第10話 糸口

 翌朝の学校は昨日以上に騒然としていた。授業が始まっても、何処か生徒たちが小声で囁き合い、黒板を使う教師も、どこか集中力に欠けているようだった。そしてそれは放課後になるまで変わることはなかった。


「なあ、舜。ゆゆ先輩が自殺未遂って本当か?」


 珍しく噂に乗り遅れているカルキ。昨日の夜から風邪を引いたらしく、午前中は寝込んでいたらしい。それでも午後から学校に出てくる辺りは、流石は体育会系といったところか。それでも、どうかうつさないで欲しいと願っているのは、舜だけではないだろう。その証拠に、今、クラスのみんなが二人の周りからフェイドアウトしていっているのが不憫でならない。


「ああ、とりあえず現場の状況を考えるとそうらしい」


 舜自体まだ答えが出ていない。他殺でないと否定出来る材料が何もないのだ。それを聞いてか、鼻を啜りながらも、怒りを露わにするカルキ。


「何でこの二日で、愛ドールのメンバーが二人も自殺しようとするんだよ?! これからっていう時に。今からのために努力してきたんじゃねえのかよ?」


「唾飛ばしすぎだって、カルキ。僕にまで風邪をうつすつもりか?」


 確かにその通りだ。読者モデルの仕事も増え、少しずつ表舞台に出始めた矢先の出来事だ。望んで自殺したわけではないだろう。


「てか、舜。お前ら見回りしてたんじゃなかったのかよ? 何か異変に気づかなかったのか?」


「異変に気づいた時にはもう、ゆゆさんは首を吊っていたんだ」


 教えられる範囲で、カルキに説明をする舜。このまま何も言わないことのほうが、怪しさ満点である。下手したら舜が犯人だと疑われかねない。


「なるほどな。でも、何とか心肺蘇生が間に合ったんだな。良かった、良かった。俺にとってゆゆ先輩は、アイドルの中のアイドルだからな。俺がバレーを続けられたのも、あの人の応援のおかげなんだ」


 このままだと長い昔話を聞かされそうだったので、舜は話を変えることにした。


「そういえばカルキ。お前は昨日何してたんだ? 確か部活はみんななかったんだろ? だのに何で風邪なんか引いたんだ?」


 大した興味もなかったが、この際仕方ない。彼の話を聞いてあげるしかないと舜は思った。


「ああ、俺か? 実はな、女子バレー部の奴らに誘われて、夜の九時前までカラオケ行ってたんだわ。そこで歌いすぎて、後マイクから悪い菌を貰ったみたいなんだよな」


 なるほど。確かにカラオケ店によっては、マイクの除菌までうまく行き届いていないところもある。カルキのことだ。きっと途中からマイクを独占したのだろう。だから、罰が当たったんだと、舜は心の中で笑うのだった。


「ああ、駅前のとこか? それにしても、カルキ。良く店の外に追い出されなかったな。あそこ確か七時過ぎたら、高校生は強制退場させられるだろう?」


 確かにカルキは大人びている。私服に着替えていたのなら、サラリーマンにしか見えないだろう。


「はははっ、まあな。俺クラスになると顔パスよ」


 顔パスの使い方が間違っているのが、カルキらしいと舜は可笑しかった。彼のことだ。最早制服で押し通したのかもしれない。それはそれですごい才能だなと舜はまた思うのだった。


「で、聞かせてもらうが、本当のところはどうなんだ? みんなの女神、ゆゆ先輩の容態はよ?」


 真顔に戻り、急に立ち入った質問をしてくるカルキ。それだけ彼女を心配しているのだろう。


「ああ、そうだな。正直に言うと、容態はあまり芳しくないみたいだ。生きていること自体が奇跡くらいのようだから」


「くっそっ!」


 突然、隣の生徒の机に拳を叩きつけるカルキ。お願いだから、壊さないでくれと舜は嘆いたのだった。


「そういえばおかしくないか?」


「何がだ? カルキの鼻水がか?」


 カルキの鼻水の出方は、確かに普通ではないと思う。耳栓でもあったら、そのまま両方の鼻の穴を塞いであげたいくらいだ。 


「ちげえよ、警察の動きがだよ。動きが悪いというか、そもそも人も少ねえみたいだし、本当に捜査してるのかわかったもんじゃねえな、これは」


 ーー確かに。


「言われてみればそうだな。まるで上から捜査の妨害でもされているかのようだ」


 冷静に考えてみても、おかしなことだらけだ。四階に関してはただ見張りを置いているだけ。昨日の事件に関しては、教室をテープで塞いでいるだけだった。そしてニュースに関しても、未だテレビやラジオで報じられることはない。まるで誰かが意図的に情報を隠匿しているかのように。


 ――まさか。


 ? いや、その可能性が限りなく高いことはもう間違いがないと舜は悟った。でなければ、報道室や新聞記者が飛びつかないわけがない。ましてやPTAや教育委員会が黙っていないだろう。だとしたら何故? そして誰が?


 難しい顔をしていたからだろう。カルキは風邪を理由にして、考えにふける舜をそっとしておいてくれた。そして駐車場まで母親が迎えにきてくれたらしく、そのまま病院へ行くとのことだった。カルキとの話で一つだけ進展したと思った。そう、この学校の関係者または警察の誰かが、二人の事件を何処までも隠し通そうとしているということだ。これが何かの突破口になると良いのだが。舜は担任を捕まえて、色々と聞き出さなければと思った。

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