君、私の頭じゃさっぱりわかんないです。ねえ、ひよりちゃん」


「ううん、天田さんの言う通りだと思うよ、汐莉ちゃん。ゆゆ先輩は、自分でナイフで胸を刺して、自分で首を吊ったの。茉莉華先輩のように追い詰められてね」


「何に? ねね?」


「汐莉。その答えに辿りつくためにはね、まずはゆゆ先輩の心を救い出さなければならない。そしてその前に、僕はんだ。それこそが今回の事件の発端なのだからね。さあ、みなさん。そろそろ全てを終わらせましょうか。悲しみの連鎖が生んだ悲劇の物語を!」


 そう、全ては薔薇の花弁のように、何層にも隠されていた真実の積み重ねが起こした悲劇である。その花冠の奥の雄しべに一体何が隠されているのか。それこそが舜が語らなければならない真実だ。その結果がどうなるか舜にはわからない。でも、信じている。救い出された悲劇のヒロインの物語が、バッドエンドで終わるはずがないのだから。


 そして天田舜は、その目をカッと見開いたのだった。

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